第22話 ヒロインたちは突然好意を顕わにする

 その後も、俺の学校生活にあまり変化はなかった。相変わらず、各所から軽蔑の眼差しを向けられる日々。靴箱が清潔なのだけは幸いだった。

 千城と口を利くこともなく、教室での俺は完全に一人。今まで以上に、ボッチを極めていた。


 ──でも、それはむしろ喜ばしきこと。だって、これで俺は心置きなく、百合の花園を愛でられるようになっただから。


「本当ですの!?」

「あのお方がそんな……」

「信じられませんわ」


 何やら一部の女子たちが騒がしい。盗み聞きをするつもりはないものの、独りでぼーっと机の木目を数えていると、嫌でも周りの会話が耳に入ってきてしまう。

 

「まさかが振られるなんて」


 ──!? 池照が振られた、だと。なんだその面白……気になる話は。

 えっと、振られたってことはつまり、池照から告白したんだよな。それで断られたと。

 けど誰に? 池照の学校での人気を鑑みるに、そんな人間がそういるはず……あっ。


 その閃きとほぼ同時に、俺の携帯が振動した。メールが届いたらしい。

 差出人はもちろん、あの女だ。


※※※


 放課後の校舎裏。メールで呼び出された俺は、木陰で涼みながら彼女が来るのを待っていた。

 ……ったく、人目につきたくないからって、何もこんな場所じゃなくてもいいだろ。告白するわけじゃあるまいし。


「待たせたわね」


 指定の時間ぴったりに現れる、金髪碧眼の美少女。普通に生きていれば、俺のような凡才が絡むはずもなかった人間。来緒根舞凛だ。


「いま来たとこだ」


 と、一応言ってみる。紳士なので。


「それは良かったわ」

「珍しいな。バイトでもないのに連絡をよこすなんて」

「──あなたに、伝えたいことがあったから」


 真剣な表情で真っ直ぐに俺を見る来緒根。……まさか、だよな。そんなことあるはずがない。あり得ない。

 だけど、来緒根からのメールに書かれていたのは、『放課後、体育館裏で待ってる』という文字のみ。そして、いま俺に向けられている、この深刻な瞳。

 もしかして、もしものもしかして、まさか本当に告白──


「ごめんなさい」


 なわけはないよな、うん。もちろん知ってましたよ? 告白もせずに振られるとは思わなかったけどね。はぁ。


「とりあえず頭を上げてくれ。いきなり謝られてもなんのことかわからん」


 この流れ、すごいデジャヴなんだけど。突然の謝罪流行ってるの?


「……たぶん、いまのあなたの状況は、私のせいなの」

「だからその状況とやらを説明してくれよ」

  

 いやまあ、俺もなんとなく察しはつくけどさ。朝の噂の件もあるし。たぶん池照絡みだろ。


「この間、ある人に告白されたのだけど──」

「池照か?」

「えっと……うん」


 で、どうせあれだろ。あいつが腹いせに、来緒根と仲の良い俺に嫌がらせしているとか言うんだろ。この間も似たような話聞いたよ。


「それで私──」

「ちょっと待て」


 その前に、俺はどうしても、こいつに物申したいことがあった。でなきゃ気が済まない。


「なんでお前、自分悪くない時は謝れるんだよ!」


 来緒根とのファーストコンタクト。善良な市民たる俺に罪を擦り付けたこと、忘れたわけじゃないからな。

 そんな俺の怒りに対し、来緒根は一瞬戸惑った表情を見せた。

 が、すぐに覚悟を決めたように、その美しい瞳を俺に向けて言ったのだった。


「私は、


 ……はっ? 


「冗談はよせ──」

「冗談じゃない! 初めてあなたを見た時から、あなたの可愛い顔が好きだった。けど、どう話せば良いのかわからなくて……」


 それであのコンタクトだとでも? 好きな人に嫌がらせって、小学生男子じゃないんだぞ。

 ……早すぎる展開に、脳の理解がまったく追いつかず、他人事のように感じてしまう。男の娘としての俺に、彼女が肩を見出していたなんて、考えてもみなかったのだ。


「えっと……お前まさか、池照にもそれ言ったのか?」

「ええ。だから謝ってるじゃない」


 なるほど。すべてが繋がった。そら池照が俺を目の敵にするわけだ。三角関係みたいなやつだもんな。憎たらしいことこの上ないに違いない。

 けどさぁ。


「……なんでよりによって俺なんだよ」


 俺が読者ならきれてるよ。なんで才色兼備の最強美少女が、こんなしょうもない男に惹かれるんだよって。絶対釣り合わねえだろって。

 ああ、もう。わかんねえよ。


「それに、私だけじゃないわ。ほら」


 来緒根の視線の先。そこには。

 俺が自ら距離を置いたはずの、千城うさぎが立っていた──。

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