第5話 side メイドちゃん一号

 メイドちゃん一号は姿を隠してレイの話を聞きながら二号と共に唸っていた。



 何にかと言えばレイの手腕に。



 ネフィラ・スパイダーは確かにこの屋敷の地下牢にいたし(二号が壁をすり抜けて探したらいた)、ラビット族やシープ族のメイドが暴力を受けていると看破したのもさすがだったが、その後、ハーピィ家当主であるアエロとの会話も見事という他なかった。



 金で黙らせようとしてきたアエロの一手を断り、ネフィラの解放を約束させ、メイドたちへの暴力を糾弾。



 そのまま、ハーピィ家を取り潰すかに見えたが、レイはそこをぐっとこらえて、存続させた。



(ヴィラン家の力があれば一晩で更地に出来たでしょうが――腐っていてもハーピィ家は魔界における経済の要所ですからね。レイヴン様はそこをしっかりと解っていたのでしょう。取り潰すよりは生かして手中に収めた方がいいと言うことですね)



 それは最後にレイが行った、アリスへの友人関係の強調でも示唆されている。



 友人として生かしてやるが、友人として監視する。


 

(さすが我が君のご子息。突然ハーピィ家との社交を受けると言い始めた時は何を血迷ったかと愚考してしまいましたが……。能ある鷹は爪を隠すとはまさにこのこと)



 そんなわけないが、メイドちゃんたちはそうだと完全に信じ切っている。



 その後、彼女たちはレイに付き添ってハーピィ家を後にしたが、その際、二号だけがレイについていき、思うところがあって一号は姿を消してすぐに応接室に戻った。



 案の定、当主アエロは怒りに震えていた。



「私の計画が全て瓦解してしまった原因はどこにあるのでしょうね。誰が情報を漏らしたのでしょうね」



 アエロは最初は娘たちを睨んだが、すぐにその視線をメイドたちに移してずかずかと近づくと、足の悪いシープ族のメイドの胸ぐらをつかみ、そのまま全員にむかって言った。



「ヴィラン家の方が私たちの家に注意を向けたのは何か理由があってのことです。誰かが告げ口をしたのでしょう。【女王】の取り決めに反したとでも言って。さてそれは誰なのでしょうね?」



 あるはずもない言いがかりにメイドたちは怯えているが、アエロは気にした様子もなく、胸ぐらを掴んでいたシープ族のメイドを片腕でそのままぐいと持ち上げた。



 その細腕からは考えられないほどの力。



 シープ族のメイドは床から足を離してばたつかせる。



 そこへ、ラビット族のメイドが駆け寄って、スカートのポケットから何かを取り出した。



「お止めください! 主人様は私たちに暴力を振るわないと約束したはずです。レイヴン様がそれを保証してくださいました」


 

 そう言いながら、兎人メイドはハンカチを突きつける。

 ヴィラン家の紋章が入った良質な生地のそれを見てメイドちゃん一号は唸った。



(レイヴン様がメイドに手渡していたのはこのためですか。アエロ様のその後の行動までお見通しというわけですね)



 が、しかし、アエロは汚いものでも見るようにそのハンカチを睨むと、空いている手で思い切り叩き落としてしまった。



 ラビット族のメイドの手からひらひらと紋章のついたハンカチが落ちる。



がなんだと言うのですか! お前たちは私の所有物で――」






「あ? いまなんつったてめえ」






 獣人メイドたちの顔が蒼白になる。



 アエロがシープ族のメイドから手を離して、その場にガクンと膝をつく。



 あたりに強大な魔力が満ちあふれて、その全てが鋭利に尖っているかのように、アエロの喉元に突きつけられているかのように、冷酷な色を伴っている。



 メイドちゃん一号は姿を現して、その魔力を身に纏い、当主アエロを見下ろした。



 見下した。



 一号の背には魔力によって作られた真っ黒な翼が広がって、青白かった肌まで黒に染められて、胸元に浮かぶ三日月のような模様と、目玉だけが異様に赤く光り輝いて見える。



「そんなもの? そんなものっつっただろてめえ。レイヴン様が差し出した、ヴィラン家の紋章のある布だろうが。レイヴン様との約束を反故にするだけじゃ飽き足らず、ヴィラン家への、我が君への侮辱までするってんだな? な、そうだよな?」


「…………」



 アエロは額から脂汗を流して、喉元をヒクヒク動かして何か謝罪の言葉を吐き出そうとしているようだけれど、一号の魔力に阻まれて身動きがとれない。



「おい、何とか言えよ。、早く」



 その言葉を聞いた瞬間、アエロは明らかに動揺し、何かを確認するようにじっと一号を見上げた――ようやくその口が開いて言葉が漏れる。



「まさか……あなたは……ル――」


「おい、てめえ、なに罪を重ねようとしてんだ? 私の名前は『メイドちゃん一号』だ。それ以外の名前は捨てたんだよ。もしその名を呼んでみろ。お前は今までの生活を感謝することになる」


「……解りました」



 アエロはレイヴンの前にいたときよりもさらに恐怖して、怒りではない震えを抑えるように口元に手を強く押し当てた。



(ふう、取り乱しちまった――いえ、取り乱してしまいました。まだ知ってる方がいたとは。気をつけなければ)



 まるで敬語であることが自分を保つ方法であるかのようにそう考えて、メイドちゃん一号は、噴出させていた魔力を抑えて背に伸びていた翼を消滅させると、いつもの口調に戻って言った。



「では! レイヴン様とのお約束をお忘れなきよう!」


「……はい」



 アエロが完全にうなだれると、ラビット族が落ちたハンカチを手に取って、恐る恐る一号に差し出した。



「これ……お返しします」


「いえ、お持ちください。後でメイドの皆さんにも一枚ずつ差し上げます。そして。ヴィラン家にお越しくだされば、お客様として丁重におもてなしいたします」



 それがレイの深意だと一号は思っていた。



 ただの布きれ一枚。



 魔法どころか針の一本ですら突き通してしまうその脆弱な『盾』で、メイドたちを守る。



 その脆い盾はすでに権利という名の最強の盾。



(アリス様を友人にして監視とするのと同じく、こうしておけば『メイドたちが常にハーピィ家を監視する』という役目を果たせますし。それがレイヴン様の深意でしょう)



「もう、怖がらなくていいのですよ」



 一号が言うとラビット族のメイドはハンカチを胸に押し抱くようにして目に涙を浮かべて頷いた。



「さて、では、ネフィラ様をお迎えに行きましょう! 案内をよろしくお願いします!」



 一号が言うと、完全に従うことを決めたように、従順に、アエロは地下牢へと一号を促した。


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