孤高の青年は飽くなき強さを追い求めるースキル・メイク・オンラインー

紺藤シグル

第1話

 雲一つない炎天下で、訓練用ナイフを振る青年がいた。


 目を閉じて、まるで何かと戦っているかのようにナイフを振る。

 俗に言うイメージトレーニング、シャドーボクシングといったところだろう。


 仮想の敵と戦っているのだ。


 まるで舞いをおどるように戦っていた青年は、細かい足捌あしさばきからナイフを突き出す。

 その突きは一切のブレがなく、ただ真っ直ぐ相手を貫いたように見えた。

 そしてぐさま引き抜いて後ろに飛び退くと、ゆっくりと腕を下ろす。


 戦闘が終わったのだろう。

 肩を軽く上下させて溜め息を吐く。

 そして青年は閉じていたまぶたをゆっくりと開けた。


「面白くなってきた」


 切れ長の目を細めて、口の端を少し上げてニヤリと笑う。

 その瞳の奥には何かを待ち望み、今か今かと猛る気持ちを炎にして燃やしていた。


「スキル・メイク・オンラインか……」


 スキル・メイク・オンライン、それは一人の男が作り出したVRMMO。

 つまりバーチャルリアリティ空間で行われる大規模オンラインゲームのことだ。


 その一人の男が作ったオンラインゲームの中では、敵を狩って手に入れた素材で作った武器や防具、そして数えきれないスキルによってプレイヤーが成長する仕組みになっている。

 プレイヤーがレベルアップすることはないが、代わりにスキルレベルが存在し、

おのれの力でスキルを手に入れて、成長させていくのだ。


 手に入れたスキルで戦うも良し、鍛冶をするも、料理をするのもその人次第。

 職業の概念もないため、昨日まで最前線で剣士として戦っていた人間が、いきなり鍛冶屋に変わることもできる。


 しかし青年が興味を魅かれたのは違う理由だ。

 それはとてつもなくリアルだということ。

 ベータテストをしていた人間たちが、そのあまりのリアルさをネット上で次々と述べていた。


『ゲームでステーキを食べたら、まるで本物のステーキを食べてるかのような味がした』


『戦闘がリアル過ぎた。痛みを感じるし迫力も凄い。血も出るし、体は現実世界のものとまったく感覚が一緒だった』


 その賞賛の数々を見て、青年の心は魅かれたのだ。


 青年は戦いたかった。


 それは剣道や柔道、ボクシングやK1などのスポーツではなく、命を懸けた、遠慮やルールの無い戦いがしたかった。

 しかしそれは現実世界では決して許されないことであり、青年もそのことを当然のことだと認識している。

 何故なら人の命を奪ってしまうことになるからだ。


 青年も別に人を殺したいと思っているわけでは無い。

 青年はあくまで剣や槍や弓で、ルール無しの戦いがしたかったのだ。

 現実世界でも本当の戦争をしている場所に行けば、その剣を振るうことができるかもしれないが、近代兵器での戦いに剣で参加しようと思うほど愚かではない。


 しかし『スキル・メイク・オンライン』。


 そのゲームの中ならば、そんなにもリアルなゲームの中なら戦うことができるかもしれない。

 ルール無しの、しかも自分の技量を試せるような色んな敵と。

 そう思い至り、ゲームを買うことを決心したのだ。


『戦闘狂』


(いつか誰かに言われたことがあったが、確かに少しそんなところもあるな)


