第3話 異世界の言語
ああ、俺はあの変な熊に頭を飛ばされて死んだんだ。
首のあたりにぐにゃぐにゃした感覚がある。死んだと分かった今も恐怖が続いていた。
……
……いや、死んでないかもしれない。
下の方から自分の鼓動を感じて、それに集中していると手の感覚を思い出してきた。
ゆっくりと目を開く。
この森で目覚めたときと一緒だ。
まだ空は青かった。それほど時間は経っていないようだ。さっきの熊は幻覚だったのか?
俺は首に手を添えながら、もぞもぞと起き上がると、生臭い匂いが漂ってくる。
どうやら死体の件は幻覚では無かったようだ……。
俺は覚悟を決めて立ち上がることにした。
小屋に向けて数歩進むと、後ろに気配を感じて、俺は立ち止まる。
とても嫌な予感がした。
俺は振り返った。
そこにはさっき俺を殺した熊が居たのだ。
さっきの首が落ちたような視点の移動も、多分幻覚とかじゃない。何故無事なのかは分からないが。
今度こそ終わりだ。
終わりを確信した時、色々な記憶が頭に流れた。これが走馬灯か。
ふとある事を思い出した。
よく覚えていないけど、幼い頃、いやもっと前の記憶だ。
俺じゃない他の誰かに脳を支配されているみたいだった。
「グオオオオ!!」
「ひっ」
熊は俺を威嚇するように咆哮した。
怖い。漏らしてしまいそうだ。
俺は腰が抜けそうだったが、急いで小屋に走った。熊は直ぐには追いかけて来なかったので、何とか小屋に入ることが出来た。
熊は俺が小屋に入ったのは見ていなかったみたいで、小屋の周りをウロウロしているのがカーテン越しに見えた。
小屋に入ると、また体が熱い。
風邪なのだろうか。それとも興奮して体温が上がり過ぎたとかそういうのなのだろうか。
「はぁっ、ひっ、はぁっ」
息を潜めたいのに、恐怖で過呼吸が抑えられない。
「うぐぅぅ」
仕方なく俺は自分の手を口に突っ込んだ。
何とか過呼吸の音は弱める事が出来たのだが、これもいつまで保つかは分からない。
しばらく息を潜めていたが、遂に熊が扉を壊しに掛かった。
「ひいっ、く、来るな!」
熊が扉を完全に壊してしまって、中に入って来た。
「あ、あああ!!」
恐怖で必死になっていると何かが溢れる感覚が体中を駆け巡った。
しまった。漏らしてしまっただろうか。
俺の死体はオシッコ臭くなってしまうのだろうか、とどうでも良い事を考えていると、熊の方はあっさり倒れてしまった。
しかも泡まで吐いてしまっている。
「え??」
意味が分からない。手足が震えて立つこともままならないが、俺はとりあえず漏らしていないかの確認をした。
「あれ、どっちも漏らして無い….?」
今の状態からどうすれば良いか分からなくなって、なんとなくで刃物を探す事にした。
熊に背を向けるのは怖くて、数秒おきに振り返り、ゆっくり部屋の奥に向かった。
部屋の奥には比較的しっかりした造りの箪笥がある。
開けてみると、鞘に入った短剣があった。
しかし、その短剣は錆びて宝石も付いていて、高そうな物だ。骨董品だろうか。
そういえば遺体達が着ていた服も明らかに現代日本のものでは無い。もしかしてここは日本では無いかもしれない。
だが、今それについて考えるのは辞めておこう。とりあえず今は、あの奇妙な熊をどうにかすべきだ。
箪笥以外にも探せそうな場所は物色したが、あの熊とまともに戦えそうなのはこの短剣と遺体が持っている折れた剣だけだ。
死体から拝借するの気が引ける。
仕方ない、俺が短剣を手に取ると付いている宝石が光った。
「うおっ、なんだ?!」
びっくりして落としてしまったが、光の加減でそう見えたのだろうか?
