異世界で魔王に勝ってみた。そしたら今度は、魔王が日本へきちゃった件
こりんさん@コミカライズ2巻5/9発売
第1話 最終決戦
「魔王様っ!! 勇者が! 勇者が現れましたっ!!」
部下の一人が、慌てて玉座の間へと駆けこんでくる。
その狼狽ぶりから、それが只事ではないことは言うまでもない。
この世界に勇者が現れて、僅かひと月足らず。
現在魔王軍は、その勇者一人によってほぼほぼ壊滅状態まで追い込まれている。
そしてついに、勇者が魔王城まで辿り着いてしまったというのだ。
しかも従者を連れることもなく、まさかの一人で。
はっきり言って、これは異常事態だ。
どんな手練れをぶつけようとも、変わらず簡単に打ち負かされていく。
それがたとえ魔王軍の幹部であっても同じことだった。
戦いにすらならない、あまりにも一方的な蹂躙……。
打ちのめされてしまった幹部の一人が、完全に戦意喪失してしまい亡霊のように呟くのだ。
あれは勇者ではなく、黒い悪魔だと――。
この世界では見かけない、黒い髪をした異世界の青年。
彼の持つ力は、この世界の理が一切通用しないのだという。
一度勇者と対面した者は完全に恐怖に支配されてしまい、二度と戦場には立てなくなってしまう。
恐らく死者が出ていないのも、それが目的なのだろう。
そして、その時は訪れる――。
勇者が魔王城へ辿り着き一時間足らず。
ついに勇者が、魔王の待つ玉座の間までやってきたのである。
激しい破裂音とともに、玉座の間の扉を突き破られる。
「ぐぅ! ……ま、魔王様……お逃げ、ください……」
それは勇者の一撃であり、玉座へ座る魔王の傍まで弾き飛ばされてきたリリムが逃げろと告げる。
魔王の右腕であるリリムは、吸血鬼の始祖。
その身体能力と魔力は、魔王とも渡り合える程に高い。
オマケに、どんな傷を負おうともすぐに癒えるはずなのだが、全身に負った傷は深く癒える気配は無かった。
「リリム!? 貴様、リリムに何をした!?」
魔王は玉座から立ち上がると、怒りを露にする。
大切な部下も、民も、そして国も、この男たった一人に追い込まれてしまったのである――。
これまで人間など、魔族にとって取るに足らない存在だと思ってきた。
人間は弱く、その分姑息に立ち回るずる賢いだけの存在のはずだった。
しかし今、一人の人間相手に魔族全勢力が追い込まれているのである。
そんな異常事態に、魔王は覚悟を決める。
部下の報告だと、この男にはいかなる攻撃も通用しないらしい。
そして見た事もない魔法一つで、誰であろうと一撃でやられてしまうのだと――。
最初は何を言っているのだと信じなかったが、現にこの男は一人でここまでやってきたのだ。
つまり、これまであった報告は全てが真実と考えるべきだろう。
今目の前に立つ男は、最早人間などではない。
神々の類を相手にするようなものだと考えるべきだと――。
――人間どもめ、とんでもない奴を連れてきおって。
対峙して初めて分かる。
魔王をもってして、この男には恐らく敵わない。
この世界における、唯一無二の最強の存在として君臨し続けてきた魔王を前にしても、男は顔色一つ変えやしないのだ。
ただ無表情で、興味なさげにこちらを見つめている。
「その女が俺の前に立つから、退いて貰っただけだ」
まさか勇者から返答があったことに驚くも、淡々と語られるその理由に魔王はぐっと唇を嚙みしめる。
たとえ魔王の右腕であるリリムが相手でも、この男にとっては他の者と何ら変わらないのだろう。
「……よかろう。我が名は魔王イビア。この世界の魔族を統べる者だ。貴様は?」
「俺か? 俺は
「そうか、ではシンヤよ。まずはここまで辿り着いたことを褒めてやろう。僅かひと月足らずで、随分好き勝手に暴れてくれたじゃないか?」
「ああ、すまんな。俺にもやるべきことがあるんだ。だからお前も倒して、さっさと元いた世界に帰らなくてはならないからな。しかし――」
会話ができることに驚くも、感情の読めない男だ。
しかし、シンヤは何かを言いかけると少し考え込むような仕草を見せる。
「何だ? これが最後の戦いだ。思ったことは言うがよい」
「――いや、すまない。まさか魔王が、同い年ぐらいの女の子だとは思わなかっただけだ」
「お、女――!?」
これから生死を分ける戦いをするというのに、シンヤから飛び出したまさかのワードに、イビアは思わず取り乱してしまう。
言うまでもなく、イビアはこの世界における最強。
誰もが畏怖し、無条件にへりくだるのが当たり前の超越者だ。
そんなイビアに対し、あろうことかこの男は女の子と言ったのだ。
その侮蔑の言葉に、イビアの怒りは頂点に達する。
「――そうか、良かろう。お前はここで、八つ裂きにすると決めた」
「なんでそうなる?」
「うるさいっ!! いいから、死ねぇえええ!!」
最早、この男に手加減など不要。
僅かでも隙を見せれば、やられるのは自分だ。
それが分かっているイビアは、最初から最高の一撃をぶつける。
ダーク・インフェルノ――。
無数の漆黒の炎が渦を巻き、瞬く間にシンヤを包囲する。
ここ玉座の間に逃げる隙などなく、まさしく回避不能な最強の一撃。
この攻撃を受けては、たとえ異常な力を持つ勇者であっても無事でいられるはずがない。
そして黒き炎は、捉えた獲物全てを焦がし尽くす――――はずだった。
「さすがは魔王だな。これまで受けた中で一番凄い一撃だった」
ダーク・インフェルノは、間違いなく直撃したはず――。
しかし、立ち込める砂埃の中から聞こえてくるシンヤの声は、さきほどと変わらぬ淡々とした語り口調だった。
「――なっ」
今の一撃を受けて、無事だと言うのか!?