 苦笑いしながらも、やはり楽しみなことに変わりはなかった。


 ゲームが開始されるのは明日だが、ゲーム機が到着するのは今日。

 セットアップや説明書を読む時間を考慮しての、製作者側からの配慮だった。

 庭から家の中に戻り、シャワーを浴びて服を着ると、家のチャイムが鳴る。

 玄関のドアを開けると、宅配便のお兄さんがいた。


「お届け物です」


「ありがとうございます」


 サインをして、トラックにあるカプセル型の機器を部屋に入れてもらう。

 大きさや性能を考えても、5万円は安すぎだと感じてしまう一品だ。

 宅配便の人が帰ったのを尻目に、すぐさま説明書に目を通す。

 頭に叩き込むと、ゲームをセットアップしてカプセルの扉を、車のトランクのように上に開け、中に入った。


 中はベッドのようになっているので、そのまま横たわる。

 頭にヘルメットのようなものをかぶり、目を閉じて電源を入れた。

 するとその瞬間浮遊感をおぼえて目を開けそうになったが、そのまま頭が真っ白になったため、目を開けることはなかった。


◆◇◆◇


 地に足が着いた感覚を得て、ゆっくりとまぶたを開けると、目の前にテキストが書かれていた。


『スキル・メイク・オンラインへようこそ』


 パソコンの画面をそのまま空中に浮遊させたように映し出されるそれを確認し、ゲームが正しく起動したことに安堵する。

 あたりを見渡すと、無数の画面が壁中に敷き詰められた空間だった。

 続きを促すために目の前の画面にタッチすると、


『キャラクターメイキングに入ります』


 とテキストが移り変わった。


(キャラクターメイキングといっても特に変えるつもりは無いしなあ)


 182cmの身長、切れ長の二重の目、少しパーマの掛かった黒髪は、前髪が目に掛からない程度の長さで2ブロックになっている。

 すらっと長い足に引き締まった身体。

 自身の身体を思い出しながら、きちんと再現されているのか確認する。

 目の前の画面に映し出されたのは、まぎれもなく自分自身だった。


(流石にこのままじゃ個人情報的に不味いか?)


 少し悩んだ末に瞳の色を暗い青にする。

 たいして変わってない気もするがいいだろうと、勝手に納得して決定を押した。


『初期装備を選んでください』


 テキストと共に武器が映し出された。

 剣をタッチするといきなり目の前にロングソードが現れる。

 少々驚きながら柄を持ち、剣を構える。

 実際に手に持って試せるということなのだろう。

 少し振って感覚を確かめる。


 現実世界よりも自身のスペックが落ちているのか、身体が頭についてこない。

 全員同じスペックだとするならそれも納得できる。

 この世界の方が身体のスペックが高い人は喜ぶだろうし、低い人は顔をしかめるだろう。

 今の自分のように。


 とりあえず感覚を修正するために剣を振るう。

 ある程度修正できたところで他の武器も見てみた。


 剣も槍も種類は一種類のみ。

 その名の通り初期装備として公平にしているのであろう。

 槍や弓を手に取り、剣と同じように感覚を修正する。


 ゲームが始まるのは明日からなのだ。

 そのためゆっくりと一通り練習することができた。


 そして初期装備は剣を選択する。


(他の武器も使うことになるだろうが、まずは剣だな)


 手に持った剣を眺めながら確認していると、次のテキストが流れた。


『下着を選択してください』


 驚いて目を見開く。


(そこまで細部にこだわるのか……)


 今履いている黒のボクサーパンツで構わないと思い決定ボタンを押そうとするが、


(デザインを自分で作れるのか……)


 デザイン変更のボタンを見て呆れてしまう。


 ここまで作りこまれているのは、流石としか言えないだろう。

 そのまま面倒だったため服もカッターシャツに黒のズボンという、まるでスーツの上着を脱いだような格好にしてしまった。


『最後に名前を決めてください』


「名前はれいだ」


 そのまま『零』と打ち込み決定ボタンを押した。


『以上でキャラクターメイキングは終了しました。ゲーム開始時刻は7月30日午前7時です。それまでお待ちください』


 その文字を読んで電源を落とした。


◆◇◆◇


 スマートフォンに設定されたアラームの音で目を覚ます。

 アラームを止めてベッドから起き上がった零は、いつもの日課のために顔を洗いに寝室から外に出た。


 時刻は午前5:00。


 ゲーム開始まで時間はある。

 顔を洗い歯を磨くと、そのまま外に出て準備体操。

 そして走り始めた。


 いつもの日課。

 身体をなまらせないために走る。

 いつものコースには早朝からジョギングをしている人も見受けられるが、如何いかんせん自身のスピードが速いので、景色の一つとかしている。


 家に戻ると刀を手に持ち素振りをする。

 そのまま仮想の敵とのイメージトレーニングに入り戦い終えると、シャワーを浴びて朝食を食べる。


 いつもの日常。


 しかし今日は少し違った。

 それはもうすぐゲームが始まること。

 バーチャル・リアリティ空間で行われるオンラインゲーム。

 スキル・メイク・オンラインが始まるということだ。

 ゲームを始めるためにカプセルの中に寝転がる。


 午前7:00分。


「ゲームスタート」


 短く、しかし高揚した口調でつぶやき、電源を入れた。

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