第28話 チーム戦

「ハインド、逃げますね」

 後ろに喰いつかれる事を避ける為に旋回した私達に対して、ハインドは追尾を諦め距離を取る様に機動している。

 旋回方向へ無理矢理首を捻って視界の端にハインドを捉え続けてるけど、このまま旋回を続けたらかなり距離が開いてしまうだろう。

 かと言ってバンクを深くして旋回半径を小さくしても、今度は速度が犠牲になっちゃうから、結果としては意味がない。旋回中に降下する事で速度を獲得する方法もあるけど、今の天候状況じゃ、そもそも十分な速度を得る為に必要な高度が足りない。低く垂れ込めた雲と地面の間は思った以上に機動を制限しちゃうのよ。

 使える高度に制限が有る中、サッドは最短で旋回を終了出来る速度とバンクをしっかりとキープして飛行してる。

「奴め、このまま逃げ去るか。コンボイに被害が出なければこちらの任務は達成だが。出来ればここで不安の芽は摘みとっておきたいな」

『2、GUN発射』

 その時2番機から20mmGUN(機関砲)の射撃コールがあった。

 2番機は当初私達の左後方に位置して編隊を組んでたんだけど、私達が左旋回して後方の敵機から距離を取った時、経路を交差する様に逆に右旋回をしたみたい。

 長機の左にいた2番機が左旋回する長機に対してそのままの位置をキープするには旋回がきつくなるし、速度も保持出来ない。だから、同じ左旋回をするなら旋回半径の外側へ移るか又は逆に右旋回するかなんだけど。私達は峠の入り口に差し掛かってたから地形上右へ回ったみたいね。

 結果、ハーレー達2番機は、逃げるハインドの頭を抑える形になったみたい。

 旋回が終了した時点で再度私達の左に位置が変わった2番機から20mmGUNの曳光弾が光の尾を引いてハインドへ流れるのが見えた。

「射撃、早すぎません?」

 20mmGUNの有効射程は2km程度だけど、明らかに遠すぎる。

 ごく一部の天才的な射撃のセンスを持ったパイロットを除き、エースと呼ばれるほとんどのパイロットは、その手記に敵機を撃墜するにはとにかく近寄って撃つ事だって書き残してる。余計な修正操作の必要が無い、撃っただけで当たる距離迄近づく事が重要だって。

 案の定、さっきの射撃は命中しなかったみたい。

「この射撃は牽制だ、直線飛行で逃げられたら追い付くのが難しくなるからな。

 奴の鼻先に射弾を送って、経路を曲げさせようとしてるんだ」

 なる程、確かにハインドは2番機の射線から逃れる様に経路を右へ、つまり私達に有利な方向へと変えている。

 チームとして敵を追い詰める。流石のコンビネーションだわ、阿吽の呼吸って奴かしら。

 ハインドが旋回したお陰で、今度は私達との距離がぐっと縮んだ。

「フィックスド・ガン

 HMDS(ヘルメット・マウント・ディスプレイ・システム)空対空モード」

 サッドは20mmGUNを固定位置にセットすると共にHMDSの表示を空対空戦闘モードに変更する。

 20mmGUNってパイロットやガナーのヘルメットに連動して自在にその砲身を動かす事で瞬間交戦時間を短縮出来たり、或いは高倍率の画面でじっくりと精密照準射撃が出来たりするんだけど、それって主に地上目標に対して使用するの。 

 でもそのやり方だと、お互いに激しい機動を行う空中戦で標的の未来位置へ瞬間的に弾を放つ事が難しい。だから、空中戦を行う時は砲身を機体の軸線方向に固定して戦うのよ。

 そして、それに合わせてHMDSも表示されるレ・ティクル(照準環)が機体に掛かるGに対応して補正される様に空対空モードを選択したの。

 所で、サッドがわざわざ一つ一つの操作を口に出して言ってるけど、それにはちゃんと意味が有るのよ。

 それはクルーコーディネーション(前後席の連携)の為。コクピットのレイアウトがサイド・バイ・サイドだったら横に居る人間がどんなスイッチを操作したかは、そこに顔を向けて注視してなくても視界の隅で何となく分かるわよね。