イビアは驚きから、言葉を失ってしまう――。
砂埃の中から見えるのは、白い結界のようなものに覆われたシンヤの姿。
イビアにとっての最強の一撃も、シンヤの張った謎の防壁により簡単に無効化されてしまったのである。
「じゃあ、次はこっちの番だな」
シンヤはそう呟くと、無数の魔法陣を展開する。
「な、なんだ!? この数の魔法陣は――!?」
イビアでも扱いきれない、無数の魔法陣。
それをいとも容易く展開させると、イビアを取り囲む魔法陣の一つ一つから巨大な氷の刃が出現する。
「魔王様ぁ!! 逃げてぇっ!!」
未だ傷のいえないリリムの、悲痛な叫び声。
普段感情を表に出さないリリムなだけに、それだけ異常事態であるのは言うまでもない。
待っているのは、確実な死。
そしてもう、この圧倒的な魔法の前から逃げ出すことなど不可能――。
「――すまんな、リリム。どうやら我でも、こやつには敵わなかったようだ」
己の死を悟ったイビアは、最期にリリムへ微笑みかける。
これまでずっと、右腕として支えてくれたことへの感謝とともに――。
絶望するリリムの表情に痛ましさを覚えつつ、イビアは最期の時を待つ。
そして、魔法陣から飛び出してくる無数の氷の刃により、イビアの意識は完全に奪われる――――はずだった。
氷の刃はイビアに当たることなく、代わりにイビアを取り囲むように床へと突き刺ささり飛散していく。
「――なっ!?」
驚きで、言葉を失うイビア。
己の死を覚悟していただけに、全く理解が追い付かない。
「分かったか? お前じゃ俺には敵わない。――だからもう、やめにしないか?」
「やめに、するとは……?」
「魔王は俺が打ち破った。だからもう、勇者に負けた魔族は人間に手を出さない。魔族が襲わないなら、人間も魔族に手を出さない。それでおしまいだ」
こいつは、何を言っているのだ……?
呆けるイビアに、シンヤは言葉を続ける。
「お前より強い存在がいることは、もう分かっただろ? これに懲りたら、今後は大人しくすることだ」
「そ、それで、我を殺さぬと言うのか……?」
「ああ。また魔族達が悪さをしないように命令できるのが、魔王の役目だろ?」
なるほど……。
我を殺すのではなく、屈服させることが目的だったというわけか……。
「もし我が、その要求を断れば……?」
「そうだな、今からでも魔族を根絶やしにするしかなくなるかな」
「それは、恐ろしいな……」
「だろ?」
「……よかろう。ならば、言われたとおりにするしかなさそうだ」
「そうか、それは良かった。これで俺も、心置きなく帰れる」
「帰る?」
「ああ、元いた世界にな。あっちには、俺の帰りを待ってくれている大切な存在がいるんだ」
そう語るシンヤの顔には、優しい笑みが浮かぶ。
これまでずっと無表情だっただけに、そのあまりのギャップにイビアの胸はドキリと一度弾む。
「……そうか、貴様にも色々あるのだな」
「まぁな。だが、忘れるな。また争いが起きれば、俺か別の誰かが必ず現れるだろう。 それが俺でなければ、迷いなく魔族を根絶やしにするかもしれないからな」
「一切冗談に聞こえないのが恐ろしいな。――分かった。神……いや、我を打ち負かしたシンヤに誓おう。我々魔族は、本日をもって人間との不干渉を約束する」
上には上がいる。
命を救われた状態で、本当の現実を知る事ができたのだ。
この世界に存在するのは人間と魔族だけではないし、何なら今目の前にシンヤがいるようにこの世界に限った話でもないということだ。
それを知れたことを今後の糧として、これからは魔族と世界の在り方を改めて考えるべきなのだろう――。
「それじゃあ、これに一文書いてくれ。俺が責任をもって、国王に渡しておくから」
「魔力が付与された契約書か――分かった」
こうしてイビアは、その誓約書へ署名する。
これで正式に、人間と魔族の不干渉が成立する。
もし破れば、この契約書の効力により違反者へ強いペナルティーが発生するという代物だ。
「安心しろ、国王も無益な争いは好まない人だ。これからはお互いに、平和な世界を作り上げてくれ」
それだけ言葉を残し、シンヤは城を去っていく。
その後ろ姿に、イビアもリリムも目が離せなくなる。
「……我々は助かった、のですか?」
「ああ……奴の機嫌一つで、魔族は全滅させられたかもしれぬ。我らは奴に救われたのだ……」
こうして人と魔族の争いは、一人の勇者により休止符を打つのであった。
それから少しして、シンヤが元の世界へ帰ったという知らせがイビアのもとへと届くのであった――。
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<あとがき>
久々の新連載です。
魔王x勇者のあくまでラブコメディーです。
毎日更新頑張りますので、フォローや評価いただけると励みになります!!
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