第11話 冬極の魔剣


 ――『冬極の魔剣』

 全体がざわついた。

 十本の魔剣は所在が確認されている。

 しかし魔剣の定義は所有者の命を啄む災禍をもたらす邪剣とされており、最初期に定義された魔剣は世界に三本しか無かった。

『冬極の魔剣』はその内の十本目にして、最新の魔剣。

 赤土山脈の頂点、存在しないはずの雪原に、その魔剣は突き刺さっていると言われている。

 最初の発見者は、伝書鳩を飛ばして以降、生還してこなかった。

 同時に、この面子であることに納得がいく。

 

「期間は設けない。『冬極の魔剣』を持ち帰った全員に、通商金貨十枚を与え、バルガ共和国は諸君らに手を出さないと約束する」

 

 ――通商金貨十枚。多いね。

 

 地域によっては冒険者と国家の仲が悪かったりするらしく、ここシャーレも関係が悪いようだ。


 魔剣という前情報とそれに釣り合う報酬。

 共和国は本気だ。

 本気で魔剣を必要としている。


 今更自分の命を大事にするような冒険者は、ここにはいない。


「斥候二名、前衛六名、中衛兼遊撃四名、後衛支援四名、狙撃三名。『赤血烏』は自由に動いて支援頼む。私は指揮官として後衛に加わる予定だ。異論はあるか?」


 ユンゲンも随伴し指揮官の役目を担っていた。

 遠隔発動型魔法が得意などと言ったせいで、ルーナは狙撃に加えられた。とにかく安全ではあるだろう。


 赤土山脈はシャーレより赤道方面へ二ヶ月歩いた先にある。かなり長い旅になると誰もが分かった。

 ずっとバルガ共和国であることが唯一の幸いか。


「魔獣発見の報告あり。十一時方向、距離三百」


「――発動」


 詠唱完了。

 既に効果範囲内となり、ルーナの魔法が地を這う。

 しかし、前衛が簡単に殺してしまった。

 咄嗟に魔法を解いて魔力を還元させる。

 還元が可能なので魔力消費はほぼゼロ。

 

 ――ワタシの出番はないかな。


 前衛と中衛は途中で入れ替わる。

 前衛は敵の陽動や防御を担当し、攻撃は中衛以降が行う。

 後衛は魔法による支援主体で、治癒や強化を施す。

 狙撃は後方からの攻撃や遠方の狙撃など。


「あんた、今魔法使おうとしたのか?三百メートルしかないんだ。ここから狙撃しても先に前衛に取られる。かえって迷惑だよ」


 同じ狙撃役のA級冒険者スールが、ルーナを見て親切に教えてくれた。

 狙撃はこの距離では遅すぎるのだ。

 有効射程は五百メートル以上とのこと。

 並の騎士団とは比較にもならない、流石A級とも言うべき常識を突きつけられ、ルーナは萎縮した。


「――ねぇ、君はどうして冒険者をしているの……」


 幽霊のような声がした。

 思わず身体が跳ねて声の方向を見ると、いつの間にか両肩にインテグラルが体重をかけていた。

 

 ――ワタシって今、おぶっているの?


 声のトーンに変化はなく、興味なさそうに髪の毛をいじっている。

 こんな感じの七神がいて苦手だったなと思い出す。

 しかし当時からすればインテグラルに最も近い雰囲気は月神のルーナだっただろう。本人は自覚がなかったようだが。


「そもそも、ワタシは旅人だよ」


「女なら身体を売った方が儲かるし命の危険はない。どうして冒険者をしているの……」


 ――弱い君が。

 

 はっきりと言い切ったその言葉だけ、奇妙な重みを感じた。

 しかし、ルーナにはそれが出来ないしやりたくない。

 魔族だとバレる危険性があり、そしてヒトの前で媚びると言うことが耐えられなさそうだ。

 仮にルーナが魔族ではなくヒトだったとしても、同じ回答をしていただろう。


「ヒトが苦手だから、かな」


 嫌いな魔族は少ないけど、目があった瞬間殺してくるようなヒトは、はっきり言って苦手で、生き残った後でも何処までが嘘なのか分からない。


「……ふふ。私と同じ……」


 インテグラルの腰の辺り、異国の意匠が施された片刄剣が付いている。ちゃんと背負おうとしたところ、意図せずそれに触れてしまった。

 

 ――ピリッ。

 

 忌々しい感触があり、刀剣に弾き返された。


「大丈夫……?」

 

「うん」


 謎の刀剣で、インテグラルは常にこの剣を持ち歩いている。

 名称不明。能力不明。

 その刀身を見た者はいない。

 見た相手は全て死んでいるためである。

 道中で狙撃するような機会は少なく、食事用の鳥を取るくらいのものだった。

 全て一発だけで命中させている時点で、レベルが違いすぎる。

 ルーナはズルをして、飛行中の土塊に魔力を残して軌道修正しつつ命中させていた。


「あんた、何処まで命中できる?」


「正直、五百メートル以上は厳しいね」


「ハハッ、こう言うのは慣れですから、ひたすら撃ち続けるしかないですよ。魔力を込めずにね」


 もう一人の狙撃役も子供を見るような目でルーナを見ていた。

 あっさりとルーナの細工がバレていた。

 ルーナはもう苦笑することしかできなくなっていた。

 

 二ヶ月にも及ぶ道のりによって、急造したこのギルドにも連帯感が生じ始め、息の取れた連携を実現させるほどまでに至った。


「明日、一度目の接近に臨む。一回目は様子見だ。自分の命が危うくなれば、即座に離脱してかまわない」


 そして一度目の接近にて◼︎名が死亡する。

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