第18話 過剰な拘束は有効

 常に被害妄想によって気を張っているが故に、睡眠薬によっていつもより深い眠りにつけるという、襲われたのか安眠を提供されたのか解らない状況にあるレイである。



 いつもならわずかな物音に対しても敏感に反応してその浅い眠りから覚めてしまう彼だけれど(ネフィラは物音一つ立てないので平気で枕元に立っていたりする)、睡眠薬を嗅がされた今回ばかりは、馬でここまで運ばれたにも関わらず一切目を覚ますことがなかった。



 熟睡である。



 だからレイはいま現在全く状況が解っていない。



 どうしてこんな洞窟みたいな場所にいるのか。



 どうして全身に革や金属でできたベルトが幾重にも巻かれ、首にはそのどれよりも頑丈そうな首輪がついているのか。



 どうして屈強な男たちが揃いも揃って少女を――ノヴァを襲おうとしているのか。



 状況を理解しようと寝ぼけた頭で考えていると、



「ああ、お目覚めッスね、レイヴン様。ここは俺たちの拠点ッスよ。キャット家から移動してきたんッス――レイヴン様をハーピィ家に突き出すために」



 布を額当てにしているフェリス族の男――ダルトンはそう言って笑みを浮かべた。



(ハーピィ家……)



 その単語を聞いて、レイはようやく自分がどうやって眠りについたのかを思い出す――ハーピィ家の紋章がついたハンカチを口に押し当てられたあの瞬間を。



(ハーピィ家はまだ怒ってるんだ! ネフィラを救い出したのはメイドちゃんで僕はただ粗相をしただけなのにぶち切れてるんだ! きっとまた「殴られるなら魔界の金貨がいいか人間界の金貨がいいか」って選ばせようとしてくるんだ!!)



 レイが一人絶望していると、ダルトンは満足げに笑みを浮かべて、



「ハーピィ家を酷く怒らせたみたいッスね。絶対に捕まえろって言われたッス――代わりに俺は第二王子を破滅させる手伝いをしてもらってるッスけど。持ちつ持たれつってやつッスね。その拘束具ももらったものッスよ。ドラゴンでも外せない、超強力な拘束具ッス」



(何でそんなもの僕に使うんだ! 絶対過剰だよ! 僕ならロープ一本で縛り上げられるのに!)



 いつも過剰な自己防衛を働いているくせに他人のことはすぐに気づくレイである。



 お前が言うな。



 人の振り見て我が振り直せないどころか、レイはそこでさらに被害妄想を爆発させて、



(あ! きっとこの人、僕のステータス知らないんだ! だからこんな過剰に拘束するんだ! もし何かの拍子に僕のステータス知ったら「貴重な拘束具を無駄に使わせやがって!」ってぶん殴るんだ!! 理不尽すぎる!!)



 理不尽なのはお前の被害妄想だろうが。



 とは言え、珍しくレイの予想通り、確かにダルトンはレイのステータスを知らない――知らされていない。



 それは知ってしまえばダルトンが過小評価するのが目に見えていたからであり、確実性を期すためにダルトンには情報が伏せられていたからである。



 そんなことなど知らないレイは、殴られたくないので、



「こんな拘束具を僕に使うなんて……。早く外した方がいいよ、君のために」


「へえ、凄い自信ッスね。さすがヴィラン家。ドラゴンをも超える攻撃力があるから、そんな拘束具すぐに外せるって言うんスね」



(ちがうよ! 逆だよ逆! 僕の攻撃力はスライム以下だよ!)



 レイは誤解を解こうとしたが、それより先にダルトンが続けて、



「ただ眠らされただけだと思ってるッスか? そんなわけないッス。眠らせたあと別の薬を飲ませてるんスよ」



 ダルトンはニヤリと勝ちを確信しているような不適な笑みを浮かべて、



「魔法物理問わず攻撃力も防御力も一時的に一万分の一にしてしまう薬ッス。例えレイヴン様がドラゴンを超える攻撃力を持っていようと、その拘束具は外せないッスよ」


「そ……そんな……」



(僕のなけなしのステータスになんてことするんだ!!)



