第十二話 魔術オタクは予期せぬものを呼び出してしまう

ロシュ・ラメドは夕食を終えると、母親におやすみの挨拶を告げて自室に戻った。こじんまりとした部屋ではあるが、八歳の次男坊が自室を持っているのはこの国では十分恵まれた部類に入るだろう。屋敷も決して大きくはなく、立地も貴族街の外縁部ではあるが、庭付きの立派な邸宅だ。


ロシュの父は貴族としては最下位の一代限りの名誉男爵だが、本来は王宮に仕える財務官僚である。所領を持つ貴族とは違って維持費や人件費がかからないため、金銭的には結構な余裕があるのだ。このあたりの事情をもしサキが聞いたら、「江戸時代の小大名と大身旗本の関係だ」とでも評したかも知れない。


ロシュは塾に入るのと同時に与えられた机に座ると、毎日の日課を始める。机がつけられた部屋の壁には、サキから貰った二枚の羊皮紙が目の高さに貼られていた。この三重円が描かれた羊皮紙を使った訓練を始めてから、もうひと月以上になる。今では丸が描かれただけの羊皮紙の上に、幻の中心点と小さな二重円がぼんやりとだが見えるようになっていた。呪文を発動する際にも、シジルが指先の動きに合わせ浮かんで見えてくるようになっている。


三重円と中心点を見つめながら、ロシェはなんとなく二人の友人、サキとルリアのことを考える。塾に入って三ヶ月ほどの二人だが、既に他の塾生全員が注目する存在となっている。私塾を主催するアルカライ家の直系と血縁という出自もあるが、何よりその魔法の才能が突き抜けていた。


彼らは最初の呪文を教わった初日に行使し、先日はもう二つ目の呪文まで習得した。幼少期から魔法を教える私塾に入った子供は、まず最初の呪文が唱えられるようになるまで三ヶ月はかかり、二つ目の呪文となるとその一年後、二年後というのが普通である。圧倒的な速度という他ない。


特にルリアは色々な意味で目立っている。魔力の消費が少ない<明かりライト>の呪文とは言え、十数回連続して詠唱できる規格外の魔力。そしてそれらの<明かり>一つ一つを、同時に複数自在に動かすことが出来る程の呪文操作技術。先日は覚えたばかりの<魔法の矢マジック・アロー>を立て続けに八発打ち込み、頑丈に作られた魔法練習場の標的をほとんど破壊してしまった。塾生たちの間では既に、「<魔女ザ・ウイッチ>エステル・アドニ・アルカライの再来ではないか」という噂が囁かれている程だ。


でも、とロシュは思う。本当に異常なのはサキの方だ。


ロシュが今やっている三重円法は、サキが独自に考案したものだという。ロシェがこれまで魔法について教わってきたことは、シジルと呪文の発動を正確に思い描くことが重要だということだ。そのためには呪文の発動を繰り返し練習する、あるいは他人が呪文を発動するのを見て学ぶことが推奨されている。しかしサキは「正確に思い浮かべる力」そのものを訓練するということを考えついた。一体どうしたら、こんな事を思いつくことが出来るのだろう?


魔力についてもそうだ。サキは初めて<明かり>の呪文を唱えた際、魔力が残り少なくなって気を失ったという。本人からも、自分は魔力がとても少ないという話を直接聞いた。なのに今は普通に<明かり>の呪文を発動できているし、何なら<明かり>より魔力の消費が大きい<魔法の矢>まで発動できている。


魔力の大きさは生まれつきで、それは一生の間ほとんど変わることがないというのが常識だ。サキはどうやってこの短期間で、魔力を大きくすることが出来たのか?


極めつけは、先日ロシェが初めて<魔法の矢>の発動に成功したときのことだ。ここ一年程ずっと取り組んできた<魔法の矢>の発動に成功したロシェは、傍で見ていたサキやルリアと喜びを分かち合った。だが次の瞬間サキが「自分もやってみる」と言い出し、そして<魔法の矢>の発動に成功してしまった。


今まで他人が呪文を発動しているのを見て、それだけでその呪文を習得できたなどという話は聞いたことがない。練習を監督していたサーラ先生も驚いていたほどだ。一体彼は、どれだけ魔法の常識を破るつもりなのだろう?


