一章

第10話 双竜星。


 ◇◆◇魔光粒星まこうりゅうせい・エンドルゼア◇◆◇


 エンドルゼアとは、魔力の源となるマナやエレメントを豊かに含んでいる星であり、多種多様の生物・種族がその膨大な魔素の中で暮らす。


 魔鉱石や魔力の溜まりやすい土地を奪い合い、激しい戦いの絶えぬ時代もあった。が、現在ではある程度落ち着いている。


 この星に新たな史実が加わった事は人々の記憶に真新しい。


 覇王暦はおうれき1376年――最後の魔王ハールバドムが封印されてから丁度千年・・・・が経った年。


 “丁度千年”世界中の強者達が待ちに待った日であり、警戒を最も強める日であった。


 というのも千年前、当時の勇者達が魔王ハールバドムに使った大魔法【シールオブデッドオアアライブ】が関係している。


 その大魔法の効果というのが【千年の間に封印を破れなければ、封印された者は死ぬ】という、途方もない年月を効果範囲とした封殺魔法なのだ。


 三名の人種族の勇者がその命を燃やして放った複合魔法と言われており、普通のモンスターや魔族が同じ魔法を使われたならば、百日と持たずに消滅してしまう程の強力な魔法である。


 封印から千年が経ったにも関わらず、各地の猛者達が生死の行方を気にするのはそういった理由であり、魔王ハールバドムがいかに強大な存在だったのかを、当時を知らぬ者達にまで知らしめる事となっていた。


 かの好戦的だった魔王が大人しく封印されたまま終わるとは思えない。その時代から生きる実力者達はそう考えていたのだ。


 しかし、レコード・ルーラーと呼ばれる、情報力に関して右に出るものが無いと言われる存在がこの世界には居る。


 その者は固有の特殊技スキルを有しており、そのスキルから魔王が消滅したか否かを判断したのだった。


 レコード・ルーラーが魔王ハールバドムの消滅を結論付けた、という事実が人々を納得させるに十分な理由となった。


 よって、覇王歴1376年は歴戦の魔王が一人消えた年として、新たな史実を刻んだのである。

 魔王ハールバドムと同じ時代を生きた者には、大昔の戦闘を思いだし感慨に更ける者や、かつて痛手を負わされた相手の死を喜ぶ者などもいた。

 伝承にまでなったの魔王の死を唄にして一儲けしようとする吟遊詩人も現れた。


 間違いなく大きな存在だった魔王。


 しかし、続く平和な生活の中で忘れていたり、元より関心が無かった者もいる。

 そういった者達からすれば、魔王の死が世界に与えた影響は有って無いような僅かなものかもしれない。 

 極端に反応が分かれる魔王の死というニュースに興味を示す者は人種族に留まることは無く、と言うよりはむしろ、長命な【人ならざる者達・・・・・・・】の関心を集めた。


 人里より遠く離れた空の島、そこに住まう巨大な竜もその内の一人に他ならない。しかし竜は【魔王の死】以外にも覇王歴1376年に記憶を残していた。


 それは巨大な竜がレコード・ルーラーから魔王消失の伝信を受け取った日と同日の事――。


 かつてハールバドムを良き喧嘩相手として幾度もぶつかり合った巨大な竜もまた思いを馳せ、空の島よりさらに高き所を眺めていた。

 鈍く光る黒色の鱗はとても硬い、その硬い鱗もよく見れば多くの傷がついており、この竜の歴戦の日々を思わせる。

 竜は深い溜息を吐いた。まるで地響きのような溜息を。

 遠くを眺めていた竜だが、しばらくするとどっしりと地面に腰を下ろし、つまらなそうな表情かおをしながら頭を前足に乗せた。


 眼をつむり、眠りに入る巨大な竜。

 眠りに落ちるその間際、竜の背中を“ゾッ”と震えが走った。

 まるで大気そのものが震えたように。


「むぅぅ?」


 長い時を生きる竜にとっても、久しく覚えの無い体感だった為に、大きく眼を開き怪訝そうな顔をする。

 その時、得体の知れぬ震えを感じ取ったのはこの竜だけでは無く、エンドルゼアに点在する《《神々》は皆が似たような反応をしていた。

 竜が震えたその刹那。遠い遠い、ずっと遠い場所で何かが空を駆け抜けた。


 広い世界の中で“黒き鳥ノ王”だけがその光を目視していた。

 遠い空の向こうからやって来たその光は、どうやら双子の流れ星。

 絡み合うように流れ落ちてきたその双子の流星は“黒き鳥ノ王”が居る地よりも、はるか東の地へと向かい流れていった。

 眩い光の塊は大地に衝突する事もなく、一瞬パッと目の眩むような輝きを残したのち、音も衝撃も無く消えていった。


「カァァァァァアアッー!!」


 黒き鳥ノ王は光を見届けると、一度だけ鳴き声を上げ、西へ、西へと飛び立った。

 エンドルゼア東の地に新たな命がひとつ・・・誕生した瞬間であった。


 はるか遠い空の島、巨大な竜は遥か東の水平線の向こうを眺めた。


「むぅ、誕生した命はひとつ。なればもうひとつの星は招かれざる客人か?良きか悪きか。むぅ、奴め。最後の最後に何かしおったな。クカカ。これが奴の仕業ならば、嫌でもいつか出逢う事となるだろう……カカ」


 空から地上を見下ろす竜がどこか嬉しそうに呟いた。

 気づくと巨大な龍の傍らに一人の男が立つ。

 歴戦の竜の隣に並ぶにしては、あまりにも小さく可愛らしいその男。

 白色のシルクハットをかぶったその男は竜の呟きにひっそりと頷く。


「確かにそうかもしれないね、あの二つ並んだ流れ星は双竜星だね。千年以上前に一度現れたっきり、今まで見たことがなかったけど、偶然にしては……ね?」


 どこか嬉しそうな竜を見上げてクスリと笑いながら、シルクハットの男が竜の呟きに語り返す。

 それから男はふと何かを思い出したように、竜の言葉と自身の言葉を大事そうに抱えていた魔法の本に書き留めた。

 そして、ひょいと跳び跳ねると煙のように姿を消してしまった。

 魔王の消滅の裏側で誕生した新たな命。

 新たな命の誕生を祝福し湧いているのはエンドルゼア東にある小さな村の住人達。


 世界がその日どう動いていたかなど、小さな田舎の村の住人や、生まれたばかりの赤子には知る由も無い話。

 しかし、その赤子は異世界からの転生者。それ故に、赤子は自身が普通では無い事を知っていた。となると、無為自然に幸せを喜んでいるのはこの小さな村の住人や赤子の親だけであろうか。


 子の心 親知らず”もしくは異世界人の心 原住民知らず”とでも言いたくなるところだが、喜べることは幸せなこと。


 加えて言うなら、普通じゃない赤ん坊に普通じゃない何かがツイていることなど、その村に住む普通・・の人は知るわけが無いのである。世界各地に存在する者達の様々な思いを乗せて、時代に新たなうねりが生まれたのだった。


 そう、これはエンドルゼアにメルとルベルアが生まれた日。


 そして、絶えず成長を続ける広い世界、二人が未だ見ることの無い地に生きるモノ達の話である。


 『《我が……時代を生き……た者共よ……我からの……最後の……土産…………だ》』


 「君の最後の土産、記録したうけとったよ」


 ◇覇王暦1376年・農村では年初めの種蒔きが始まる頃の話である◇

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