第3話 幻のペンギン

 こんな噂をきいたことがある。

 この街はとても冷えた日にはアイスクリームでできたペンギンが現れる、と。

 私は隣町のレイドからやってきた…まあ、ただの会社員なのだが。

 特別な肩書きがないからといってそのロマン溢れるペンギンを追い求めることに資格はいらないと思っている。

 とにかく、私はそのペンギンを探してわざわざ有給をとり今年1番寒いこの日にこのゼレフの街にやってきたのだ。

 お目当てのペンギンはというと…残念ながらまだ現れてはいない。

 雪がちらほらと降ってはいるのだが、その雪を舐めても甘いわけではないしましてやペンギンの形などしているはずもない。

 …噂は噂だ。

 万が一そんなペンギンがいたとしてもその可能性は低いだろう。

 昨今の魔法生物の繁栄を見るとありえない話ではないが、アイスクリームは人間の作った菓子ではないか。

 そのアイスクリームがペンギンと合体して、或いは……まあ、想像は尽きないがそのような形態をとる魔法生物は珍しい。

 そのような魔法生物はいないわけではないのだがそれならもう少し研究が進められてもおかしくはないわけだ。

 つまりこのペンギン…噂どまりの虚言なのか、あるいは新種の魔法生物なのか、そのどちらかによって大いに今日の有給の価値が変わってくる存在なのだということだ。


 さて、しかしどうしたものか。

 手がかりがなくては探しようもないというものだ。

 ……聞き込みをした方がよさそうだ。

 私は手近にいた1人の学生に声をかけた。

 やけに暗い印象を持つ分厚い防寒着を着た少女だ。

「やあ、ちょっといいかな?」

「む…なに?」

 私は精一杯爽やかにかつ紳士的に話しかけた。

 だがその少女は無愛想に私を見据えている。

 見知らぬ人に声をかけられたら普通はそうするものか…とにかく怪しまれては話を聞き出せぬのだから最大限慎重にその少女に尋ねてみた。

「君は、この街でアイスクリームでできたペンギンをみたことがあるかい?」

「……む…アイスクリーム…ペンギン…しらない」

「そうか…悪かったね」

 私は少女に別れを告げると……。

「おじさん…」

 少女が私に声をかけた。

「あんまり思いつめちゃ…だめ…」

 そう言うと少女は私に背を向け街角に消えていった。

「戯言…のようだよなぁ…」

 自分よりふた周りほど離れた少女に意中を案じられるとは、早々に心の折れそうな思いだが…気を取り直して声掛けを続けることにした。


 そもそも声をかける相手が子どもではいけなかったか?

 そのペンギンは限られた時期にしか現れないようだから子どもはまだ知らない可能性も高い…。

 ここはやはりなるべく大人に話をききたいところなのだが…。

 どうにもあたりには子どもばかりなのだ。

 ここは恐らくスクールゾーンだ。

 学校が近くにあるせいでこの辺りには大人はおろか乗り物すら通らない。

 …朝早くにわざわざきたことが仇となったか…。

 流石に通学路にて見知らぬ大人が声をかけ歩くとなると事案になりかねない。

 私はただ噂の真偽を確かめたいだけなのだが…。

 思案していると子どもたちの中にひとつ抜けた頭が見えた。

 ようやく大人が現れたらしい。

 私はその男に声をかけた。

「あの、すみません」

「なんでしょうか?」

 その人は少し怪訝そうな顔をして私の声掛けに応じた。

 …怪しい者だと思われても言い訳はできないか。

「もしかして道に迷いました?」

 質問される前に先に問われてしまった。

「いえ、そうではないのですが」

「それでは私に何か御用で?」

「なんといいましょうか、この街についてききたいことがありまして」

 私は顛末を話した。

「なるほど、アイスクリームでできたペンギンが出る、という噂をきいたのでわざわざ有給を取ってこの街まできた…と」

「ええそうです。ですからどうしてもそのペンギンについて知りたくて…」

「うーん…あなたは本当にそんなペンギンがいるんだと思ってるんですか?」

「それは…」

 子どもから大人にまでこんなことばかり言われて、私はなんだか泣きそうになってきてしまった。

「すみません、やっぱり私はもう帰ります」

 恥ずかしくなりそそくさと踵を返そうとしたその時。

「え~もったいない!今日なんかは出そうな気がするんですけどね~…アレが」

 私はぴくりとその言葉に反応してしまった。

 アレ…とは?

「なんですかね?その、アレっていうのは?」

「ききたいですか?う~ん、どうしよっかなぁ…でもなぁ…信じてもらえるかなあ」

 散々勿体ぶった挙句その男は語り始めた。

「とても寒い日にはね、この街にはある生き物が出るって言われてるんです」

「ま…まさか…」

「えぇそうです…メルトペンギン!…です!」

「メルト…ペンギン…?」

「そう…そのペンギンは…アイスクリームでできている…まさにあなたが探していたペンギンなのです」

 私はこの有給の価値が跳ね上がる音を聞いた。

「それでは!」

「そうです!あなたのきいた噂は正しい!この街には確かにアイスクリームでできたペンギンがでる!のです!」

 私は非常に興奮してきてついまくし立てるようにきいてしまった。

「それで!そのペンギンにはどこにいけば会えるのですか?!」

「それはわかりません」

 唐突にクールダウンした男が私に現実を突きつける。

「まあ、最近は現れていませんよ。次がいつになるかもわかりません。ただし、そのペンギンは必ずいます。あなたがもし本当にメルトペンギンと会いたいのなら…とにかく寒い日に粘り強くここにくることですね」

「はぁ…」

 男はかなりメルトペンギンに詳しいようだったが、そんな彼でさえ今日現れるか断言できない幻のペンギン…今日中に探すのは無理かもしれないな。

「それでは」

 男は私に別れを告げると学校の中に入っていった。

 …教師か?


 それにしても…雲を掴むような話だったわけだがあの男のお陰で飛躍的に信憑性が増した。

 …信用に欠けるような男ではあったが。

 とにかく、現地の人間から裏を取れたのだからそのメルトペンギンとやらが実在するのは確実なのだろう。


 モチベーションが上がり街中を駆けずり回ったわけだが…夕陽が落ちても私はそのペンギンを探し出すことは出来なかった…。

 幻のペンギンがただの一日で見つかってたまるものかと言わんばかりだ。

 私はすごすごとレイドへと帰る羽目になったのだが……あれからより一層メルトペンギンへの興味が湧いてしまった。

 必ず見つけ出してみせる…待っていろよ!

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