 でも、タンデム配置の場合はお互いの操作が全く分からないの。後席に座ってれば、前席のヘルメットが辛うじて見えるからどっちを向いてるかぐらいは分かるケド、それも顔がそっちを向いているってだけで、ホントに何を見てるのか視線の先は分かんないわ。

 だから無線機や、航法装置なんかを操作する時は「ルック・インサイド」(内側(計器)を見てるよ、つまり外は見てませんよ)って発唱するし、そしたらそれを聞いた相手は「ルック・アウトサイド」(こっちは外を見てるよ)って返して、ダブル・ヘッドダウン(パイロットのどちらもが外を見てない状態)を防止してるのよ。

 つまり、クルーがお互いに効果的な援助をする為にも、これから何をするのか、今何をしたのかをハッキリと口に出して操作と一致させる事が重要になって来る訳ね。その為にも機内通話はスイッチ操作不要、常に繋がりっぱなしのホット・マイクになってるの。

「ジュリエット、(計器の)モニター(監視を頼む)」

「(了解)TQ90(トルク90%)、TGT800(Turbine Gas Temperature:エンジン排気温度800℃)」

 エンジンの使用制限一歩手前だわ、特にTQ(トルク)は計器のグリーンマークを越えてイエローに入っている。

 でも、そのお陰でハインドとの距離は徐々に詰まって来てる、あと数秒でGUNの射程に捉えられそうだわ。

「オン・ターゲット(目標捕捉)、アクション・オン」

 いよいよハインドを捉えたサッドが、サイクリック・ステッィクに付いているアクション・スイッチをそっと握り込んで最終安全装置を解除する。後は、トリガーを引けば弾が出る状態よ。

 私はここでふと訓練の時にサッドから言われた事を思い出した。

〈いいか、敵機に射撃する時はその直前に必ず後方を確認するんだ、敵機に弾を命中させる為にはその瞬間必ず安定した直線飛行をしなければならない。それは、もしこっちを狙っている敵機がいた場合相手にとっても絶好の射撃機会となるからな〉

 そうだったわ、念のために後方を確認しときますか。

 ホンの思い付きで後ろを振り返った私は、そこに信じられないモノを発見する。

 なんと2番機の後方、やや高度が低い完全な死角から別のハインドが突き上げて来ていたのだ。

 もう一機いた!私達の後方じゃなく2番機を狙ってたなんて、ヤバい完全に射程圏内だ。

「ハーレー!ブレイク!」

 流石に場数を踏んでいるだけあって、ハーレーは私の警告に間髪入れず反応した。

 左に急旋回すると同時にチャフとフレアを放出する。相手が何か分からないから考えうる全ての対抗措置を取ったのだ。チャフは対レーダー、フレアは対IR(赤外線)よ。

 2番機を狙ってたハインドは、急旋回するハーレーを追いかけてるけど、旋回について行けずに経路を外側へ膨らませている。良かった、取り敢えずは危機を脱したみたい。

 その時、私達の機体も思いっきり急旋回を開始した。

「わわっ」

 後方へ気を取られてた私はヘルメットをキャノピーに強か打ち付けられてしまった、何事かと前方に向き直るとそこには、ほぼ真上を向いて立ち上がっているハインドの姿があった。

 機首を上げて急減速してるのだ。特徴的な二つのバブルキャノピーを含めた機体の上面が全て見える程よ。このハインド、わざと隙を見せて私達をおびき寄せていたんだわ。

 サッドはハインドに合わせた減速は間に合わないと判断、急旋回で仕切り直しを図るつもりだ。

 減速しているハインドは、私達のすぐ横をあっという間に通り過ぎてしまう。

 操縦をサッドに任せている私は、体を捻って通り過ぎたハインドから目を離さない様にする。流石にあれだけの減速姿勢だったのだ、直ぐには機体を立て直せないだろう。

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