 レイが絶望しているのをみて、ダルトンは口を開けて笑った。



「こうなるとヴィラン家も怖くないッスね。ただの魔族と変わりない。『早く外した方がいいよ、君のために』でしたっけ? それって拘束具を外して颯爽とお嬢様を救うヒーローみたいなセリフッスけど……助けを必要としてるのはどっちッスかねえ?」



 ぎゃはは、と男たちが笑い、その中心にいるノヴァはさらに絶望した表情を浮かべる――助けがきたと思ったら、すでに手を打たれていた、そんな風に。



 その打った手はほぼほぼ空振っているのだけれど、それを知っているのはレイだけである。当の本人はさらにステータスが減ったことに絶望しているけれど。



 そんなこと気にしなくていいんだよ。

 ろくに変わってないから。



(ううう。でも一時的って言ってたからきっとステータスは戻る。それより誤解を早く解かないと。殴られたくない)



 レイは笑い声が収まるのを待ってからダルトンに言った。



「僕の攻撃力は元から低いんだ。だからこんなに過剰に拘束する必要なんてない。もったいないから外しなよ」


「面白いこと言うッスね。そんなの信じるわけないッス――ああ、そういうことッスか。レイヴン様はヴィラン家の中にいて自分が低いって思ってるかもしれないッスけど、魔族からみればずっと高いんスよ」


「そうじゃなくて……」


「いや、どうあれ、俺は過剰だなんて思ってないッスよ。だってその拘束具、こんなことができるんスから」



 そう言いながらダルトンはポケットからなにか小さな魔道具を取り出した。



「その拘束具は、魔道具なんッスよ。ドラゴンを拘束し、そして、痛めつけ殺すことができる魔道具ッス。この小さな装置を使えば、その拘束具を作動して、レイヴン様をじわじわ絞めて痛めつけられるッス。ちょっとだけ試してみるッスか」



(そんなことされたら一瞬で僕死んじゃう!)



「止め――」



 レイが叫んだ瞬間、ダルトンは魔道具を発動させた。



 ここで整理すると、いま現在すでにダルトンはレイを殺すための最善手を打っていた。



 すなわち、レイの腕力では到底外せない器具で拘束し、そのまま放っておいて餓死させればよい。それはゲームで実際に教会が取った方法であり、その結果レイヴン・ヴィランは死んでいる。



 詰まるところ、もしもダルトンがレイをしていればあるいはレイを殺すことができたかもしれないが、レイのステータスについて教えられず、ヴィラン家の恐ろしさだけを知っているダルトンである、そんな未来は訪れない。



 彼はレイを過大評価して、ほぼ最大出力で拘束具を発動させた――これまた過大評価で「これくらいじゃないと苦しまないだろう」と考えて。



 それがまずかった。



 ドラゴンを殺すほどの拘束具。



 つまり、ドラゴンを殺すほどの



 それが――レイのユニークスキルによって。



 バチン!



 大きな音が鳴って、レイを縛っていた全ての拘束具が塵となって消失する――魔道具の攻撃力はそれほどまでに大きかった。



 ダルトンは驚愕して目をかっぴらく。

 


「ば……バカな! あり得ないッス! ドラゴンですら外せない拘束具ッスよ!? それどころかドラゴンを殺せる魔道具ッスよ!? それを、塵にした!? 一万分の一の攻撃力で!?」



 レイがゆっくりと立ち上がると、ダルトンは歯を食いしばる。



 レイは身体についた塵を手で払うと、



 



(ああ、解っちゃった。これ、また忖度で、この人たち演技してるんだ。だってあんなにがっちり縛られてたのに、こんなに簡単に外れるわけないもん)

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