そこまで考えて、ロシェは訓練の途中だったことを今更ながらに思い出す。いけないいけない、この訓練は集中が大事だとサキにも言われている。せっかくこの年下の友人のお陰で、落ちこぼれだった自分も二つ目の呪文を習得できたのだ。サキをがっかりさせないためにも、訓練には真面目に取り組まなければならない。


ロシェは気持ちを切り替えて、改めて三重円が描かれた羊皮紙をじっと見つめるのだった。




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「調べたら余計に分からなくなった……」


ここは、王都にある大神殿の中にある図書室。結構な年代物と見える羊皮紙の綴じ本に目を落としながら、俺は思わず呻いていた。


図書室は十メートル四方程度のさほど大きくもない部屋で、入口がある面を除いた三方の壁面すべてに天井まで届く書架が設えてある。部屋の中央には簡素なテーブルと椅子が用意してあり、そこに俺とルリア、ラズさんにハンナが腰掛けていた。入口の扉の横には小さな机があり、そこにはこの図書室の係である女性の司祭が座っている。


先日この神殿を訪れた俺達は案内役として付いてくれたモシェ司祭を通して、この図書室にある書物を閲覧できる許可を得た。それ以降出来る限り時間を作ってこの大神殿に通い、図書室にある書物を読み漁ってこの世界の信仰についての疑問を解き明かそうと試みていたのだ。


この神殿通いは俺の独断だったが、ルリアは大の読書好きなので当然のように付いて来た。となれば当然ハンナとラズさんにも付いて来てもらうこととなり、俺達が古い羊皮紙の束や綴じ本をめくっている間、横に座って暇を潰してもらうことになってしまった。これは流石に悪いと思い、二人には申し訳ないと謝ったんだが、何故か二人揃っていい笑顔で「構いません」と許して貰えた。あっそう、ふーん。


そうして始まった図書室詣でだが、最初にモシェ司祭が言っていたように神殿の書物を読むのは骨が折れた。俺やルリアの読解力は非常に高く、塾の一般教養においては俺たちだけ別カリキュラムで講義を受けている。その俺達でも今は使われていない古い言葉や、現在と綴りが違う単語に悪戦苦闘し、その度に図書室付きの司祭さんに尋ねることを繰り返した。忍耐強く俺達の質問に付き合ってくれた司書のお姉さんには、感謝しかない。


そこで判明した事実は、この国で信仰されている神々は例の三柱で全部ということだ。いや、マジで。前世の日本みたいに八百万の神々とまでは言わないが、エジプトやギリシャでももっと沢山の神々がいたはずだ。多神教の文化で三柱しか神様がおらず、しかも太陽神とか大地母神とか農耕神とか、「文明の曙である農業」に関わる神がいない。狩猟神もいない。俺は文化人類学やらその手の学問を正式に学んだことがある訳じゃないが、それでもこの国の信仰はおかしいと思わざるを得ない。


「三柱以外の神様ですか?申し訳ありませんが、寡聞にして存じ上げませんねえ」


そう教えてくれたのは、この大神殿で司書を務めている女性司祭のライラさん。この図書室にある書物の総てに通暁していると自負する彼女が言うには、この国で例の三神以外の神が信仰されていたという伝承は聞いたことがないという。では他の国はどうか。ライラさんによると、他国でも同様にこの三柱を信仰しているらしい。我が国だけでなく周辺国も含めた広い地域で、自然発生的な宗教の痕跡が見受けられないということだ。これってやっぱりおかしいよな?


