第四十三話 魔術オタクは気を失う

「ん~ふふ~ん、ふふんふふ~ん」


ここはタルムーグ魔法学院の敷地内、本校舎の裏手である。学院の正門を挟んで寮とは反対側にあり、遠くに大図書館や迎賓館を望む場所で、俺は鼻歌を歌いながら地面にしゃがみ込んでいた。


おっと、こんな人目につかないところでしゃがんでいるからといって、勘違いしちゃ困るぜ。俺は今、片手に移植鏝(の、ようなもの)を持って裏庭の地面の表土を薄く剥ぎ取り、持参した革袋に詰め込んでいるところだ。


まるで夏の球技大会で敗退したチームがやるような仕草だが、あんな悲壮感は俺には無い。というか、この先のことを考えるとめっちゃ楽しみで自然と笑顔になってくる。我知らずハミングまでしてしまう始末だ。


「今度は一体何をするつもりなんでしょうか」


「わ、分からないけど楽しそうだよね」


「サキさんにもちゃんと子供っぽいところがあったんですわね。何だか安心しましたわ」


俺から少し離れたところで、ロシェ・イサク・エリシェ嬢が顔を寄せ合うようにしてヒソヒソ話している。うんお前ら、俺にギリギリ聞こえるような声で話すのはやめようか。あとルリアにイシスも、一緒になってこっちを見てくるのはやめろ。お前達だけは、俺が何でこんなことをしてるか知ってるだろ?


俺はつい先日、そこでルリアの頭に乗っかっている残念妖精から儀式魔術についてのちょっとしたレクチャーを受けた。「精霊の書リベル・スピリトゥム」に載っている儀式を再現するには儀式場も術具も足りていなくて困っていたのだが、自称「魔法の妖精」イシスが言うには、それを回避する方法があるというのだ。


今集めている土は、その足りない部分を埋め合わせるためのものである。これでまた一歩、新しい儀式の実践に近づいたわけだ。準備が整うにつれて、俺の心のウキウキゲージも上昇する一方。そりゃあ、鼻歌の一つも出ようってもんだ。


そうこうしているうちにとりあえず必要な量の土が集まったので、袋の口を縛って立ち上がる。この移植鏝は学院の樹木を管理している庭師の人達から借りてきたので、後で返しに行かなきゃな。庭師さん達は俺が園芸や剪定の道具に詳しいことに驚いていたが、俺はもっと小さい頃に王都の屋敷でダニおじさんによく遊んでもらっていたので、この手の仕事には馴染みがあるんだ。


そう言えば、ダニおじさんは元気にしてるだろうか。学院で暮らすようになってからというより魔法使いになると決めてから、段々魔法使いではない一般の人達が縁遠くなっていくような気がしている。何とはなしに寂しいような気分に襲われながら、俺は悪友たちに振り返って「寮に帰るよ」と告げるのだった。




金竜館に戻っても俺の浮かれ気分は続いている。自室で明日の準備をしていると、イシスが頭の上を飛び回りながら声を掛けてきた。


「サキきゅん、ご機嫌だね~。そんなに明日が楽しみ?」


「おうともよ、久々の喚起エヴォケーション儀式だからな。前回は最後に失敗したんで呼び出してすぐ帰還されちまったけど、今回はバッチリ決めてみせるぜ!」


「え、サキきゅん喚起儀式の経験あるんだ。それって『精霊の書』を手に入れる前の話?凄いじゃん」


「いやなに、俺の実家に代々伝わってた巻物があってな。それに”火の精霊ファイヤー・エレメンタル”の喚起儀式が書いてあったんだよ。まあ俺が解読するまでは誰も読めなくて、意味不明の巻物としてずっと受け継がれてきたみたいだがな」


「そっかー。てことは、やっぱりアルカライ家はいにしえの王国時代から連綿と続いている家系ってことだね。それなのに魔術は途中で失伝しちゃって、巻物だけ受け継がれてきたのかあ。時の流れは残酷だねえ」


