第零話β 死闘の末の最後の瞬間
「どうした、余の命を刈り取るための力が抜けているように見えるぞ。余を殺すためにここまでやってきたのではないのか」
俺は魔王アスモデウスの首元に突き付けている剣を握る手に先ほどのように魔力を上手く籠めることが出来なかった。
残された少ない魔力でも魔王アスモデウスの首を落とすくらいは造作もないことだろう。だが、完璧な状態で首を刎ね落として復活できないようにするにはもう少し魔力がいるとは思う。
でも、不思議と魔力を籠められずにゆっくりとではあるが時間が過ぎって言っていた。
「今すぐにでもお前を殺してやりたいところだが、俺の仲間を生き返らせるためにはどうすればいい。今すぐ答えろ」
「それは単純な話だ。余の力で簡単に生き返らせることが出来る。それだけの話だ」
魔王アスモデウスが言っていることが本当なのか嘘なのか俺には判断することが出来ない。
判断できないのであれば、ここで魔王アスモデウスを討ち取ることが正しい選択なのだろう。それ以外は行うべきではない。そう思っているのだが、俺の心はそれが正しいのか考えていて、攻撃しても良いものなのかと躊躇してしまっていた。
「ここでやらなくちゃダメなんだよお兄ちゃん。私たちが犠牲にしたものが全て無駄になっちゃうよ。魔王のいう事なんて聞いちゃダメだよ」
「それはわかってる。なあ、魔王に殺されても神の奇跡で蘇ることは出来るんだよな?」
「……。ごめんなさい、私にはわからないよ」
目を合わせることが出来ないというのはそういう事か。
全てを理解した俺はここで魔王アスモデウスを討つべきなのかもう一度考えることにした。
魔王アスモデウスののど元に突き付けた剣を少し動かすだけで命を奪うことが出来るだろう。
この世界のためにもそれは今するべき事であって、それ以外にする事はないはずだ。
だが、ここで魔王アスモデウスを殺してしまえば大切な仲間が生き返る機会を永遠に失う可能性がある。
魔王アスモデウスがいなくなった平和な世界は誰もが望んでいる。
そんな平和な世界を手に入れたとして、そこに俺の大切な仲間がいないというのはどうなのだろうか。
どんなに平和な世界になったとしても、苦楽を共にしてきた仲間がいないのであれば意味が無いのではないか。
いや、俺の一時の感情だけで世界を平和にするチャンスを失ってしまってもいいのだろうか。
そんな事はあってはならないのだ。世界中の多くの人が俺たちに期待をし、希望を見出しているのだ。
でも、しっかりと対策を練って万全の状態で魔王アスモデウスに挑めば誰一人欠けることもなく平和な世界を手に入れることが出来るのではないだろうか。
「お兄ちゃん、ここでやらないと取り返しのつかないことになってしまうよ」
「それはわかっている。でも、みんながいない世界なんて意味があるのかなって思っちゃうんだ。俺たちは五人で一つなんだって思うんだ」
「それは私も同じ考えだけど、今できることは一つしかないんだよ。ここを逃せば二度とこんなチャンスに巡り合えないと思うよ」
今度は俺が目を合わせることが出来なかった。
魔王アスモデウスを逃がしたところでみんなが生き返るわけではないだろう。それは俺も理解しているが、ここで魔王アスモデウスを殺してしまえばみんなが生き返れなくなってしまうというのだけはハッキリしている。
そう思うと、俺は世界の平和よりも仲間がそろっていることを重要視してしまっているのだろう。
きっと、その選択を責める人なんて誰もいないだろう。だが、その選択を選んだことによって魔王軍によって新たな犠牲が出てしまうかもしれない。
それでも、俺は仲間がそろっている方が嬉しいのだ。
「お前を殺すと俺の仲間はもう生き返ることが出来ないという事だな?」
「どうだろうな。余の力を超えるモノがいれば生き返らせることが出来るかもしれないな」
「お前よりも強い奴はいると思うのか?」
「おかしなことを言うな。貴様はこうして余の命の綱を握っているではないか。自分自身が余を超えるモノだという自覚はないのだな」
「俺がお前より強くても生き返らせる魔法なんて使えるわけないだろ。お前は出来るとでもいうのか?」
「残念ながら余は失った命を戻すことなど出来ぬ。だが、命にかけられている呪いを解くことは出来るぞ。呪いを解くことが出来れば神の奇跡を起こすことも容易であろうな」
「ダメだって、そいつの話を聞いちゃダメだよ。お兄ちゃん、私を信じて」
俺が信じるべきものはいったいなんだ。
信じるべきは仲間であるべきか。
信じられはしないが、嘘を言っているようには見えない魔王を信じるべきか。
全てを理解出来ていない俺の直感を信じるべきなのか。
答えはまとまらない。
「呪いを解くには時間がかかるのか?」
「そうだな、余の魔力と体力が戻ればすぐにでも解くことは出来るぞ」
「お兄ちゃん、そんなこと考えたらだめだよ。魔王なんかの言う事を聞いちゃダメだって」
目を見て質問に答えたものと目を逸らして答えをはぐらかせたもの。信じるべきは仲間だと思ってはいるけれど、どうしても信じるだけの材料が揃っていなかった。
俺は剣をそっと鞘へと戻した。
この選択が正しいのか正しくないのか自信を持てない俺は、誰の顔も見ることが出来なかった。
「余を超えし強き者よ。貴様の望み通り仲間たちと幸せに過ごすがよい」
気を抜いていたのは確かだが、俺は魔王の攻撃を何の抵抗も出来ないまま全身で受けてしまった。
俺の目に映っていたのは死んだはずのみんなが生きている姿だった。
見たこともない場所で見たこともない服装で何をしているのかわからないことをしているみんなの姿だ。
みんなが生きている。それがわかっただけでも俺は嬉しく思っていた。
「こことは違う世界で仲間と共に過ごすが良い。ただ、余に恐怖の感情を抱かせた貴様には少しだけ罰を受けてもらう事にはなるがな」
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