その理由についてもライラさんに尋ねようとしてみたが、どうにも要領を得なかった。俺と彼女で会話に齟齬があるのだがその理由が分からず、しばらく質問を繰り返してみて漸く気付いた。多くの宗教と神話が存在する世界から来た俺が感じる違和感を、三柱の神以外が存在しない世界で生きてきたライラさんには理解できなかったのだ。しかし、俺達の会話の中にそのヒントになるような内容があった。


「人々が三神を崇め奉るようになったのは、古の魔法王国時代のことだと言われています」


出ました古代魔法王国。遥か昔に強大な魔法使い達によって建国され、世界のすべてを支配していたと伝えられる超国家だ。我らがハノーク王国も含め、周辺の国家はすべてこの古代魔法王国にルーツを持っていると塾でも教えている。つまり現在の神殿の有り様は、四百年前とも五百年前とも言われる古代魔法王国滅亡時以前まで遡る訳だ。


それにしてもファンタジーの定番といえば定番だが、何故か魔法王国って毎度毎度滅びてるよな。大抵のフィクションで、登場時には既に過去のものとなっているような気がする。この世界でもご多分に漏れず、人跡稀な辺境地域にはこの魔法王国時代の建築物が遺跡として残っており、所謂冒険者と呼ばれる連中が一攫千金を夢見て探し回っているそうな。俺はそんな危ない所に行く気など更々無いので、ご苦労さまとしか言い様が無いが。


話がズレたが、古代魔法王国では現代のものとは比べ物にならないような強力な魔法が使用され、非常に高度な文明が築かれていたという。そんな強大な国家が何故滅んだかについては、現在に至るまではっきりした原因は分かっていない。確かなのは、古代魔法王国の崩壊を生き延びた人々が各地で興したのが、現代まで伝わる国家群ということだ。



「つまり古代魔法王国では魔法が隆盛を極めていて、そのため魔法に関係のある神々が信仰されるようになったということですか」


「何分昔の事ですのではっきりとは断言できませんが、信仰の歴史について研究しておられる司祭の方々の中では、その説が有力ですね」


「そして我が国も近隣諸国も魔法王国の文化を受け継いでいるので、同様に三神を信仰していると」


「仰る通りです」


俺の質問に対し、微笑んで答えを返してくれるライラさん。なるほど、得心が行った。未だに俺の前世とこの世界で同じ名前の神様がいる点については不明だが、少なくとも神様の数の少なさや属性の偏りなんかには、それなりの理由があるということだな。


いやー、それにつけてもライラさん様々である。彼女がいなかったら、俺もルリアもこの古書の山を読み解いていくのに百倍くらい時間がかかったに違いないぜ。そしていくら多額の寄付をしている貴族の子息とは言え、俺達のような年端もいかない子供の質問にも丁寧に答えてくれるのが素晴らしい。


ふわふわの髪におっとりとした雰囲気で、司祭位を示すローブでも隠しきれない豊満なプロポーション。この世界に眼鏡とかあったら、滅茶苦茶似合うに違いない。あー、癒されるねえ。


「……ここ」


俺がライラさんと語らっていると、押しのけるようにルリアが割り込んできて綴り本を突き出した。どうやら指で押さえている箇所が読めないらしい。俺はルリアに場所を譲ると、後ろから覗き込むように問題のページを見てみる。


「ああ、これは『板』という言葉ですが、ここでは『書物』という意味になります。古い時代に木板や石版に文字を刻んでいた頃の名残で……」


この神殿の図書室に通うようになってから、俺とルリアはこうして争うようにライラさんを質問攻めにしている。初めて会った時は彼女と打ち解けないでいたルリアだったが、俺が分からない事がある度にライラさんに尋ねているのを見て、自分でも質問をするようになっていった。


口数が少なくて人見知りだが、ルリアは決して自己主張をしない娘ではない。むしろ我が強い方ではないかと思う。時々、俺がライラさんに話しかけようとするのを制して自分が質問する程だ。


……本当に我が強いだけだろうか?これ、俺がライラさんに話しかけたり質問したりするのを邪魔してねえか?


