正義

 ずぶ濡れで岩屋に帰ってきた金太に、観童丸は大事なことを伝えた。

 観童丸がたたら場の男に聞いた、まあ噂でしかないんだけどね。つまり、環雷が狂った理由だ。熊のはらわたを欲しがったかりそめの狩人が、放った下手くそな矢の話だ。


 岩屋に帰ってきた時、金太は気が高ぶっていたのか獣みたいな目をしてたけど、その話を聞いて目の光がどんどん失われていった。無理もないことだ。

 岩屋の入り口に呆然と立ち尽くす金太の手には、わたしも観童丸も見たことのない道具が握られてた。観童丸がそれをよくよく見てまさかりだと気づき、ぎょっとする。

「金太。それは?」

「……ああ。いつも使ってたまさかりをな、佐吉っつあんと一緒に鍛え直したんだ」

 金太から片手で手渡され、同じように片手で持とうとして、観童丸は危うくそれを取り落としそうになった。

 重いんだ。とても観童丸が片手で扱える目方じゃなかった。観童丸は慌てて両手で抱きかかえるようにして持った。

「あにい、危ねえぞ。前よりもすごく切れるようになってる」

「金太……おまえ」観童丸はそのまさかりをつくづく見入った。

 妙な形だった。刃がずいぶん長い。前のまさかりの倍ほどの面になってた。厚みも倍ほどの、鋼の塊だった。

「まるで鉄のまないただな」

「前のまさかりに、蕩けた鉄の板を何重にも巻いて大きくしたんだ」

「で……その鉄の俎で割るつもりだね。あの環雷の頭を」

 わたしは、努めてゆっくりと金太に言った。金太は、のろのろとした動作で観童丸から俎を受け取った。

「金太。忘れちゃいけないよ。森の中に生きていようが、わたし達は人間だ。人間には人間の習いというもんがある。……いつかはおまえ達もここを出て里で暮らすんだ」

 わたしがそんな偉そうなことを言える人間じゃないことは、誰よりもわたしが知ってるよ。山の穴ぐらにこの子らを閉じ込めたのは誰でもない、わたしなんだからね。……でも、だからこそ、息子には言っておきたかったんだ。人としてこんなに大事なことを話してやれることなんてめったにないからね。

「でもおかあ。環雷は悪くねえんだ。悪いのは人間だ」

「おまえもその一人だよ」

 わたしは金太から目を逸らさなかった。先に逸らしたのは金太の方だった。

 見かねて、観童丸がぽつりと言った。

「……山狩りはもう始まってる。金太、可哀そうだけど環雷は村の男衆に任せよう。……さ、濡れっぱなしじゃ風邪ひいちまうぞ」

 うなだれてる金太の肩を観童丸がぽんぽん、と叩いた。

 金太は足元を力なく睨んだままだった。


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