第38話 シャル・ウィ・ダンス

「ユート様」


 パーティー会場の端で一人佇んでいると、リリシアが俺の所にやって来た。


「お疲れ様。疲れてない?」

「大丈夫です。鍛練に比べれば何でもありません。それに⋯⋯ドレスが着れることが嬉しくて⋯⋯今身体がすごく高揚しています」


 やはり女性に取ってドレスが着れることは嬉しいのだろう。

 リリシアの笑顔が見れて俺も満足だ。


「それと⋯⋯上手く行きましたね」

「ああ⋯⋯作戦通りだ」


 周囲に人がいないとはいえ、聞かれたらまずいことなので、小声で話し始める。

 そう。ルドルフとのやり取りは全てこちらの思惑通りだった。

 背中をストールで隠せば、必ず衆人の前で奪い取ると思っていた。

 だからリリシアにはか弱い王女を演じてもらい、ストールを奪いにくる手から逃れないでほしいとお願いしていたのだ。

 いくら動きにくいドレスを着ているからとはいえ、リリシアが本気を出したら、ルドルフの手をかわすなど造作もないことだからな。

 その結果、公の場で醜態を晒す皇子が誕生した訳だ。


「それよりパーティーの主役がこんな所にいていいのか?」


 リリシアが会場の端に来てからというもの、周囲の(特に男の)視線がこちらに集まっていた。


「その⋯⋯少しやりたいことがありまして⋯⋯」

「やりたいこと?」

「一人では出来ないことで⋯⋯」


 なんだろう。リリシアの言いたいことがわからないぞ。

 このパーティー会場で一人では出来ないこと⋯⋯あっ! そういうことか!


 ここはとして俺から願い出るべきだろう。

 リリシアに近づき、優しく手を差し伸べる。


「私めと一曲踊っていただけませんか?」

「はい! よろしくお願いします」


 リリシアが手を添えてくれたので、パーティー会場の中心部へと移動する。

 するとさっきまで曲は流れていなかったが、俺達がダンスを踊ろうとしていることを察してくれたのか、音楽隊の人達が演奏をし始めた。

 ダンスは前の時間軸でよく踊っていた。

 政治的な理由でこういう場には、よく駆り出されていたからな。

 だけどリリシアとは初めて踊るし、何故か他に踊る人達がおらず、皆が注目しているため、緊張感が走る。

 しかし聞こえてくる曲は、今までで一番踊っていた曲だったので、これならいけるはずだ。

 ここで失敗してリリシアに恥をかかせる訳にはいかない。

 俺はとにかく上手に踊ることだけを考えていた。


「ユート様」

 

 ダンスが始まる前、リリシアに名前を呼ばれたため、視線を合わせる。

 するとリリシアは、笑顔で語りかけてきた。


「失敗してもいいじゃないですか。私達らしく楽しく踊りましょう」


 俺はその言葉にハッとする。

 私達らしくか⋯⋯俺は大切なことを忘れていた。ダンスは二人で踊るものだ。俺は緊張のあまり自分のことしか考えていなかった。

 俺がダンスを踊るのはリリシアに楽しんでほしいからだ。失敗することを考えるより、どうやって二人で楽しむかを考えよう。


「そうだな。ありがとうリリシア」

「ユート様のお役に立てたのなら、嬉しいです」


 そしてちょうど動き出すタイミングが来たので、俺達は踊り始める。

 リリシアが大事なことを教えてくれたおかげか、身体がスムーズに動く。


「ユート様上手ですね」

「そうかな?」


 そういうリリシアの方が上手だ。端から見ればわからないが、俺が踊りやすいように上手くリードしてくれている。


「何人もの女性と踊ってこられたのですね⋯⋯少し嫉妬してしまいます」

「そんなことないよ。パーティーに出るのも女性と踊るのも初めてだよ」


 この時間軸ではと、心の中で付け足しておく。


「本当ですか? 私もその⋯⋯背中があれでしたから。ユート様の初めてをいただけてとても嬉しいです」

「俺もだよ」


 リリシアの言葉に何だか淫らなことを想像してしまうのは、俺の心が汚れているからなのか?


(その通りです。やっとわかっていただけましたか)


 ここでルルのいらないツッコミが入る。

 ルルは常に俺の頭の中を監視しているのか? 何だかストーカーをされている気分だ。


(誰がストーカーですか! 条件は同じですからね!)

(その通りだが、今はダンスを踊っているから忙しいんだ。黙っててくれ。後で新鮮な魚を持っていくから)

(仕方ありませんね。それで手を打ちましょう)


 せっかくのリリシアとの楽しい時間を邪魔しないでほしいものだ。

 ルルの声が聞こえなくなり、俺は改めてダンスに集中する。


「二人共ダンスは上手いが、あの程度の技量なら帝国に幾人もいるだろう」

「ですがどこか目を奪われてしまいます」

「それはおそらく、お互いがお互いを信じて、ダンスを楽しんでいるからではないか」

「そうですね。二人共凄くいい笑顔です」


 周囲から俺達を称賛する声が聞こえてきた。

 少し気恥ずかしいが、好意的な言葉に安堵する。

 そして曲が終わると同時に、パーティー会場は割れんばかりの拍手に包まれるのであった。

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