第7話 初めてのお風呂
我は今、勇者の家にいる――。
話せばとても長いのだが、色々あって現在異世界の地へとやってきている。
この世界は元いた世界と比べ明らかに文化レベルが異なっており、目に飛び込んでくるもの全てに驚かされている。
『って、ちょっと待ってくださいよぉー!』
『ワハハハハ!』
リビングのテレビからは、何やら楽し気な会話をしている人間達の姿が映し出されている。
みな笑っているが、正直我には何が面白いのかよく分からない。
テレビという置かれた箱のようなものからは様々な光景が映し出されており、それがどんな理で成されているのか全くもってワケが分からない。
「……さて、これからどうしたものか」
異世界へ来てしまったはいいが、全くもってのノープラン。
というか、まだ見ぬ世界に計画など立てられるはずもなく、それはまぁ仕方のないこと。
最たる誤算は、この世界ではまともに魔法を扱うことができないことだ。
今の我に扱えるのは、現状頭のツノ消しだけ……。
仮にも魔族を統べる魔王が、ただの手品レベルの魔法しか扱えないことがただただ情けない……。
まぁ我は、腐っても魔王だ。
魔法のみならず、身体能力だって低いわけではない。
拳で岩ぐらい割れなければ、魔王など務まらないからな。
それでも、シンヤ――もとい勇者に比べれば遠く及ばないだろう。
そんな勇者以上の存在が、この世界にはゴロゴロいるというのだ。
魔法も扱えない今の我では、はっきり言って成す術なし……。
お外、怖い……。
「いかん、頭が痛くなってきた……とりあえず、風呂をいただくとしよう……」
まずは汗を流し、さっぱりしてからこれからのことを考えるとしよう。
何も悪いことばかりではないのだ。
この世界へ来た目的の一つが、早速達成できているのだから――。
こうして我は、こちらの世界のお風呂へ向かうのであった。
◇
「――な、なんだこれは!?」
シンヤに説明されている時は半信半疑だったが、レバーを捻るだけで本当にすぐお湯が出てくるではないか――!
しかも見事な適温。オマケに先端から細かく湯が飛び出してくるおかげで、程よく全身を洗い流すことができる。
「……本当に、何から何まで規格外だな」
我は感心しながらも、汗を流す。
元の世界では、水を溜め、火を起こし湯を沸かし、水温を水で調整したのち
まぁそれも、全て使用人がやってくれていたから我は手を動かしてなどいないのだが、複数の使用人の仕事がここでは自動的に行われているのだ。
この世界では何でも思うがまま、極大魔法がそこら中に溢れているのではないか?
最早、恐ろしさすら感じてしまうな……。
「えっと、たしかこれで頭を洗うんだったな」
置かれている容器は全部で四つ。
左から順に、「頭を洗う用」「洗った髪に付ける用」「身体を洗う用」だっただろうか?
あとは小さな容器も一つあり、それは「顔を洗う用」らしい。
向こうでは、風呂で使うのは石鹸一つ。洗う部位ごとに使うものが分かれている時点で驚きである。
正直、未だにそれぞれ別けている意味が分からない。
しかし、シンヤがこんな些細なところで嘘を付くとも思えないため、言われた通り一番左の容器から液体を取り出し髪を洗ってみる。
「うぉ!? なんだこれは――!?」
髪が絡むことなく、すぐに泡立っていく。
それと同時に、漂ってくるのは花の香り――。
向こうの石鹸とは異なり、長い髪の隅々までよく洗えているのが分かる。
それにこの香りだ。洗うだけでなく、髪に良い香りまで付与してくれるというのか?
「なんなんだ、この世界は……」
さっきからずっと驚きっぱなしな気がするな……。
未だかつてない量の泡を湯で流すと、次は髪に付ける用の液体を髪に纏わせてみる。
こちらも花の香りがして、さっき以上に髪がサラサラになっているのが分かる。
というかこれ、最早サラサラなんてレベルじゃないぞ……?
――サラッサラだっ!!
魔王であっても、性は女性。
未だかつてない髪の潤いに、自然と心も弾んでくる。
――お風呂、楽しいっ!!
その後も顔と身体をそれぞれ洗い、シンヤの説明通り一つ一つの役割の違いを実感するとともに、未だ感じたことのない満足感に満たされる。
「何から何まで、本当に驚かされるばかりだな……」
これだけの代物だ、リリムにも使わせてやりたいものだな――。
そんな思いを抱きつつ、風呂から上がり用意して貰った服に着替える。
とは言っても、我より身体の大きいシンヤの服だ。
着ればゆったりとしたシャツに、紐で腰を絞るタイプのズボン。
元いた世界の物とは大きく異なるが、簡単に脱着可能なうえ、生地は柔らかく着心地もとてもよい。
元々着ていた服と肌着は、このせんたっき……? とやらで、言われた通り現在洗濯中だ。
仕組みこそ不明だが、ずっとブーブー鳴っている。
肌着を着ていないのは少し違和感があるが、まぁここには我とジョンだけ。
洗濯が終わったら、あとで肌着を乾かして着ればよい。
――にしても、これはシンヤの服なのだよ、な。
着替えが無いから仕方のないことなのだが、つい変なことを意識をしてしまう……。
「ええい、何を考えているのだ! とりあえず、さっきのソファーで休むとしよう!」
転移魔法を使ったことで、疲労感が凄いのだ。
まずはゆっくり休ませて貰うとしよう。
魔法が扱えないのも、単に疲れて魔力が枯渇しているだけかもしれないしな!
うん、きっとそうだ!
気を取り直した我は、とりあえず昼食の時間までソファーで仮眠をとるのであった。
ちなみにこのソファーもフカフカで、眠りにつくまで大した時間は必要なかった。
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<あとがき>
驚きっぱなしの魔王のターン、続きます!
おかげさまで、連載5日目にしてジャンル別週間98位にランクインしておりました!
ありがとうございます!
皆様にいただけるフォローや評価が大きく影響しますので、面白いと思っていただけましたら引き続きよろしくお願いします!
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