第24話 手加減
噂話というのは、思春期の少年少女たちにとって最大の娯楽だ。こと、それが恋愛話ともなると、広まる速度は光の如く。
やれ誰が誰に告白しただの、誰と誰が付き合ってるだの、そう言った話は前世の高校生活でもよく耳にしていた。
世界が変われど、それは変わらない。
いくらエリート魔法学園と言えど、その実態は子供達を一所に集めたモラトリウム。
案の定と言うべきか、俺とレオナルドの決闘話は、翌日には既に広まっていた。
「聞いたぜガルム。ルナーリア嬢を賭けてフリーデン先輩と決闘だって?」
「耳が早いなオスカー。昨日話を持ちかけられたばっかだぞ」
「先輩と教師が話してるのを聞いてる子がいてさ」
まあ、噂の出所はそんなもんだろう。こういうのは止めようと思って止めれるもんでもないからな。
さて、教室にて朝のホームルームまでの時間。登校する間にもそこかしこで話してる生徒たちは見受けられたが、幸いにと言うべきか。レオナルドの方はまだしも、俺の方は学園内で顔を知られているわけでもない。
もちろんクラスメイトたちは別として、殊更に注目されるようなこともなかった。
「にしても、なんだってそんなことになってんだよ?」
「あー、話せば長くなるんだが……」
「フリーデン先輩がルナーリアさんの婚約者を名乗って、嫌がるルナーリアさんを庇ってガルムが立ち上がったんだよね!」
オスカーに昨日のことを説明しようとしたら、元気な声が割って入った。
振り向けば、兎獣人のクラスメイト、エルが。どうやらドロシーから話を聞いたらしく、チラと視線をやった先でぺこぺこ頭を下げてくる弱気な公爵令嬢。
「全く、呆れますわね。フリーデン先輩はA級ソロの冒険者資格を持ってる、学園最強の実力者ですのよ?」
エルについて来た子爵令嬢のフレンダが、言葉通りに心底呆れた様子でため息を吐いた。
そんなフレンダの実家、ファンテーヌ子爵家は建国以来の古い貴族だ。子爵と階級自体は低いが、彼女の父は外交関係でそれなりの役職についていたはず。
「丁度いいな。フレンダ、レオナルド先輩の実家について、なんか知ってるか?」
「あら、フリーデン家は有名ではありませんか。連合国の第二席を知らないとは言わせませんわよ?」
「それくらいなら知ってるけどさ」
ふむ、と考える素振り。言外の意図に気づいてくれたようだ。
言葉にこそしないが、フレンダも、恐らくオスカーも、貴族の一員として今回の話に違和感くらいは持っているはず。
なにせS級六位が帝国国民となったのは、誰もが知っている。そのニュースからそう間を上げずに婚約話が出て来ていたのだ。
そこらで噂話に花を咲かせている者たちは、レオナルドとルナーリアの婚約までは知らないだろう。ただ、俺とレオナルドがルナーリアを賭けて決闘する、というだけ。別にそれだけなら、婚約にまで話は飛躍しない。
しかしドロシーから話を直接聞いたフレンダと、今この場で聞いたオスカーは別。
連合国の第二席フリーデン家は、他国で言うところの王族かそれに類するほど高位の家だ。そのフリーデン家とS級六位の婚約ともなれば、国が動かなければおかしい。
平民のエルは頭を傾げている。その拍子に長い耳が揺れた。あれ、触らせてくれって言ったらセクハラになるかな。
「フリーデン家は連合国の前身となったメルバ王国の公爵家でしたわ。百五十三年前、連合国建国に際して起きたソルシェール戦役において、当時の王家を排して連合に加わったと言われております」
その話は俺も知っている。子供たちが歴史の授業でも習うような話だ。
元は小国の同盟に過ぎなかったソルシェール連合国だが、今から百五十三年前、同盟国のうちの三国がその他の同盟国に対して宣戦布告。その三国のうちの一つがメルバ王国だ。
フリーデン家はメルバ王国の諜報を一手に担っていたといい、開戦以前から王国に見切りをつけて同盟と内通。いざ開戦すると、即座に王国を裏切り多くの貴族を味方につけて連合側に合流。当時の王家は大きく力を削がれ、内側から崩壊することとなった。
「そのような経緯で第二席、それも連合国建国当時からですので、色々も黒い噂も絶えませんの。おそらくその大半が、根も葉もないものではあるのでしょうが……」
