第28話 お嬢様
時間は遡る。
グラスを置いて、スフレと一緒にミャーコは大浴場へと来ていた。
「うわー、大きいしとても綺麗」
二人揃って初めて見る大きなお風呂に、とても感動している。
二人は毛むくじゃらの体にタオルを巻いている。ちなみに、スフレは素っ裸で入ろうとしていたのをミャーコが止めていた。
ミャーコが止めたのも無理はない。まだ十歳という年齢ではあるが、貴族の淑女が集う学園寮だ。それなりの品位ある所作が求められるもの。ミャーコは前世の記憶を頼りに、スフレに注意をしたのだ。スフレは最初は不思議そうな顔をしていたが、ミャーコの顔を見ているうちになんとなく納得したような感じだった。
「スフレ、湯船に浸かる前に体を洗うのよ」
「どうして?」
度重なるミャーコの忠告に、スフレは疑問符を浮かべている。
「そのまま入ると、体についた汚れが湯船に浮いちゃうの。スフレも嫌でしょ、汚れた湯船に入るのは」
「あっ……、うん」
ミャーコの説明に、スフレは思い出したかのように納得する。
ミャーコとスフレは備え付けの石けんを使って、丁寧に体を洗っている。そして、ミャーコは自分の体をまじまじと見て、自分が獣人なんだという事を改めて確認した。
毛むくじゃらの全身に肉球のある手足。二足歩行する猫に髪の毛が生えたような異様ないでたち、それが今のミャーコなのだ。
ミャーコたちが体を洗っていると、後ろの方が騒がしくなってきた。声のする方を見るものの湯気でよくは見えないが、声の感じからすると学園の生徒のようだ。
「あら、どなたか先客がいらっしゃるようですわね」
聞くからにお嬢様言葉だ。貴族の子女が通っているという話は本当だったのだ。
「セーラ様、あそこをご覧になって下さい。汚らわしい獣人が居ます」
お嬢様と思われる人物の横に立つ少女が、暴言を吐く。
「あら、本当に獣人の方がいらっしゃいますわね。わたくしはセーラ・ブランフォード。連れの者の言葉は聞き流してくださいませ」
お互いがはっきり見える位置まで迫ったところで、セーラと呼ばれた金色のストレートロングの髪をなびかせた少女が言う。
スフレはミャーコの後ろに隠れて、ミャーコは警戒の目でセーラを見る。その姿を見て、セーラはため息をついて取り巻きを見る。
「はあ、ご覧なさい、すっかり怯えさせてしまったじゃありませんか。申し訳ございませんわね、あなた方の事は寮長様からお伺いしております。せっかく同じ学舎で勉学に励む仲間ですもの、よろしくお願いいたしますわ」
目の前のお嬢様は、獣人であるミャーコたちにもごくごく普通に接していて、右手を差し出してきた。これにはミャーコも警戒を解いて、右手を差し出して握手をする。すると、セーラは、
「噂には聞いてはいましたが、獣人の手はわたくしたち人間と違っているのですね。ふにふにふかふかしていて、面白い感触ですわ」
と、笑みを浮かべて満足そうな表情をしていた。これにはミャーコは驚いていた。
「せ、セーラ様……っ!」
取り巻きは慌てていたが、セーラはミャーコの手のひらの感触にとても満足しているようだった。
「あ、あの……」
ミャーコが戸惑ったように声を出すと、セーラは慌てて手を離す。
「あら、ごめんなさい。つい面白くなってしまって」
素直に謝罪してくるセーラは、お嬢様ながらにも純粋な性格なのだろう。まさか、これほど人のできた性格のお嬢様に会うと思っていなかったミャーコは、面食らったかのような顔をしている。
「うふふ、せっかくお会いしたのですから、少し湯船に浸かりながらお話ししませんこと?」
セーラは満面の笑みを浮かべながら、ミャーコに提案してくる。
結局、ミャーコもスフレも取り巻きもその申し出を断る事ができず、セーラたちが体を洗うのを待って、全員で湯船に浸かる事となったのだった。
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