「それでも、こうして俺が再発見するまで巻物を守っていてくれたんだから、ご先祖様達には感謝感激雨あられだけどな」


「そのご先祖様も、まさか自分の子孫に”異人アウトサイダー”が生まれるなんて、思ってもいなかったでしょうね」


ぴたり、と俺の手が止まる。ブリキ仕掛けの人形のようにゆっくり振り向き、仰ぎ見ると、そこには羽を広げ空中に静止したイシスの姿。しかしそのおもてに浮かぶのはいつものいたずらっぽい表情ではなく、俺の内面を透かし見るような眼差しと謎めいた微笑アルカイック・スマイルに彩られていた。


「……何……の……事だ?」


自分でも驚くほどの、掠れた声が漏れる。口内はカラカラに乾き、心臓が早鐘を打つように胸を突き上げていた。何だ?俺は一体、何に反応してこんなに驚いている?こいつはさっき何と言った?


「”異人アウトサイダー”、またの名を”異訪人まれびと”。異なる世界の知識を持って、この世界を訪れる者。文化英雄もしくは”狂言回しトリックスター”――――」


歌うようなイシスの声を聞きながら、俺の胸の鼓動はますますそのリズムを早めて目の前は暗くなっていく。まるで、魔力欠乏によって気を失う寸前のようだ。モノトーンに染まりゆく視界の中で、目の前の妖精だけが銀の光に包まれ、輝いて見えていた。


「驚いた?でも私達は、ずっと前から貴方に注目していたの。そう、貴方が最初に魔術を行使した時から……」


その言葉に俺は確信した。今のこいつは、イシスじゃねえ。俺は激しく動揺する精神こころを落ち着かせながら、努めて冷静に問い掛ける。


「……もしかして、<偉大なる先達グレートリー・オーナード・シスター>マギサでしょうか?それとものイシス?」


「んーにゃ?あたしはいつもの可愛いイシスちゃんだよ?」


聞き慣れた脳天気な声に、思わずずっこけそうになった。イシスは普段の子供っぽい笑顔を見せたかと思えば、また急に大人っぽい微笑を浮かべて言葉を続ける。


「まあ、今はマギサがちょっとだけ強く表に出ているけどね。こういう神秘的な雰囲気のイシスちゃんも素敵でしょ?」


なるほど。彼女たちは別個の人格を持つとはいえ、本来は同一の存在だ。シスター・マギサが知っていることはイシスだって知っているし、イシスが見聞きしたことはシスター・マギサにも伝わることになる。参ったな、俺のプライベートがますます狭められていくぜ。


俺は溜息を一つついて、イシス=マギサに向かって語りかけた。


「お察しの通り、俺は転生者だ。こことは違う世界で生まれ、そして死に、その記憶を持ったまま、サキ・アドニ・アルカライとして生まれてきた。俺がこの世界の魔術を再発見出来たのも、俺が前世で魔術を知っていたからだ。これで満足したか?」


「ほえ?」


再びイシスがきょとんとした幼い表情になって、首を傾げる。不審げな表情でこちらを見つめるイシスに対し、俺は更に言い募った。


「家伝の巻物を読むことが出来たのも、大図書館で隠し部屋の封印を解くことが出来たのも、最初から正解を知ってたけだ。シスター・マギサは俺に期待しているようだが、俺自身はそんなに大した人間じゃない。たまたま、前世の記憶を持って生まれついたってだけなんだよ」


そこまで並べ立てて、イシスが俺を”異人”と呼んだ時になぜあれほどのショックを受けたのか、ようやく自分でも納得がいった。俺は、この前世の知識を「ズルいことチート」だと思っている。そして普通に生きているルリアや俺の家族、友人たちに対して、何と言うか後ろめたさのようなものを感じているんだ。俺が今まで転生者であることを周囲に黙っていたのは、心の何処かでこの事を引け目に感じていたってことだな。


「ん?ん~?サキきゅんが何に引っかかっているのか分からないけど、”異人”ってだけで凄いことだよ?あたし、というかマギサだって実物に会うのは初めてだし、多分この世界の事例じゃ千年振りくらいじゃないかなあ」