「根も葉も、なんならぶっとい幹までしっかりついてるやつも混じってる、ってことか」
まあ、高位貴族にはありがちな話だ。帝国貴族にだって、裏社会の連中と付き合いのある奴らはいる。これといった問題を起こしてないから取り沙汰されないだけで、そういうのはどこにでもある話なのだ。
「……一度、実家で話を聞いてみようと思いますわ」
「いいのか?」
「ええ。ルナーリア嬢とあなたには、校外学習の際に手助けしていただいた恩がありますもの」
「俺も、ちょい情報を集めてみるよ」
「悪いなフレンダ、オスカー。二人とも頼む」
「よろしくてよ。帝国市民を守るのは、貴族の務めですもの」
「友人のためだからな、任せとけ」
これ以上はここで話すべきでもないと判断したのか、フレンダは自分の席へ戻っていく。やはり持つべきものは貴族の友人だな。俺自身も伯爵だが、宮廷政治とか外交とか縁遠いから、めっちゃ助かる。
軍人としては、せめて外交には興味持たないとダメなんだろうけど。
「あたしもあたしも! なにか助けになれることがあったら、遠慮なく言ってね!」
「おう、エルもその時は頼むな」
つい頭に手が伸びそうになって、すんでのところでなんとか止める。危ない危ない、エルはちょい幼く見えるから、小さい子供にするみたいに頭を撫でそうになった。マジでセクハラ扱いされても文句言えねえよ。
◆
決闘は四日後の土曜の午後からと、グロウマンに呼び出されて教えられた。
せっかくの休日に仕事が入ってしまった気分だ。休日出勤撲滅活動にそろそろ本腰入れたほうがいいのかもしれないけれど、それよりもやる事は多々ある。
情報収集は大切だ。レオナルド個人に関するものから、フリーデン家やソルシェール連合国の近況。エルフ女王国の動きまで。
フレンダは放課後になると早速帝都のファンテーヌ邸へ向かってくれ、オスカーも学内での情報収集を請け負ってくれた。
そちらの情報が集まるまで俺のやることといえば、一つしかあるまい。
「ここまで余裕かつ鮮やかに撃ち落とされると、すこし自信無くすわね」
「どこをっ、どう見てッ! 言ってんだ!!」
帝都郊外の森、だった場所。未だにルナーリアの神域魔法によって銀世界へと変貌を遂げたままのそこで。
俺はひたすら、彼女が撃ち出す氷の武具と相対していた。
剣を弾丸で撃ち落とし、槍を短剣で弾き返す。死角となる地面スレスレから襲って来た高速回転する斧は思いっきり踏みつけ砕き、次いで頭の真上から落ちてくる大剣はサマーソルトで蹴り落とす。
氷に覆われた岩に腰を下ろすルナーリアに対して、俺は早々に息を荒げている。鮮やかかどうかは知らんが、余裕なんてひとつもありはしない。
「手加減の練習なんて馬鹿らしいことにS級を使うなんて、世界中探してもあなたくらいじゃないかしら?」
「語弊がある言い方ァ!」
まるで、達人がその手に持っているかのように錯覚する双剣の動きを、固有魔法を発動させて置き去りにする。短剣の一閃で二振りの剣を真っ二つ。
今のルナーリアは、A級ソロ相当の力加減で魔法を使ってくれている。それに対して俺は、ギリギリ勝てるくらいの力加減を模索していると言うわけだ。
手加減の練習ではない。断じて違う。周りから見たらなんと言われようが、違うといったら違うのだ。
「もう少しギアを上げてもいいと思うけれど」
言いながら作り出すのは、氷の人形。大体レオナルドと似たような体躯のそいつは、無手で突っ込んでくる。繰り出される拳は最高レベルの体術を会得したそれ。
カウンターに土手っ腹へ蹴りをぶち込めば、氷人形は一発で粉々になった。
「やりすぎね。決闘でそれしたら、愉快なオブジェの出来上がりよ」
「ギア上げろって言ったのルナーリアだろ、ってちょい待ち少し休憩をだな」
「やだ」
おいなんだそれ、やだってなんだ可愛いかよおい。
とか言ってる場合ではなくて、今度は同じ人形がズラッと五十体ほど出来上がり。おまけに、俺を囲むように現れる大量の武具。
さてはルナーリアさん、A級相当に手加減してるとは言え、自慢の魔法がさっきから砕かれてばかりでちょっと拗ねてらっしゃる?
