第26話 最近ネフィラ様とエッチなことしてますよねぇ?

 キャット家をダルトンや『零落』から守ったレイではあるが、それらは全て「自分を立てるための演技」だと思っているので、メイドちゃんやら《創痍工夫カットリスト》やらに「さすがです」と言われたところで良い気分にはならない。



 むしろ申し訳なさでいっぱいだった。



「今度からわざわざ僕を立てるようなことしなくていいよ。僕が活躍する場を与えてくれるのは嬉しいけどさ、そのせいで今回、キャット家にものすごく迷惑がかかったでしょ」



 レイが自室にやってきたメイドちゃんたちに言うと二人は唇を尖らせた。



 彼女たちはこう思った。



 レイヴン様は「わざわざ僕の手を煩わせるな。自分たちで先になんとかしろ」と言っている、と。



 キャット家にものすごく迷惑がかかったのは、もっと早くヴィラン家が対処しなかったからであり、そのせいで、自分が出て行かなきゃならなかったんだ――そうレイは言っているんだとメイドちゃんたちは思った。



「「すみません」」


「いいよ、次から気をつけてくれれば」


「でも……レイヴン様、変わりましたね」「いままでこんなに誰かを助けようとか善行を働こうとかありませんでしたよね?」


「……気づいたんだよ。僕はヴィラン家の一員としてちゃんとやってかないといけないって」


「「ご立派です」」



 とメイドちゃんたちは大きく頷いて言ったけれど、レイは、



(気づいたのは「転生したこと」だけど。それに、不甲斐なくてお荷物な僕はヴィラン家としてちゃんとやっていかないと君たちに見放されて追放されちゃうからね!)



 と思っていた。



 相変わらずネガティヴである。



「それで、二人は何しに僕の部屋に来たの?」


「覗くためです」「レイヴン様、最近ネフィラ様とエッチなことしてますよねぇ?」


「してないよ!」


「ほんとですかぁ?」「時々シーツを自分で交換してますよねぇ? いままでメイドにやらせてたのに」


「そ、それは……」


「それに、時々部屋から声が漏れてるみたいですよぉ?」「防音の魔道具、つけ忘れちゃったんですかねぇ?」


「そんなことない! いつも何度もついてるの確認して……あ! カマかけるなんてずるい!」


「あーあ、白状しちゃいましたねぇ」「防音の魔道具なんてつけてなにしてるんですかぁ?」


「…………やましいことはなにもしてない」


「えー? ネフィラ様に聞いたらいつも無表情なのにちょっと顔赤くしてましたよ?」「可愛いですよねぇ」


「何で顔赤くするんだ! おかしいだろ!」


「まあ我が君には黙っててあげますよ」「弱みを握りました」


「ううう……」


「レイヴン様可愛いですー」「可愛いですー」



(いぢめだ! 僕はいぢめに遭っている!!)



 メイドちゃんたちはついさっきレイに責められた仕返しをしているだけである――それもどうかと思うけれど。



 とは言え、彼女たちはこれが軽いいじりだと思っていて、はっきり言えば、レイたちがまずいことをしているとは思っていない――ネフィラとしているのはチューとかギューとかお遊び程度だと思っている。



 だから「あはは」と笑っているけれど、



 本当のことを知ったら引く。

 絶対、ドン引きする。



(メイドちゃんたちに覗かれるわけにはいかない。でも、ネフィラを虐めるのはゲームには必要な事だから、止められないし……)



 ここ数日、療養と『先祖返り』対策のためにネフィラは人間界に行っているけれど、彼女のことだから次会ったときには必ず虐めを要求してくる――ドラゴンの一件でいろいろ約束してしまったし、そもそも、ネフィラがあまり我慢できないのはその行動から十分に察しがつく。



 とは言え、今後いままで通りこの部屋でネフィラを虐められるかというとそれは解らない――メイドちゃんが外出していたのはドラゴンが暴れ回っていたからであり、それはレイがすでに解決してしまっている。