困惑したように言うイシスに、俺は繰り返す。


「言っただろ?たまたまなんだって。俺が何か努力して、前世の記憶を持ち越すことに成功したわけじゃない」


「努力を否定するのはダメだけど、絶対視するのはもっとダメだよ」


そのイシスの言葉は曇りない水面みなものように澄んで、俺を諭すように静かに響いた。


「過程だけを重視して結果を顧みなければ、物事は間違った方向に進んでしまう。正しく努力して、正しい結末に辿り着くことこそ最上。手段や方法に拘って、その結果悲劇を生んでしまっては意味がないのよ。昔の、あたし達みたいにね」


真っ直ぐに俺を見つめるイシスの瞳。その眼差しに、俺は何も言えなくなってしまう。


「それに君の魔術の知識だって、何もせずに手に入った訳じゃないでしょう?あたしはサキきゅんが元居た世界についてはよく知らないけど、そこでも魔術について知ることは簡単じゃなかったはずだよ。サキきゅんは昔に自分が注ぎ込んだ情熱も努力も、否定するつもりなのかな?」


そのセリフに、俺ははっと気付かされた。どうやら俺は、前世の自分と今生こんじょうの自分を無意識に分けて考えていたようだ。白沢秋おれサキオレは別個の存在じゃない、ひと続きの自分なのに。


別に俺だけの話じゃない。すべての魂は、転生の輪の中で切れ目なく繋がっている。憶えていなくたって、その人間が成したことは魂の輝きとなって次の生に受け継がれる。魔術師として当然の考え方を忘れていたなんて、どうかしてたぜ。


俺はパン!と音を立てて両の手で自分の両頬を張ると、イシスに頭を下げて言った。


「ごめんなイシス、いきなり突っかかったりして。自分で大したことじゃないって言っておきながら、俺は自分が転生者であることに拘り過ぎていたみたいだ。気付かせてくれてありがとう」


「サキきゅんは素直だね~。そういうところ、お姉さん的にはポイント高いなあ」


イシスは空中で腕組みしながら、うんうんとでも言うように頷いている。ほんとコイツ、普段と真面目な時とで落差でかいな。


そこで俺は少し気になることがあったので、恐る恐るイシスに尋ねてみた。


「あの、それで……。俺が転生者だってこと、ルリアには?」


「ん~~、なあに?まだ気にしてるの?サキきゅんが言って欲しくないんだったら、ルリちゃんには言わないよ。にしても、そこが気になるなんてサキきゅんも若いねえ」


イシスがにやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら俺を煽ってくる。ムッと来た俺は、反射的に余計なことを言ってしまった。


「しょうがねえだろ、こっちじゃまだ七歳だからな。大体それを言ったら、イシスはついこの間生まれたばかりじゃねえか。あ、でもシスター・マギサは何百年も生きてるんだっけか。今何歳くらいなんだ?」


「十七歳」


「え?」


「十七歳」


思わず聞き返した俺は、イシスのハイライトが消えた瞳をまともに覗き込んでしまう。そこに無限の虚無が広がっているように感じて、俺は背筋を凍りつかせた。


「マギサはうら若き乙女のまま魔術の深奥に至って、そのまま<形成界イェツィラー>の存在になったの。だから、十七歳」


抑揚が消え失せた口調で言葉を紡ぐイシスに、俺は勇気を振り絞って問い掛ける。


「えーと……十七歳と何千ヶ月?」


「十七歳」


「……はい」


俺はそれ以上何も言わず、イシスの虚ろな視線を背中に感じながら明日の準備を再開したのだった。




明けて次の日、俺はもどかしい気分を抱えながら午前の授業と午後の実習をこなした。昨夜のイシスとの遣り取りのせいで流石に昨日までのような浮ついた気分は消えたが、それでも今日の喚起儀式が楽しみなのは仕方がない。俺がウズウズしているのを敏感に察して、ロシェがじっとりした目つきで俺を見ている。やれやれ、君のような勘の良い子どもは以下略。


実習が終わって三人を先に寮へ返すと、俺・ルリア・イシスは早速儀式の準備に取り掛かった。まずは魔法円が描かれた布を取り出し、呪文実験室の床に広げる。これはイシスの召喚インヴォケーション儀式にルリアが使用したものではなく、俺が今回の儀式用に新たに作成したものだ。