可愛いけど、可愛いけども! 言葉と表情に対してやってることえげつないんすよ!
「
「そっち使っちゃうの? さすがにそれはやりすぎじゃないかしら?」
「今この時に限って言えば全くそんなことはないんだよ!
口早に文句と詠唱を紡いで、迫り来る氷の相手をする。撃ち落とした武具を手に即席の武器として、人形をひたすら斬りふせる。無数の可能性から引き寄せた俺が、無数の氷の武具を手に取るが……斧とかハンマーとかまともに使ったことないぞ! なにこれ、ルナーリアさんこんな武器まで使えるの⁉︎
「も、もう無理……」
「お疲れ様。三十点と言ったところかしら」
「五十点満点中……?」
「百点満点に決まってるでしょう」
大の字で寝転がった俺へと歩み寄って来たルナーリアが、こちらを見下ろしながら辛口の評価を下す。スカートの中見えそうですよ。
必死に視線を制して立ち上がり、辛口評価の内訳を聞いた。
「量子展開使った時点でA級の枠ははみ出てるわよ」
「じゃあどうやってあれを切り抜けろと……」
「身体能力はA級並みに抑えてたみたいだけれど、そもそも普通のA級は一人であの物量を相手にできないわ」
「大前提から否定するのやめてもらえます?」
じゃあなんで人形出して来たんだよ。練習にならないでしょうが。
「あの男の固有魔法は私と似たような感じなのでしょう?」
「武器を作り出すってところはな。たしか、血液の操作だったか」
自信の表れなのかなんなのか。レオナルドは自分の固有魔法を公表している。
二つ名つきのS級なら話は別だが、固有魔法なんて基本は隠すもんだ。なにせそいつを公表するのは、自信の手の内を敵に晒すのと同じ。相当信頼してる仲間じゃなければ、固有魔法がどんなものなのか、なんてのは教えない。
レオナルドの固有魔法は、血液の操作。それも、魔力を血液に変換できるためにルナーリアのように武具を作り出しての遠隔操作を得意としているらしい。
最もヤバいのは、触れてる相手の血流すら操れると言う点だが、決闘で命に関わるような魔法は使ってこないだろう。
「だったら、私の武器を勝手に使っていたのも減点対象よ。私のは氷、個体だからその場に残るけれど、液体だったら?」
「うす、そうっすね……」
うーん、これは三十点が妥当ですねぇ。文句なしの赤点です。
「それで、あなたはどう思ってるの?」
「なにが」
「フリーデンが決闘を申し込んできたことよ。彼はガルムの正体に気づいてたんでしょう? だったら勝てるなんて思わないはずじゃないかしら」
「まあなぁ……」
自惚れでもなんでもなく、いくらA級ソロの実力者とはいえど、俺が学生に負けるなんてまずあり得ない。
いや、学生じゃなくとも、A級の最上位のやつが相手だろうと。もっと言えば、同じS級が相手でも勝てることは、目の前のルナーリアで証明済みだ。
レオナルドのやつも、S級ソロの冒険者がどのような存在なのか、分かってないはずがない。
なにせソルシェール連合国は、冒険者の活動がとても活発な国だ。たしか、以前も話した四位の《狙撃手》が今は連合国にいたはず。
S級の実力はよく分かってるだろう。
「俺が実力を出さない確信があるんじゃないのか?」
「それにしたって博打の要素が強いわ。現にあなたは今、こうやって手加減の練習をしてるのだし」
「だから言い方……いやもういいけどさ」
普通、それなりの自信がなければ決闘を申し込んだりしないはずだ。逆上して感情のままに、なんてパターンもあるだろうけれど、昨日のレオナルドはムカつくくらいに冷静。あの手の奴は策謀を張り巡らせて、戦う前から勝負を決めてることがある。
「となると、決闘に持ち込むこと自体が目的、って線もあるか」
「なんのために?」
「そこまではなんとも。情報が少ないからな、フレンダとオスカーに期待しておこう」
