第17話 戒厳令

イベリコがチャリパイの四人と決別し宮殿に戻ってから、三日間が経過していた。あれからずっとイベリコは、宮殿の中の王家専用特別室に籠りきっていた。もっとも、外へ出たいと言っても、あんな騒ぎがあった後でブタフィが外出許可など出そうはずも無いのだが……あれ以来、自室に籠るイベリコの頭の中ではある言葉が亡霊のように浮かんでは消え、また浮かんでは消えを繰り返していた。


『必ず助けに来るから!』


チャリパイが別れ際、イベリコに告げたあの言葉を思い出す度、イベリコは頭を横に振ってそれを期待している自分の心の弱さを追い出していた。


(もしあの人達がブタフィに捕らえられでもすれば、必ず処刑されてしまうわ……もう私なんかの為にあの人達を巻き込んではいけない!)


宮殿の警備は、あれから尚いっそう厳重になっていた。味方であるトンソークを始めとする侍従局の人間にも厳しい監視の目が行き届いている。


今の自分に出来る事は、ブタフィの求婚の申し出をただひたすら断り続ける事。それだけが、今のイベリコに出来るブタフィへの精一杯の抵抗であった。



♢♢♢



ブタフィは相変わらずイベリコの所へとやって来ていた。普段は、誰もが恐れる冷徹な顔しか見せないブタフィだが、イベリコには笑顔で接してくる。もっとも、今のイベリコにはその笑顔ですら嫌悪の対象にしかならないのだが……


「姫、この指輪をご覧なさい。昨日届いたばかりのTAFFANYの新作ですよ」

そんなブタフィの高価なプレゼント攻勢も、イベリコにとってはただ迷惑なだけである。


「要りません。余計な気遣いは無用です」

「そんな事を言わないで。あっても邪魔になる物ではないでしょう」


「要らない」と言われても、そんな事では引き下がらないブタフィ。そして、プレゼントの後には決まって婚姻の確約をせがむのだ。


「姫~いい加減、良い返事を聞かせてはもらえませんかね?私もそういつまでも待ってはいられんのですよ」

「何度も言わせないで下さい!私はあなたなんかと結婚するつもりはありません!誰がと!」

みにくい?」


イベリコに「醜い」と言われて、ブルドッグ顔のブタフィから笑顔が消えた。


「確かに私はハンサムじゃありませんよ!だが、それがどうしたというんです!私には『力』があります!軍を率いてこの国を統率する圧倒的な力です!見てくれなんぞは何の役にも立たない!」


よほど外見にコンプレックスがあるのだろう。イベリコに食ってかかるブタフィ。


だが、そんなブタフィを憐れむように一瞥するとイベリコは先程の話に言葉を付け足した。


「私の言っている『醜い』とは、外見の事を指しているのではありません……心の醜さの事を言っているのです。権力に執着し、この国を支える民の事をないがしろにしている!武力を使って望みを叶えようとするその心の醜さを言っているのです!

人の価値は、外見で決まるものでもなければ力で決まるものでもありません!」



♢♢♢



処変わってここはブタマーン家。チャリパイのアジトでは……


「だって、こ~~~んなのよ、ブタフィなんて!私は

『新田真剣佑』みたいなイケメンしか興味が無いのよっ!」


両手で自分のほっぺたを左右に引っ張りながら、人差し指を鼻に当てて押し上げる……そんな顔を皆に見せて、宮殿でのブタフィの求愛を不機嫌そうに話す子豚。

同じブタフィを嫌うにしても、イベリコと子豚とではその理由に雲泥の差がある。


「それはそうと、イベリコは今頃どうしてるんだろ……早く助けに行かないとね」

「シチロー、この間の作戦じゃダメなの?もうちょっとのところまでいったじゃない」

「いや、あれはもう使えないな!ブタフィだって馬鹿じゃ無い。今頃は宮殿の警備だってもっと厳重になっている筈だよ」


チャリパイはイベリコ救出の約束を諦めた訳では無かった。だからこうして、子豚を救出した後にもブタマーン家に留まっている訳である。


「すみません、ブタマーンさん。滞在の予定が長引いてしまって」

「なぁに、事情が分かれば協力しない訳にはいかんよ。君達が今やろうとしている事は、この国の国民の願いでもある」


チャリパイと同じ部屋にいたブタマーンは、快くそう言って笑った。


チャリパイの行動がブタマーンに知れたきっかけは、マスクなどの変装無しに素顔のまま戻って来た子豚の姿をブタマーンに見られた事からだった。崇拝するイベリコ姫に瓜二つの子豚を見たブタマーンは、腰を抜かす程に驚きパニック状態に陥った。