広げられた布はルリアの時のものより大きく、縦長の長方形の形をしている。布の下側にはいつもの魔法円。今回記されている神名は、イシスとジェフティだ。ジェフティは隠者の神様だな。あとは”地”のシンボルを書き加えてある。これは、今回喚起するのが”地の精霊アース・エレメンタル”だからだ。


そして布の上部には、正三角形とその内側に弧を接する円が描かれている。これは要するに、喚起したスピリットの出現地点だ。前回”火の精霊”を喚起した時には何となく「ここに顕現しろ」と念じて儀式を行っていたのだが、今回は出現地点を指定することで喚起の成功率を上げている訳。


そしてその三角形の内側の円には、小さな皿に盛られた土が置いてある。土は勿論、俺が昨日学院の庭で集めてきたものだ。これは”触媒マテリアル・コンポネント”といって、喚起する対象が住まう領域への扉(SF風に言えば、ワームホール)を開通させやすくするためのもの。今日の儀式では<形成界>にある”地の領域”にアクセスするため、甚だ格は低いが”地”に関連するものを用意した。これだって、少しは助けになるはずである。


「サキきゅん、準備は出来た?」


「応ともよ」


イシスの言葉に俺は短く答える。気合は十分、後は気負いすぎないように全身から力を抜いて、心身をリラックスした状態へ持って行く。これで儀式に臨む態勢が完全に整った。俺の人生初となる、本格的な喚起儀式だ。絶対に成功させてやるぜ。


「今回呼び出すのは、”地の大精霊アース・エレメンタル・ルーラー”の一柱。普通なら初心者には荷が勝ちすぎる相手だけど、そこは用意した秘策があるから大丈夫!自信を持って儀式を行っていいよ」


イシスの言葉に、俺は軽く頷くのみ。既に意識は、これから行う喚起儀式に全集中している。


「ルリちゃんは今日の所は見学ね。でも儀式を見て、その空気に触れるのも立派な修行だよ。しっかりサキきゅんのカッコイイところを見てあげてね」


ルリアもイシスの指示に無言で頷くと、俺を横から見る位置に移動する。それを見届けてから、俺は”火の短剣”を携え最初に行う”十字の祓い”の動作に入った。


「汝、王国。峻厳と、荘厳と、永遠に、斯くあれかし」


魔法円の中心で”十字の祓い”を行い、次いで四方に向かって”追儺式”を行う。俺の全身を貫く黄金の十字形の光と、魔法円の四方に輝く五芒星を浮かべたまま、俺は喚起儀式の詠唱に入った。


「地界の奥深くに聳えし霊峰は四囲を睥睨し


未踏の巌壁は威を以て人の子をひれ伏させる。


天を衝く連峰は空に向けし刃の連なりが如く


峨々たる稜線は守護せし者どもへの寛容を示す。


汝、山々の父、岩の王、最古の霊峰にして最大の巨峰


全ての山岳の父祖たるハークダシュよ


我は至高の聖名もて汝に請わん。


我が前に顕現し 汝が威を<物質界>に知らしめよ


地界より響く山鳴りもてうつを震撼せしめよ。


おお!汝ハークダシュ、大いなる山々の父よ


豊穣の女神、王権の守護者、魔術の創造者、偉大なるイシスの名において


また知恵の神、隠者の庇護者、時の管理者、偉大なるジェフティの名において


我は汝を清め、深き眠りより揺り起こし、此処に召命せん。


来たれ、偉大なるいわおの王ハークダシュよ


我が請願に応え 我が前に顕現せよ」


これが俺とイシスが用意した秘策、「精霊の真の名」だ。”元素精霊エレメンタル”は通常自我が薄く、個体の区別もつかないものがほとんどだ。だが歳降りた大精霊エレメンタル・ルーラーの中には、人間と同様に確固たる自意識と固有の名前を持つものが存在する。こういった大精霊の「真の名」を知り、儀式中にその名で呼びかけることが出来れば、喚起の成功率は爆上がりする。


本来この儀式は「精霊の書」の中でも「特別な喚起儀式」に分類されるもので、難度も高い上に必要とされる祭具も多く、とても今の俺が手を出せるようなものじゃない。しかし俺は事前に、呼び出す大精霊の「真の名」をイシスに教えてもらっていた。それで今回の儀式に踏み切ったというわけだ。