俺は一瞬幼馴染を疑いかけたが、それだけ熱心に書から学ぼうとしているのだろうと思い直し、ライラさんに次から次へと質問を投げかけるルリアを生暖かく見つめるのだった。




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さて疑問はまだまだあるが、この世界での信仰対象については大まかに調べることが出来た。であれば、一旦進捗を止めておいた魔術の実践を再開すべきだろう。


今、俺達の目の前には木製の器がある。大きさや形は大きめのワイングラスといった感じなのだが、違っているのは器の縁の部分が八角形をしていること。それでいてカップの下部と脚、台座は円形で、全体的にがっしりとした作りになっていることだ。


そう。これは以前にルリアからねだられていた、彼女の魔術武器である。俺が「火の短剣」だったので、ルリアには対となる「水の聖杯」が相応しいだろうと思い、ダレット商会を通じて職人に発注した特注品である。聖杯を選んだ理由は他にもあるのだが、実は神殿に行くようになった直後から発注だけはしていた。とにかく手のかかる注文だったので、届くのにも時間がかかったというわけだ。


硬い胡桃材の八角柱を、上部はそのままに真ん中辺りから丸く削って、脚と台座をしつらえてある。内部は外側に沿って、縁のあたりは八角形に、カップの底は丸くなるようにくり抜いてもらった。この時点で口頭ではデザインが伝わらず、前世のおぼろげな知識で三面図らしきものを書いて先方に渡す必要があった。


ハンナの親父さんから聞いた所によると、職人が「こんなに分かりやすい意匠の指示は初めて見た」と言っていたらしい。まずい、あの三面図もどきが何かのお手本のように広められでもしたら、恥ずかしくて悶え死ぬ。そんなことにはならないと思いたいが。


目の前の聖杯に話を戻す。聖杯には既に一部分、彩色が施されている。聖杯の側面、縁から下がって丸みが出てくるまでの八つの面が銀色に塗られているのだ。本来、魔術武器はなるべく自分の手で装飾を施すべきものだ。しかし今回の銀色の塗装については、塗料である銀泥が銀粉を膠で溶いて加水・加熱して作るものであること、製法上銀泥が出来てから時間を置くと銀粉が沈殿して劣化してしまうことなどの問題があり、止む無く職人に依頼することとなった。


妙なデザインに加えて銀の塗料。工賃も加えて、物凄い額の出費になっちまったぜ。ぶっちゃけ俺の小遣いでは足りるはずもなく、ダレット商会には分割で払うことで勘弁して貰っている。ちゃ、ちゃうんや。仕方なかったんや。西洋魔術では「水」を象徴する色は銀色なので、幾ら値が張ろうともこれを譲る訳にはいかなかったのだ。それと最近、ルリアが身に纏う魔力の光が銀色がかって見えてきたので、それに合わせたということもある。まあルリアにあげる物だし、少しばかり豪華にしてもいいかと思ったのは内緒だ。



では、この聖杯を仕上げることにしよう。別注文で入手した青い顔料をルリアに渡し、聖杯の銀色に塗られた部分以外の箇所を塗ってもらう。ルリアは緊張の面持ちで、筆先を震えさせながら少しずつ青色を塗り拡げていく。聖杯が銀と青に塗り分けられたら、波打つようなその境目にオレンジ色の顔料で太い線を引いて、結構な時間はかかったが「水の聖杯」の完成だ。


「うん、ルリア。上手に出来たね」


完成した聖杯を前に、ルリアが「ふんす」と僅かに得意げな表情で胸を張る。顔料が完全に乾くまでこのまま放置し、明日はいよいよ聖杯を聖別しよう。



次の日の夜。夕食を終えた俺達は子供部屋に、再び祭壇を用意した。相変わらず木の箱を重ねて黒い布を掛けたものだが、しばらくはこれで我慢する他無い。聖杯に思いの外予算(小遣い)を使ったしな。


ルリアには既に、聖別の儀式での所作や文句を一通り教えてある。儀式全体を何パートかに分けて、俺も一緒に身振りや詠唱を行いながら確認したのだ。今日はルリア一人で、通しで聖別の儀式を行うことになる。これが終わって初めて、聖杯がルリアの魔術武器となる訳だ。


