第24話 ぼ、僕、何もしてないよ!!

 そのドラゴンと向かい合ったレイは、随分大がかりなセットだなと思った。



(きっと中で何人か動かしてるんだろうな。その上で幻覚魔法か何かでドラゴンの姿に見せてるんだ。僕はいろんなステータスが低いから本物のドラゴンにしか見えないけど、見る人が見れば偽物だってわかるんだろうな)



 本物である。



 本物だがレイがそう思わなかったのには理由がある。



(だって、なんでキャット家を潰すためだけにドラゴンなんて使うのさ。爆弾仕掛ければ良くない? やってること大がかりすぎるし、ご都合主義的だよね。誰が脚本書いたの?)



 ついに演技にダメ出しを始めたレイである。



 さらに言えば、キャット家がドラゴンに襲われるというのは実はゲームのストーリー通りの展開なのでレイは無自覚にストーリー自体にケチをつけていることになる。



 無自覚にメタな発言をするな。



 とは言え、確かにどうしてそんな回りくどいことをしているのかという疑問は残る――レイが言うように第二王子を破滅させるだけなら爆弾を仕掛ければそれでいいはず。



 ゲームのストーリーがご都合主義だった――訳ではない。



 実際にはそこにがあるのだが、そんなことをこのときのレイが知るよしもなく、



(まあ、どうせ僕が活躍するシーンのためにインフレさせすぎた結果だろうけど。少年マンガかな? 僕はそろそろ新しい能力でも身につけるのかな?)



 未だ、「自分が不甲斐ないばかりに周りが演技して活躍する場を作ってくれている」と思っているレイである。



 だから、ドラゴンが魔力砲などという規格外の魔法を準備しているにもかかわらず、レイは平気で目の前に立てている。



 実際、その魔力砲だっていままさに、レイのユニークスキルではじき返されてしまったのだけれど。



 まるっきり同じ威力で、完全に反対向きに。



 その瞬間、魔力砲はレイによってはじき返されたものと真っ向からぶつかり合って、巨大な爆発を生じさせる。



 地面はまるで隕石でも落ちてきたかのように丸く抉れ、周囲の木々が爆風に煽られるようにしてしなる。



 その爆風だって、レイの周りではほとんど生じていなくて、



「凄い技術だなあ」



 とレイは感心して一人小さく呟いていた。



 謎技術過ぎるだろ。



 しばらくすると、衝撃が収まり土煙が漂う。



 視界の悪い中、ドラゴンは相変わらず怒りを露わにしていたが、しかし、明らかに疲弊しているように見えた――あれだけ魔力を使う魔力砲を二度も連続で撃てばそうなるのは当然だが。



 戦略ミスとは言え、このドラゴンは別にバカではない――何なら人語を解するぐらいにはドラゴンは頭のいいモンスターである。



 ただし、このドラゴンはいま、目の前の子供が解らないくらいには頭に血が上っている。



 だから、間違える。


 

 ドラゴンは肉弾戦に切り替えたようで、グンッと尻尾をふり、レイを弾き飛ばそうとした――ネフィラに対してやったのと同じ戦法である。



 もちろん土煙の中でレイがそれに気づけるはずもなく、そして気づいたとしてもネフィラでさえ避けきれなかった速度に対処できるはずがない。



 レイは何もしない。



「なんか音がする。なんだろ」



 そう呟くだけ。


 

 それでも、レイのユニークスキルは仕事をして、その尻尾を容赦なくはじき返す――受けた力を減衰することなくそのまま。



 ここで整理すると、ドラゴンは尻尾を振るために身体を回転させていた。そこにレイがはじき返した尻尾が逆回転で飛んで行き、まるで、カウンターパンチみたいに綺麗に決まる。



 ドラゴンの顔面に思い切り尻尾が飛ぶ。



 ビタン!



 脳を揺らされたドラゴンはふらふらと揺れ、全ての意識を手放したようにその場に倒れ伏した。



 そこで土煙がようやく晴れる。



 レイはこの瞬間までなにも見えていなかったし、速すぎて攻撃を受けたことすら気づいていなかったので、なぜドラゴンが倒れているのか解らない。



 解らないが、その事実を確認した瞬間、慌てた。



 ドラゴンのセットが壊れたと思ったから。



(ぼ、僕、何もしてないよ!!)



 そこは「僕、何かやっちゃいましたか?」だろうが。

 責任から逃げるな。



 レイは頭を抱えていたがそこではっと気づいて、



(あ、そうか! きっと僕とネフィラがシナリオを変えて屋敷から森に戦闘場所を移しちゃったからセットが誤作動起こしたんだ!! 無理をした僕のせいだ!! 怒られる!! 殴られるかも!!)