熊は未だ倒れたままで、注意深く観察しても呼吸をしている様子はない。
死んでいるのか? 小骨か何かつっかえてしまったのか。
動き出さないか心配だったが、よく確認すると既に死んでいたようだ。心拍音も無い。
だが死体が綺麗なので、まだ蘇生する可能性もある。
俺は熊に大きな家具を倒して、心臓がありそうな位置に剣を突き刺したあと、次の行動について考えた。
この小屋にはアンテナは無かったし、受信機の気配は無い。
俺は短剣だけ元の場所に戻して、さっき見えた街に向かう事にした。
俺はまず遺体達に手を合わせ、外に出る事にした。
「お借りした物は綺麗に拭って戻しておきます」
そう唱えて俺は立ち上がった。
「ゔ……ぁぁ」
「ひゃあ!」
し、死体が喋った!!
なんで?! この人お腹に穴空いてるのに!
俺は腰が抜けた。甲高い声も出た。
床にぶつけた尻が痛い。
今日はやけに尻をどこかにぶつける。
尻を痛がっていると、死体は再度話し始めた。
「※※※、※※……」
え? なんて言ってるんだ?
俺では全く理解できない言語だ。今まで聞いたどの言語にも聞こえない。
俺がまごついていると、彼は必死に何かを伝えようと声を張り上げ始めた。
「※※※※……! ※※※…………」
「ご、ごめんなさい、何を言ってるか……」
申し訳なく思って手だけでも握ってやろうと彼に触れる。
すると、脳に電流が走ったように感じた。そうだ、これは重要な事を思い出したときの感覚だ。
「※※してくれ……小屋の近くのカエデに埋めてく、れ……」
脳に電流が流れた後、流れてきた大量の情報によって脳が混乱したが、彼の言葉が分かるようになった。
彼は 『カエデの近くに埋めてくれ、持っている物を一人一個づつで良いから近くの街に運んでくれ』 と言っている。
さっきは、熊の角と額の魔石を取れと言っていたのか。
話している内容は理解出来るのだが、頭に流れてくる言語の理想的な話し方より、彼の話し方はかなり癖が強いように感じた。
そして分かった事がある。ここは日本では無い。そもそも地球ですら無いのだ。
何故かは分からないが、そうだと思った。
俺は宇宙に一人置いて行かれた宇宙飛行士のように、とてつもない孤独感に襲われる。
……
……彼を送った後、何時間かかけて全員を埋めて、遺品も回収した。
さっきの短剣で、熊から角と額の魔石? を取った。
こんな物、何に使うんだろうか。
とにかく今は手が血と土で凄惨な事になっているので、どこかで綺麗にしたい。
「お風呂入りたいなぁ」
手を合わせて全員を送ると、俺は水の音がする方向に歩いた。幸いさっきみた街のような場所と同じ方向だ。
水場があるなら水鏡で自分の容姿も確認しよう。
……
しばらく歩いて川を発見した。小さい川なので向こう側にも渡れそうだ。
流れが緩やかな場所で早速手を洗い、俺はふと水面に自分が映るのに気づいた。
ふふふ……水面が揺れて見えにくいが、おそらくそこには銀髪の美青年が映ることだろう。
水から手を出して自分の長い前髪を上げていると、凪いだ水面が落ち着いて自分の姿がはっきり映った。
「なんか、白内障のおじいちゃんみたい……」
そこに映ったのは、銀髪の美青年……
ではなく、疲れ果てた顔のせいで白髪を生え散らかした白内障の老人みたいだった。
しかもなぜかアホ毛の先端だけ色が変わらず黒っぽくて、コンプレックスであるアホ毛を強調するみたいになってしまっている。
いや、ちゃんと見れば若々しい容姿の銀髪美男子のはずなんだ。
きっと疲れた顔だからそう見えるんだ。
というか目まで、しかも瞳孔まで銀にする必要はあったのだろうか。
まあ、目に変化があったことはだいたい予想はついていたが。
ていうか瞳孔が銀色って大丈夫なのだろうか……?
だが、悪い事だけでは無い。今はまだ明るい時間帯だが、何となく夜目が利くような気がするのだ。
それに原理は分からないが、太陽を見ても目が潰れる気配が無い。
普通は銀だと光を集めて虫眼鏡みたいになんちゃらかんちゃらして失明しそうなものだが、さっきはなぜか平気だった。ならきっと大丈夫なんだろう。
それより、もうすぐ夕暮れだ。暗くなる前に街に行くべきだ。
手を洗って、ちょっとだけ水を飲んだら川を渡った。
喉がカラカラで川の水を少し飲んでしまったが、病気とかは大丈夫だろうか。
あとになって不安になるのだった。
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