教えた通り、まずルリアが聖杯を手に「十字の祓い」を行う。


「汝、王国。峻厳と、荘厳と、永遠に、斯くあれかし」


ルリアの詠唱とともに、彼女の体を二本の光の柱が十字に貫くのが見える。練習の時にも見えて驚いたのだが、俺には人や物に内在する魔力や魔法の呪文に関わる魔力以外にも、こうして儀式魔術で術者がイメージする像も見えるらしい。もしかしたら俺もルリアも、幻視を行う際に体内の魔力を使って実際の像を作り出しているのかも知れない。比較対象がルリアしかいないので、より詳しく検証できないのが残念だが。


俺がそんな事を思っている間にも、儀式は進む。ルリアが聖杯を掲げて五芒星を描くと、それは冴え冴えとした銀色の光を放ちながら空中に残った。


「我が前方に風、我が後方に水、我が右手に火、我が左手に地。我が四囲に五芒星、炎を上げたり。光柱に六芒星、輝きたり」


ルリアが澄んだ声で控えめに、しかしはっきりと詠唱をしながら聖杯を祭壇に置く。ルリアは詠唱を続けたまま、祭壇の鉢から水をすくって周囲に撒き、ランプを手にとって掲げ、聖別の儀式は佳境に入った。


ルリアは鉢から再度水をすくって、聖杯に塗り込めながら最後の詠唱を行う。


「偉大なる女神イシスの名において 我はすべての悪しき力と種子たねを打ち払わん」


ここが今回の変更ポイント。この世界の信仰について学んだので、儀式の訴求対象として女神イシスの名を詠唱に組み込んだのだ。俺の時は漠然と「偉大なる存在」に対して訴えていたが、今回ははっきりと女神イシスに対して呼びかけている。イシス神を選んだのは、やはり「魔法の女神」の二つ名で呼ばれていること。それに、イシス神の神像は聖杯を手にした姿で描かれるということもある。


これで聖別の儀式は終了。最後にもう一度「十字の祓い」を執り行って、今夜の儀式はすべて終了となる。そのはずなのだが……おかしい!聖別の儀式の最後の詠唱を唱えたまま、ルリアは動きを止めてしまっている。まるで時が止まったように、身じろぎ一つせず聖杯に手を添えたままだ。


まずい。儀式の執行者以外が声を掛けたり、最初から参加していない者が介入したりすれば、今夜の儀式は失敗となる。俺は僅かの間逡巡したが、明らかに様子のおかしいルリアを放っておけないと感じ、儀式を台無しにするのを覚悟で声を掛けようとした。


その刹那。


ルリアを中心に、白銀の閃光がほとばしった。音のない爆発にも似たそれは部屋中を光で埋め尽くし、俺は直視できず腕で顔を覆って光の奔流をやり過ごそうとする。やがて眩しさがやや収まったと感じた俺は、指の隙間から光源の場所を覗き見た。


銀の光に包まれて、ルリアが俺の方を向いて佇んでいた。その面持ちはいつもの彼女のように無表情ではあるのだが、何か今まで俺が見たことのない色のようなものが伺えた。ルリアの内側から放たれる銀色の光は周囲を満たし、その輝きは彼女の姿を透き通るように輪郭を失わせ、今にも消え去ってしまいそうな儚さが漂っていた。


「よくぞ世界に魔術を取り戻しました、幼子おさなごよ。貴方達のような者が現れるのを、私達は長い間待っていました」


ルリアの口から、彼女の声でありながら聞いたことがないような、平坦な口調の言葉が紡がれた。その声に、語られる内容に、俺は今喋っているのがルリアではなく、何者かが彼女の口を借りて語りかけているのだと確信する。


「あ、貴方はいったい誰ですか?」


震える声で発せられた俺の問いに対し、ルリアの中にいる何者かはこう答えた。


「私はシスター・マギサ。魔術結社<聖魔術師団>の<神殿の主宰者マジスター・テンプリ>。貴方達が、女神イシスと呼ぶ存在です」

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