俺がツイてる?

ごろごろ

序章

第1話 出会い。

 人が生きていく中で、転機になるような大事件というのは突然やってくる。


 それは人に限らず、動物、虫、植物、星や生命体とは呼びにくいものでも、きっとそういう風にできているのだろう。


 転機は本当に突然やってくる。


 それがそのモノにとって良い事だろうが悪い事だろうが、お構い無しにやってくるのだろう。


 俺の人生には、二つの転機が訪れた。


 はじめの転機は俺が生まれる前、自分の誕生日に両親を事故で亡くしている。


 母親のお腹の中に居るときに起きた事故だったらしく、亡くなった両親の親、つまり俺の祖父母からすると、“残された希望”として大手術のもとに取り出された赤ん坊が俺である。


 “奇跡的に無事だった赤ん坊”は地元の新聞に小さく載ったと祖父が言っていた。


 そんな普通とは違う状況で生まれた俺を、我が子同然にとても大切に育ててくれた祖父母。


「元気ならそれで良い!」は祖父母の口癖だ。


 好きな事を家計の許す範囲で自由にやらせてもらいながら、甘く、時に厳しく育てられてきた。


 そんな俺も早いもので気付けばもう三十三歳、結局、二人にひ孫を見せてやることはできなかった。

 子供どころか三十三歳にして彼女も居ない、居たこともない。


 寝坊した朝、街角で食パンを咥えた女の子とぶつかる事もなく今日まで生きてきたのだから、彼女が居ないのもしかたがない話だ!と、誰か言ってくれ。


 クソッ、彼女欲しかった!


 とにかく、物心付く前から祖父母が親として存在してくれていたので、俺自身は事故に対しての悲しみ等は、実はあまり感じていない。


 だが、三年前に逝った祖父、そして去年亡くなった祖母は亡くなるその時まで、事故の時の悲しみを胸に抱いていたことは間違いないだろう。


亡くなる二日前、“じいさまも待っとるし、おめぇの父さん、母さんのとこさもやっと行けるわ”と言っていた悲しさと優しさの混じった最後の笑顔は、とても印象深く俺の心に残っている。


 祖父母の旅立ちが俺に訪れた第二の大きな転機――とは、ならなかった。


 確かに多少の不幸不運を気にしない俺でさえ、暫く鬱ぎ込む程、とても悲しい別れだったが、それは明確に違うと分かっている。何故か?


 二度目の転機はなんの変哲もないの筈だった、今日やって来たのだから。

 そう、今日はなんてことこない、普通の日だったんだ。


 田舎街で大学に行かずに就職を選んだ俺は就職企業の二度の倒産を経て今の建築会社に入社、そんな俺は建築現場の作業員としてこき使われるべく今日も仕事場へと車を走らせた。


 ◆◆◆


 昨日、やっとあの難攻不落だったゲームをクリアしたし、やる気は上々!天気も良いな、雲一つな――ん!?ナンダアレ?


 一瞬見上げた空の端に何かが映った。


 少し先のあそこ、新手のパフォーマー?配信者?………ッッ違う!!

 人だ! 人が小ちっさいビルの屋上にいる!壁も手摺も見当たらない屋上の端に!!


 それは誰の眼にも、一目でヤバい状況と確信できる立ち位置。

 俺は車を急ブレーキで止め、すぐに車から降り、ビルに向かって走った。

 警察を呼ぶ?ああ電話は車に置いたままだ!

 取りに戻る時間なんか無い!!


「こんな田舎で!テレビドラマじゃあるまいし!何やってんだちっきしょう!」


 俺は悲鳴に近い文句を吐き出しながら全力で走った。


 ビルはもうすぐそこ。俺は走りながらビルを見上げ、見間違いであることを祈るようにもう一度屋上を確認した。


 人!若い女の子だ!やっぱり居る!


 状況的に向こうもこちらに気付いているはずだが、俺に対する反応を見せない。


 ビルは三階建、すぐに中にさえ入れれば、全力で走り階段をかけ上がりさえすれば、三十秒もあれば彼女の元に行けるはず。

 俺はスポーツ、ゲームなどの遊び、仕事でさえも考えるより先にやってみる!やってダメでも出来るまでやればいいだろ!という矛盾を押しきる単細胞の感覚派。

 自他共に認める“脳筋野郎”だ。であるからして、俺とは違う“頭の回転が早い人達”が思い付くような救助方法をこの状況で思いつくはずが無い。


「ハァ!ハァ!ドアは!?あそこっ!!」


 もし鍵がかかってたら横の大きな窓を割って入ろう、きっと人助けの為なら許してもらえる!

 一か八か!鍵が開いている事を願ってドアに手を伸ばした、その時――!


 え!?飛んっ――だ!?飛び降りた!?


 俺の頭は真っ白になる、真っ白になりながら、無意識に彼女めがけて横に跳んでいた。


 三階建てのビルの屋上から飛び降りた人を助けられる、そんな漫画の主人公のような力が俺にある筈がない。

 そのくらいの事は分かっているのに、どうしてそうしたのかは自分でも分からない、考えるよりも先に体が動いてしまったのだから仕方がなかった。


 それが映画撮影で、俺が映画監督だったならば、彼女が俺の所に落ちてくるまでのシーンはカップラーメンが出来上がるくらいの時間を使うと思うのだが。


 残念ながらそれは映画撮影では無かったし、俺は映画監督ではなく建築作業員である。


 “あっ”と言う間に、“あっ”と言う間も無い程に一瞬で彼女は俺の上へと落ちてきた。


「よけ……!」


 彼女は何かを叫びかけた。


 ――ゴッッ!!


 それ以上ない程のリアルな音が響き、一瞬火花のようなモノが散った後、目の前が真っ暗になり俺の音は消えた。


 普通の日だったはずの“今日”と共に。

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