第2話 ロザリア・ブラッドレインへの転生

 そこで私は目を覚ました。

 目を覚ます?? けれどそれは事実だった。

 目を開けたところ、遠くない天井。視界端には閉じられた赤いカーテンが映る。

 これ、天蓋ベッドだ。

「ロザリア様!!」

 身体を起こしたところで、甲高くて耳をつんざく、だけども心から心配しているような声が近くから響いた。

「うるさいわね……」

 私は苛立ちながらそう呟いていた。

 違和感。普通、私はそんなこと言わない人間なのだ。たとえお母さんが大声で起こしても、いきなり布団を剥がしても、それに対して苛立ちはしない。まだ寝ていたいよ、と思うだけで苛立つことはなかった。

 声の主に目を向けると、中学生くらいだろうか、黒髪ショートカットで頭には白のフリフリのカチューシャを乗せている、顔に幼さの残る可愛らしい女の子だった。黒を基調に、エプロンのような白のフリルを着た彼女はまさしくメイドだった。

 彼女には見覚えがあった。でも、それはあくまで感覚で名前は出てこない。

 それにしてもここは随分豪奢な部屋だ。昔買ってもらったドールハウスのお嬢様の部屋に似てる。それにも確かメイドが付属していた。窓からは朝日(確証はないけど)が差し込んでいる。

「ロザリア様、大丈夫ですか?」

 どうやら、私に呼びかけているみたい。

 ロザリア様? 聞き覚えが非常にあるのだけれども、私の名前ではない。

 私は名掛明日香。普通の女子高生ーーと言いたいところだけど、死にかけたと思ったら天蓋ベッドで目を覚ますような女子高生が果たして普通と言えるのか?

「私のこと?」

「はい、ロザリア様のことに決まっております!」

 メイド少女は大きく驚きながら言った。

「私はロザリアなんて名前じゃーー」

 そう言いかけたところで、彼女が掲げた大きな手鏡を見て言葉が止まった。言おうとした言葉が喉の中で消える。

 だって、そこに映る私は、そこらへんにいる女子高生、名掛明日花では決してなかったのだから。

 赤い髪色。少しツリ目の切れ長の目。日本人離れした綺麗な鼻筋。美人ではあるが不機嫌が刻まれた顔立ち。そうだ、確かに私はこの顔が笑ったところを見たことがない。笑った時の顔グラが用意されてなかっただけかもしれないけど。

 ロザリア・ブラッドレイン。私が好きだった乙女ゲー『君と愛を紡ぐキャンパス』、通称キミパスの主人公をいじめる悪役令嬢だ。あれ?でもトレードマークの、下から頬を走る一筋の切り傷がない。その傷を負う前のロザリアなのか。

 卑劣にして苛烈。苛烈にして無慈悲。無慈悲にして理不尽。

 血の薔薇様と畏怖を込めて呼ばれていた女。

 ため息が漏れる。そうだ、トラックに轢かれて無事なはずがない。走馬灯を見て何事もないはずがない。私は死んだのだ。

 死んでーー悪役令嬢に転生したのだ。

「頭のお怪我はーー」

 メイド少女が言い終える前に、私は意識を失ってベッドに倒れ込んだ。もう、わけがわからない。

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