 どうしよう、とレイが思っていると、メイドちゃんたちは「あ」と思い出したように、



「レイヴン様」「私たちがここに来たのにはもう一つ理由がありました」


「なに?」


「我が君からの伝言です」「大事な話なのでよく聞いて忘れないように」


「……二人はその大事な話を伝え忘れてたのに?」


「うるさいです」「ネフィラ様のこと我が君に言いますよ」


「すみませんでした」



(この二人怖いんだよ。なんでちょっと言い返しただけで倍返ってくるのかな。おかしいじゃん)



 二人なので倍返ってくるのは当然なのだけど、言ってる内容を含めると十倍返しくらいしている気がする――ちょっとしたことでもやられたらやり返す。



 ヤンキーみたいな二人だった。



 やられてもいないのに被害妄想で身を守ろうとしてやり返そうとするレイが言える立場ではないけれど。



 もっとたちが悪い。



「それで、伝言ってなに?」


「「我が君はこう仰ってました」」



 メイドちゃんたちは声をそろえて、言った。




「「レイヴン様を人間界に送る、と」」




「え!! 僕もう追放されるの!? 早すぎる!!」


「違いますよ、そんなわけないじゃないですか」「我が君は少し怒ってましたけど」


「やっぱり怒ってるんじゃん!!」



 レイは頭を抱えた。



 とは言え、我が君ことヴィラン家当主――すなわちレイの父が怒っているのは、レイが迷惑をかけたからではなく、ここ最近レイが危険に足を踏み入れすぎているからだった。



 ヴィラン家当主はこう考えていた。



 レイは何らかの情報網を構築して、魔族を救い出す活動に力を入れている、と。



 ドラゴンと相対する危険に身を投じてまで魔族を救うために奔走している、と。



 実際には他家の事情に土足で上がり込んで、しっちゃかめっちゃかかき回して、結果論として救っているだけである。



 その上、本人にはまったく自覚がない――助けたことすら知らない。



 死ぬほどたちが悪い。



(僕はただ、社交をしたかっただけなのに! ヴィラン家のお荷物にならないように頑張っただけなのに! どうしてこうなったの!? こんなの結局は、ていの良い追放でしょ!!)



 レイはそう思ったが実際には違う。



「我が君は仰ってました」「これ以上、魔界で活動するのは危険すぎる、と」



(僕が活動すればするだけヴィラン家の評価が下がるからってこと!? お前はもう魔界でなにもするなってことでしょ!?)



 追放という考えに固執しているレイなのでヴィラン家当主がなにを言わんとしているのかまったく考えない。



 ばーか。



 と言って、レイが考えたところで勘違いでまみれている現状答えには絶対にたどり着けないのだけれど。



 それでも、実際、当主が言う危険は存在してしまっている。



 例えば評議会とか、

 例えば『零落』とか。



 当主はそこまで具体的に何が危険で敵になるのかまでは解ってはいないけれど、メイドちゃんからの報告を受けた結果、少なくとも、このままレイが活動を続ければ多くの敵を作ってしまうと考えていた。



 多分それは正しい。



 レイは無自覚に敵を作り続ける。



 つまるところ、レイを人間界に送るというのは避難であり、親心なのだけれど、レイは全く気づかない。



(いいもんね! いいもんね! 『荒れ地』なんかに追放されるよりずっといいもんね! きっと辺鄙な場所に飛ばされるんだろうから、最初の目的通りひっそりと細々と暮らしてやるんだ!)



 いじけてレイはそう思いながら、メイドちゃんたちに尋ねた。



「で、僕はどこに飛ばされるの?」


「『スプリング・ブルーム』と言う街です」「ヴィラン家が人間界に持つ領地の一つですよ」



 レイはこの時点でその地名を思い出せなかったが、それも当然かもしれない。



 ゲームにおいて『スプリング・ブルーム』は、



 このときからちょうど一ヶ月後に消滅している。

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