「軍や宮廷の方からなにもなかったの?」
「エルフ女王国とクリフォトの方を探ってくれてる。そっちで手一杯だ」
なんにせよ、ある程度情報が集まってからでないと考察も出来ない。少なくとも明日までは待たなければ。
「ここに来る前、ギルドに立ち寄って来たのだけれど」
思案顔のルナーリアとは、ここで現地集合だった。学園から二人で来たわけではなく、ちょっとしたデート気分を味わおうと思っていた俺を落胆させたものだが、それはどうでもよくて。
なるほど、ギルドに寄るから現地集合だったわけか。
まあ、学園内の噂もあるしな。あまり一緒に行動しているとその噂に油を注ぐだけだから、その意味でも別行動の現地集合は理に適っていたわけだが。
「何人か、余所者を見たわ」
「どこから?」
「ソルシェール連合国。本人たちは商人の護衛依頼って言ってたけれど」
ふむ、連合からの護衛依頼で、そちらの冒険者が流れてくる、か。
帝国と連合の間には、大陸間列車が走っている。大きな商会だとそちらを使うのが主な移動手段になるが、小さなところだと未だに車か、あるいは馬車での移動を行うのも珍しくはない。そうなると道中の護衛として冒険者も雇うのだが。
「ランクは?」
「B級パーティね。メンバーは四人、ソロだとC級並みが三人に、A級がひとりってところかしら。まだ後から何組か来るとも言ってたわ」
きな臭いな。冒険者が護衛依頼で国を跨ぐのはよくあることだが、連合国からそれなりの数の商人が、それも列車を使わずに来るとは。
商会にもギルドはあるから、目的地が同じならギルドからいくらか割引の効いた列車の乗車券を融通させて、まとめて送るはずなのだが。
「積荷に関しては分からねえよな」
「商人の護衛依頼は基本的に、そこの詮索をしないのが鉄則だもの。仮に聞いていたとしても、他人には教えないわ」
冒険者も商人も、信頼が大切だ。依頼者を裏切るような真似はしない。
「どこまでクリフォトが関わってると思う?」
「なんとも言えないわよ。師匠曰く、クリフォトは五大国家にも根付いているのでしょう? 私が話の中心に来たのなら、間違いなくどこかで噛んでるとは思うけれど」
忌々しげに吐き出された言葉はため息と共に。おまけに舌打ちも一つ。
クリフォトから狙われてるルナーリアの婚約話に、そのお相手の連合国から謎の商人護衛依頼。クリフォトは連合国にも潜んでいて、しかもルナーリアの婚約はエルフ女王国から持ち出された話。
しかもエルフ女王国には、かつて魔物の力を取り込む研究をしていたやつがいた。こいつは間違いなく、先日の校外学習で襲って来たあのエルフだろう。ルナーリアはマジで覚えてなさそうだったけど。
「ところで、手加減の練習はもうおしまいかしら? 私はまだいけるわよ」
「いやもういいだろ、大体分かったし」
「まあそう言わずに。ほら、やるわよ」
「いい笑顔なことで……」
滅多に見ない可愛らしい笑顔で、氷の武具と人形が形作られていく。長い耳がピコピコ動いていて、どうやらそれなりにテンションが高いご様子。
合法的に俺を追い詰められるからって、可愛いこって。やってることは全く可愛くないけど。
「さっきよりも数は絞ってあげる。私の武器を使うのはなしよ、量子展開もダメ」
「縛りが多いなぁ」
人差し指で小さくバツを作られて、本当に楽しそうに微笑むルナーリアに一瞬見惚れてしまう。
「っぶねぇ!」
「なにやってるのよ」
「開始の合図くらいしてくれ!」
目の前まで迫っていた氷剣をギリギリで躱し、短剣とハンドガンを抜く。
こうなったら、お姫様が満足するまで付き合ってあげますか。
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