アイキ

有形

一教 入学編

プロローグ

 春は別れと出会いの季節。今までの自分とさよならをして、新しい自分を見つける時期。地元の学校を先輩として惜しまれながら卒業することも、後輩が次代の先輩として進級することもあるかもしれない。

 柳葉やなぎばみどりの場合は少し違っていた。後輩として先輩の卒業は泣いて悲しんだが、自らが先輩となる中学の卒業式は本人の意思で欠席した。せめてもの抵抗として卒業生代表の地位を得ていたため、本番はさぞ困ったことだろう。

 そんな些細な復讐をしたとしても、その上で地元を離れ新しい生活を始めたとしても、苦い思い出が消えるわけではない。

 それでも、今のみどりは心躍っていた。まだ慣れない土地の匂い、春の暖かさを含んだその空気を大きく吸い込んで胸が膨む。

 最寄り駅までは片道徒歩十五分ほど。入学式に向かうべく、昨日までに確認したその道に歩みを進めた。


 駅に着いた時、一つの光景が目に入る。みどりと同じ和田高校の制服に身を包んだ男の子と坊主頭の大柄な男が言い合いをしていた。よく見ると声を荒らげているのは坊主頭の方だけで、男の子の表情は冷静そのものだった。

 近くに、坊主頭側に付いている女性と倒れた自転車があることから、二人乗りを咎められて逆ギレしているのかもしれない。

 男の子には申し訳ないと思ったが、みどりは巻き込まれるのを避けるため、遠くから通り過ぎようとした。

 その時、声を荒らげていた男が彼の胸ぐらを掴んだ。

 殴られる、と直感し、声を上げそうになり、思わず立ち止まる。

 しかし、掴まれた瞬間、彼は片足を一歩引いた。身体を掴んでいた男は突然の動きに反応できず、体勢を崩す。そこからは、まるで蛇でも捕まえるかのように、しなる男の腕を取り、地面にうつ伏せに押さえ込んだ。

 その光景を見ていたみどりも、近くにいた女性も、抑え込まれた男でさえも信じられないという面持ちで彼を見ていた。体格も筋力も上であろう、自分より強そうな相手を撃退するのに、どんなデタラメやインチキを使えばできるのかと。

 抵抗の意思が無くなったのを確認し、彼は男と距離をとりながら腕から離れた。そして、一言だけ話すと女性を一瞥し、その場をゆっくり去ってしまった。

 彼はいったい何者なのか。みどりはその疑問を抱えたまま、すぐまた会えることを期待して入学式へと向かった。

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