なお、呼び出す対象を”山の王”ハークダシュに選定したのはイシスの薦めによるものだ。彼女いわく、「割と性格が穏やかで、術者に対していちいちキレたりしない」からだそうだ。色々考えててくれて助かりますぜ、先生。


長い詠唱を終えた俺は胸の前で”火の短剣”を構え、魔法円の上部に描かれた三角形に意識を集中する。図形の中央、皿に盛られた土の山の上に小さな光点が現れたかと思うと、それは見る間に大きさを増し部屋中に広がって、一瞬で消え失せた。


『古き岩、山の王、地の精霊の首魁プリンスたるハークダシュを呼ばうのは誰ぞ!!』


呪文実験室どころか学院中に響き渡るような大音声と共に現れたのは、巨大な岩としか言えないものだった。ゴツゴツとした巨岩を削り取って大まかに目鼻立ちを彫り出した様な巨大な顔が、俺の頭上に聳えている。その天辺はミシミシと音を立てて部屋の天井につかえているが、床上に見えているのはこの巨大な顔の首と肩の一部だけだ。


これも岩を信じられないような力でちぎり取って作ったとしか見えないバカでかい手の平が、床から突き出て俺を包み込むように広げられている。もうこれだけで、さして広いとは言えない呪文実験室の殆どが占有されてしまっていた。完全に、というかまったくこのスペースに収まっていない。ルリアとイシスが慌てて部屋の隅に避難するのが横目に見えた。


俺は出現したモノのあまりの巨大さに呆気にとられていたが、漸く立ち直り声を振り絞って名乗りを上げる。


「我は魔術結社<聖魔術師団ホーリー・オーダー・オブ・メイガス>の0=0<新参者ニオファイト>、サキ・アドニ・アルカライ!山の王よ、我が招来にお応えいただき感謝する!」


その瞬間、石の彫刻としか思えない巨顔の目がぎょろりと動き、俺に視線を向けたのが感じられた。この巨体から溢れる物凄い魔力の輝きと、視線から伝わる凄まじい圧力に怯みかけるが、心を強く持って目を合わせ続ける。


『丁重な名乗り痛み入る、小さき魔術師よ!然れども魔術師殿よ、我を呼び出すに此処は満足な祭場も供物も備えておらぬ!次なる機会あらば、我に相応ふさわしき広大なる場を所望する!』


ちょ、この野郎!呼び出された初手で、会場ハコの小ささとお供え触媒の貧弱さに文句つけてきやがった!そりゃ手前てめえにはこの部屋は小さすぎるだろうけど、その図体を収められる儀式場とかそうそうねえよ!


「こらーーっ!!このバカ岩!」


その時、俺の背後から非難の声が上がった。勿論その声の主はルリアでなく、彼女の使い魔たるイシスだ。


「自分が呼び出された場所も理解してないの!?そんなでっかい姿で顕現してないで、もっと小さくなんなさーい!!」


おう!その魔力の波長、女神殿か!お互い<形成界>を離れ、斯様かような場でお目もじするとは奇縁である!』


「いいから早く、小さくなれっての!このままじゃ大変なことになんのよ!」


『されど我が顕現するには、相応の威容を示す姿で無ければならぬ。”地の精霊の首魁プリンス・オブ・アースエレメンタル”たる我に相応しき……』


「聞けって!あんたの図体がデカすぎるせいで、サキきゅんの魔力をバカ食いしてんのよ!このままだと……」


え?おいイシス、今不穏なこと言わなかったか?


不吉な予感に身を震わせた直後、頭からざあと音を立て、血の気が引いていくのを感じる。あ、やばい。これは昔味わったことがある、魔力が底をついて意識を失う前の感覚だわ。


急速に気分が悪くなり、膝が笑ってまともに立つことも出来そうにない。意識が飛びそうになるのを必死に堪え、どうにかして儀式のコントロールを維持しようと努力する。


視界が端から黒く染まっていき、やがて完全にブラックアウトする。その直前に俺が見たのは、制御を離れて暴れ出したハークダシュと、それを止めようとしているイシスの姿だった。

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