そのブタマーンを落ち着かせる為に、チャリパイは今までの経緯をブタマーンに話す事を選択したのだった。


「しかし、君達も思いきった事をするなぁ~。あのブタフィの軍を相手にたった四人で立ち向かおうなんて無謀もいいところだ……アリがライオンと戦うようなもんだぞ?」


チャリパイの勇気は認めながらも、ブタマーンは今の四人の戦力をそんな風に評した。


「ブタマーンさん、それはあんまりでしょ!ブタフィがライオンって、あれはよっ!」

「いや、見た目の事じゃ無くてだね……」


子豚の反論に、ちょっと呆れ顔のブタマーン。


「確かにブタマーンさんの言う事は正しいよ……あっちは何千何万の兵士に戦車や戦闘ヘリだってあるんだ!まともにやり合って勝てる相手じゃ無いよ……」


腕組みをしたシチローが、辛辣な表情で呟く。まともにやり合っては勝てない事は、誰が考えても明白であった。シチロー以外の三人もその事は理解しているらしく、皆、打開策を見出だそうと頭を抱え込んでいた。


そうして暫くの沈黙の後、ふとてぃーだがあるアイデアを口にした。


「ねえ、CIAのジョンに助けを求めたらどう?」


『CIA のジョン』とは、チャリパイと親睦の深い、御存知アメリカ合衆国諜報部のトップエージェント『ジョン・マンジーロ』諜報部員の事である。



「なるほど!ジョンだったら、米軍の精鋭部隊を動かせるかもしれないな!」



何しろ、チャリパイはアメリカ合衆国とCIA には大きな貸しがあるのだ。

大統領の人に言えない秘密を握っていた事もあるし、地球を征服にやって来た宇宙人をジョンと共に撃退した実績だってある。

【チャリパイEp3~大統領の秘密~】

https://kakuyomu.jp/works/16818023213311217146

【チャリパイEp7~チャリパイVS宇宙人~】

https://kakuyomu.jp/works/16817330669660786720


到底不可能と思われたイベリコ奪還作戦にも、わずかに可能性が見えてきた!と、その時誰もがそう思った。


世界最強の軍隊を持つアメリカ合衆国を味方に付けようというてぃーだのアイデアは、なるほど、かなり有効な戦略であった。


「よし!そうと決まったら、早速ジョンに連絡しなきゃ……ブタマーンさん、ちょっと電話貸して下さい」


これであのブタフィ軍とも互角に、いや互角以上に張り合えるとシチローは嬉しそうに電話口まで歩いて行くが、その背中越しにブタマーンが水を差すような言葉を浴びせた。


「電話は無理だよ、シチロー君」

「えっ?」


ブタマーンの発した言葉に、不思議そうな顔で振り返り尋ねるシチロー。


「無理ってどうしてです?ブタマーンさん、んですか?」

「馬鹿を言うな!電話代位、ちゃんと払ってるよっ!姫が宮殿に連れ戻された時から、ブタフィの命令でこの国は外国との通信手段を一切止められているんだ」

「げっ!本当ですかそれは!」

「本当だよ。電話は勿論の事、メールも郵便も報道も全て軍の許可無しに外国とやり取りする事は禁止されている……違反者は逮捕されるよ」

「ひどい……まるで鎖国ね……」


発案者のてぃーだが眉をしかめる。そして、それに追い討ちをかけるようにブタマーンが付け足した。


「通信だけじゃ無い。君達も暫く日本には帰れないぞ。姫が日本に逃亡した事から、軍はこの国にいる日本人には特に目を光らせているからな」


ブタマーンの言った事は全て事実であった。


実はシチロー達がブタリア王国に到着したその日も、空港では軍の兵士が厳しく目を光らせていたのだが、それでもチャリパイがノーマークでブタリアに入国出来たのは……たまたま搭乗したラッカーエアラインの飛行機が墜落するという、奇跡的な出来事に遭遇したからに他ならなかった。


まったく、ほとほと悪運の強い連中である。
















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る