第14話 ノヴァリエ・キャット

「お嬢様! ちょっと早いッス!」


「何言ってるの! ダルトン、あなたキャット家の騎士団長でしょ!? このくらいでへばってるんじゃないわよ!」


「俺たち鎧着てるんスよ? 軽装のお嬢様とは違うんス」



 フェリス族キャット家の令嬢、ノヴァリエ・キャットは振り返ると腰に手を当て、数十歩後ろを追いかけてくる騎士たちを見下ろした。



 確かにノヴァは軽装――どころか防具の一つもつけていない。



 かろうじてその服は運動に適した丈夫なものだけれど、だからと言って防御力は上がらない。



 そんな、ともすれば死にに行くのではないかという格好で、ノヴァは『調教の森』を歩いていた。



 森を舐めるな。



 そもそも『調教の森』はかなりモンスターが出現することで有名だった――ここまでくる途中でも何度か見かけたし、この先襲いかかってくる危険だってある。



 だからこそ騎士たちはノヴァを追いかけ護衛しようとしてたが、ノヴァは騎士たちが守ってくれるのを期待していない。



 全くしていない。



 それは彼らを信頼していないからではなく、彼女がこの軽装であっても一人でこの森を歩いていける自信があるからだった。



 その異常値とも言える防御力が故に。



 モンスターに噛みつかれようが、角で突かれようがノヴァは傷一つ負わない。



 だからこその軽装であり、ダルトンたちのように鎧で体力を奪われ速度を落とすくらいなら着ない方がいいと考えていた。



 令嬢の思考ではない。



 父の前では少しは収まるそのお転婆も森では全開。黙っていれば貴族の令嬢特有の上品さがあるはずなのに、いまは勝ち気な笑みで失われている。



 口角を片方だけ上げたノヴァは鼻から「ふんっ」と息を漏らして、


 

「というか、別についてこなくていいわよ。あたし一人で探検するんだから」


「そういうわけにはいかないッスよ。お嬢様のことを必ず守るのが俺たちの役目ッスから」


「あなただって仕事があるでしょ。お客様が来るんだから。おもてなししてあげなさい」


「お嬢様のお客様ッスよ!」



 ダルトンはあきれ顔で言って頭を掻いた――遺伝なのかグレーの髪は襟足や側頭部だけブラウンで、それが嫌なのか隠すようにいつも布を額当てのようにして頭に巻いている。



 相変わらず騎士らしくない、が、森で軽装のノヴァが言えることでもない。



 彼女は渋い顔をして、



「お父様が勝手に招待状を出しただけよ! あたしは探検で忙しいの! だってあたし、もうすぐ『先祖返り』の時期なのよ!? 魔界にめったにこられなくなるのよ!? 三年も!! 堅苦しい人間界なんてあたしにとって牢獄だわ!」


「それは言い過ぎッス」


「ともかく、あたしは我慢する前に魔界で探検しておきたいの。自由を満喫したいのよ! 心配しないですぐ戻るから!」



 ノヴァは言って走り出した。



 ぐんぐんとダルトンたちを引き離して、彼らの姿が見えなくなるとホッと息を吐きだし伸びをする。



 そこは崖のような場所で、眼下の湖には時々モンスターが水を飲みにやってくるのがここからでも見える、お気に入りの場所の一つだった。



「んー……ん?」



 ノヴァはそこで、あることに気づいた。

 


 手の甲に小さな切り傷がある。



 すでに血は止まってかさぶたになりかけているそれを見れば、普通は、森を駆け抜けたときに枝か何かで切ったんだろうと考えるはず。



 普通は。



 ただしノヴァは普通じゃない。

 防御力が、普通じゃない。



「え? あたし、いつ切った?」



 血が出る、と言うことは相当な攻撃力だったはず。



 モンスターに噛まれようが、角で攻撃されようが、傷一つつかないノヴァの身体――そこに血が出る傷をつければ普通は気づくはず。



 それ相応の衝撃があるはず。



「気づかないうちに、攻撃されてたの?」



 ノヴァは怖くなった。



(すぐ戻らないと。すぐにダルトンと合流して走って家に帰らなきゃ。こんなことができる奴、あたしは知らない)



 きびすを返して、固まる。



 そこには種族もバラバラな屈強な男たちが数人、にやにやと気色の悪い笑みを浮かべて立っていた。



「コイツだろ?」


「ああ、間違いない。



 ノヴァは歯を食いしばった。



(ただの盗賊じゃない。あたしをあたしと解って襲いに来てる。きっとの刺客! こういうのは、あたしを襲う前にぶっ飛ばしておきなさいよ、ダルトン!)



 置いてきたくせに理不尽なことで憤るノヴァだったがそうも言っていられない。



 危機的状況。

 相手は三人。

 


 ノヴァがいまいるのは岩棚のような場所で、背後は切り立った崖。



(逃げるには走ってあいつらの脇をすり抜けないと――ダルトンたちのところに戻れば、安全)



 ノヴァはふっと素早く呼吸をして、悠長に構えている男たちの方へと駆け出した。



(きっとあたしの手の甲を傷つけたのは何かの武器。攻撃力の高い武器ならこんな傷だってつけられる。でもいま、こいつらは手ぶら。腰にぶら下げた剣はあるけど柄に手も伸ばさない。あたしのこと舐めてるのね)



 ノヴァは好機だと思った。

 油断しているすきに一気に逃げ切ればいい。

 少しくらい攻撃されたって、相手が素手なら防御力でカバーできる。



 そう、思った。



「おい、逃げるな」



 男の一人が言って、蹴りが飛んできた。



 腹に炸裂。



 モンスターに同じように腹部を攻撃された時には、一瞬でリカバリーして立ち上がり、勢いそのままに走り去ることができた。



 でも、今は違う。



 ノヴァはその場に蹲り、嘔吐した。



 息ができない。



(なんで? なんでなんでなんでなんで!? こいつらの攻撃力そんなに高いの?)



 ノヴァが必死に息を吸おうとしている隣で、男たちが嗤っている。



「ちゃんと防御力下がってんな。、言ったとおり仕事したらしいぜ」


「へえ、マジで効くんだ、あの薬。さすがだな」



(薬? 防御力を下げる、薬? こいつらの攻撃力が高いんじゃなくて、あたしの防御力が下がってたの? あたしいつの間にそんなもの……。とにかく、逃げないと)



 ノヴァは這っていこうとしたが、その背を男が思いきり踏みつける。



「うぐぅ!」


「逃げんなっつってんだろガキ。教育が必要みてえだな。ま、ここじゃなんだからよ、もっと良い場所行こうぜ」


「い、嫌! 離して! 離せ! ダルトン! ダル――」



 その瞬間、何かを後頭部に当てられて、激痛、ノヴァは意識を失った。

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