 半ば絶望してそう思っていると、一部始終を見ていた《創痍工夫カットリスト》、それから、いつの間にかやってきていたノヴァと《節制の射手フォーティーンショット》が目を見開いているのが見えた。



「い、いま何したのよ、アイツ。ドラゴンを素手でぶっ飛ばしたの!?」と、ノヴァ。


「土煙で見えなかったが……一瞬でドラゴンを気絶させたみてえだ……ありえねえ」と《創痍工夫カットリスト》。


節制の射手フォーティーンショット》は絶句しているのか黙っている。



(ごめんね、そんなアドリブさせて!! ドラゴン素手でぶっ飛ばすとか無理があるよね!! そんな奴いないもんね!! これは僕あとで怒られるやつだよね!?)



 せっかく活躍する場を作ってもらったのに、シナリオを変えたあげく、セットを壊してさらにヴィラン家に泥を塗ってしまった――そう勘違いしたレイはとぼとぼとネフィラのところへと歩いて行った。



 ネフィラは口から血を流してぐったりしている。よく見ると左腕が折れているし、打撲痕も結構見える。



(あのドラゴンのセット、僕が来る前から誤作動起こしてたんだろうな。ネフィラをボコボコにして、僕の前で止まったって感じか。これで僕がちゃんと活躍できてないとか申し訳なさ過ぎる!!)



 レイはネフィラのそばにしゃがみ込むと深く頭を下げた。



「頑張ってくれたのにごめんね、ネフィラ。こんなに怪我することになるなんて思ってもみなかったんだ。……でもおかげで、屋敷が壊れずに済んだよ。ありがとう」


「……帰ったらご褒美ください。気になってる武器があるんです」


「いや、帰ったらまずは安静にしなよ。この上さらに虐められようとしてるとか貪欲すぎるだろ」


「何言ってるんですか。レイヴン様のは特別なんです。あー想像したら興奮してきました」


「おい血圧を上げるな! 失血死するでしょ!」



 レイは慌てて、服の中から回復薬を取り出した――自分の分とネフィラの分、それからその予備は全てベルトの小物入れに入れていたが、すでにダルトンによって奪われている。



 だからこの回復薬は、服に隠していた予備の予備だった。



 ネフィラの口元に持って行くと彼女はちらと顔を上げて、



「わたしあんまり回復薬効かないですよ。遊びで毒薬飲み過ぎたので」


「なんつう遊びしてんだ。じゃあ気休めでもいいから普通の倍の量飲みなよ。で、帰ったら回復魔法かけてもらいな」



 レイは言ってさらにもう一本回復薬を取り出してネフィラに飲ませた――マジシャンみたいだった。



(これであとは、ネフィラを家に連れて帰って――僕が怒られれば終わりかな)



 それで終わればどれだけ良いかとレイは思った。

 その前にやり残していることがあるのも知らず。

 


「レイヴン様!!」



創痍工夫カットリスト》の叫び声が聞こえる。

 


 見ると、ドラゴンが意識を取り戻して立ち上がるところだった。



(うわ! 不具合起こしてるのに回復してる! 僕にまだ活躍しろっての? というか、え、待って。ネフィラを不具合でボコボコにしたってことは、今度は僕がボコボコにされるのかな!? シナリオ台無しにされた誰かの怒りが乗り移ったのかな!?)



 そろそろ本物だと気づいても良さそうなものだがレイは気づかない。



「ネフィラ! 逃げよう!」


「……いえ、たぶん、大丈夫です。さっきと様子が違いますから」



 そう言うと、ネフィラはずっと右腕で抱えていたものを地面にそっと降ろした――ドラゴンの子供は恐る恐るではあるけれど、親ドラゴンの方へと歩いて行く。



(ああ、子供を見つけるためだったんだ! だからドラゴンは怒って襲ってきたってシナリオなんだ――詳しいことよくわかんないけど)



 レイは適当に納得して頷いた。

 もっとよく考えろ。

 ほんと自分を守るためにしか頭使わねえ奴だな。



 浅い理解でレイが見守る先で、親ドラゴンは完全に意識を取り戻し――そして、完全に我に返っている。



 その目に怒りはすでになく、あるのは我が子をようやく見つけ出した安堵の感情。我が子の身体に傷がほとんどないのを確認するようになめ回して、そして、子ドラゴンが一生懸命報告するのを聞くように耳を傾ける。



 聞き終えた親ドラゴンはレイたちを見ると深く深く頭を下げて、それから、翼を広げ子ドラゴンを抱え飛び去った。


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