第49話 景品は競技で勝ち取れよな。

 体育祭の準備騒ぎから数日後。


「テントは倒した状態で並べておいて」

「「「「分かりました」」」」

「先にブルーシートを敷いておいてね」

「「うぃーっす!」」

「得点表の位置はここでいいか?」

「お、重い・・・早く、してくれ・・・」

「もう少し右、いや、左。いや、右で」

「「どっちだよ!?」」


 翌日の本番に向けての準備が開始された。

 体育の授業では各々に体育祭の練習を行っていたが、何処のクラスもそれなりに取り組む生徒が多かった。これも対抗リレーで景品が出ると知ったからだと思う。

 一方、俺達生徒会執行部の面々は、


あき君、予定表が出来上がったよ」

「分かった。こちらも終わるから少し待ってくれ」

「はーい!」

「印刷も完了ね。一枚一枚、折っていきましょうか」

「これを三人で折る。これはこれで重労働ですよね」

「仕方ないわ。力仕事は彼等に任せているのだし」

「それはそうですけど」


 生徒会室で事務仕事に精を出していた。俺も男子だから外仕事を手伝う必要があるのだが、こちらはこちらで大変なので仕方がないのだ。


「食券代金の振り込み完了っと」

「ご苦労様」

「あちらが確認すれば即発行ですね」

「一応、振り込まれる前提で動いてくれているみたいだけどね」

「そうなんですか?」

「今回は発行される枚数が枚数だからね」

「「なるほど」」


 当日に配る予定表の印刷と折り込み。景品の再確認と目録作り。

 来賓や怪我人対応のすり合わせ等も行わないといけないからな。

 しばらくすると副会長と市河いちかわさんが学食から食券を受け取ってきた。


「こちらが受け取ってきた人数分の食券束です」

「結構な枚数があるよな。全部で千枚以上か?」

「一人九十枚、十二人分の食券だもの」

「一応、日付の印字はあるんだな。使った事がないから知らなかったが」

「印字していないと使えないからね。この日付が偽造防止でもあるみたい」

「そうなのか」


 一人頭、九十枚の紙束を輪ゴムで纏めた状態で持ち帰ってきた。

 これは金券と同じ扱いなので受け取ったが最後、管理は生徒会に一任されるのだ。

 翌日の放課後まで管理して優勝者に委ねる手筈だが。


「そうなると倉庫の鍵を交換していて正解だったか。お陰で紛失せずに済むからな」


 流石に窃盗に入るバカは居ないと思うが、


「そうかもね。どうも校内のマスターキーも複製されているみたいだから」


 警戒心のまま申請していて正解だったな。


「ロッカーだけでは飽き足らず、そこまでするか?」

「校内には犯罪者しか居ないのかな?」

「予備軍の生徒は居るでしょうけどね」

「彼の舎弟とか舎弟とか舎弟とか?」

「舎弟だけじゃないですか。会長?」


 おそらくそういった経緯があったから交換の許可も下りたのだろう。

 部分的に鍵交換している場所もあったりするそうだから。

 主に大金を扱う事務局とか購買部。学食の一部の鍵は交換済みだったりする。


「これも補填が叶ったから出来た事でもあるよね」

「そうだな。顧問と会長には足を向けて寝られないぞ」

「私からすれば凪倉なくら君も立役者なのだが?」

「そうそう。あき君の交渉も含まれるよ?」

「俺なんてまだまだだ。契約書を用意しただけだし」

「普通は契約書の用意すら出来ないのですが?」

「これも弁護士の伝手があるから出来る事よね」


 伝手がなかったら出来なかった事ではあるか。


(あの飲兵衛もたまには役に立つ、かもな)


 それと例の保護者説明会も間で実施し、使い込みがあった事を正直に語った。

 下手に誤魔化すとツッコミが入るので謝罪しつつ会長が補填する事を伝えるとそれだけで同意が得られた。これも公立高に有名な社長令嬢が通っているからだと思うがな。頭脳明晰で容姿端麗、保護者の覚えもよく、実家は有名企業でもある。

 これが会長以外だとこうはならなかっただろう。


(そう考えると普段の心証が重要に思えるよな)


 最近の俺も普段の態度を少しだけ軟化させている。

 さきも一部の生徒に対しては塩のままだが、昨年からすると大きく変化している事が分かる。塩対応の相手が俺から文系の男子生徒に置き換わっただけだが。


「次は枚数を数えて倉庫に保管ですね」

「目録も認めないとな。誰が優勝するか知らないが」

「もし、それが私達ならどうする?」

「俺なら部活動組に差し上げるわ」

「弁当組にとっては不要だものね」

「私達にとっては必要な物ですが」

「でも弁当が用意出来ない日もありそうですが? どのようにしていたので?」

「そうだな。作り置きが無い日は・・・これで我慢していたな」


 俺はそう言いつつ鞄から一本の茶色い瓶を取り出して示した。


「あちらで開発した栄養ドリンクだよ」

「「「ドリンク?」」」


 会長達はきょとんと茶色い瓶をみつめる。

 さきは知っているから視線をそらした。


「見た目はただの栄養ドリンクだが、これ一本で半日のカロリーが得られる優れものなんだ。飲むだけで満腹感が得られるうえに消化も早い。血液中の老廃物や脂肪分も主成分が取り込んで、エネルギー源に置き換わるからダイエットにも効果的だな」

「そ、それなんて・・・夢みたいな飲料水では?」

「それこそダイエット飲料じゃないの!」

「し、市販は、市販は何時なんですか?」


 おぅ。さき以外の食いつきがハンパねぇ・・・。


「よ、予定では来年の春、だな」

「「「絶対に買う!」」」

あき君・・・」

「すまん」


 話の流れで表沙汰にしてしまいジト目を向けられてしまった。

 現状、これらの製造から流通は飲兵衛と白木しらき家に一任しており、国の認可も先日出たばかりだ。俺が持っていたのは試供品の一つでバナナ味だった。

 これはお試しとしてさきのお父さんから手渡されていた品物である。


「ところで味見とか出来ないの?」

「「気になります!」」

「ど、どうする?」

「仕方ないんじゃない」


 とりあえず、さきの許可が下りたので手持ちの三本を会長達に手渡した。

 瓶は回収するので中身だけ飲み干してもらった。


「「ん〜! 美味しい!」」

「あと、なんだか満足感もあるね?」

「ですね。今日も一日頑張れる的な」

「飲んだ直後なのに身体が火照って」


 市河いちかわさんはお酒を飲んだみたいに真っ赤だな。

 酒精なんて入っていないのに。おそらく体質的に合う合わないがあるかも。

 もしかすると、この前提で手渡されたのかもしれない・・・知らんけど。


あおいちゃんは敏感になってそう」

「それは思いましたね。揉んでみましょうか」

「ちょ、ちょっと、お二人とも、何処に手を」

小鳥遊たかなしはお尻を。私は胸を」

「承りました」

「ちょ!?」


 仕事をしなければ成らない時に会長と副会長が市河いちかわさん相手に組んず解れつを始めた。


「あ、いや、ちょ、ま、待って」

「ほほう。感度も良好と。ビクンビクンだね」

「それと気のせいか、お尻も成長してますね」

「そういえば胸も育っている気がする・・・」

「あと微妙に薄くなっているような?」

「ど、何処に、手をぉ!?」


 一方の俺とさきは見なかった事にした。


さき、予定表はこれだけか」

「うん。これだけだよ」

「一枚一枚、丁寧に折っていくか」

「そうだね。折っていくしかないね」


 飲むだけで興奮状態になる人も居ると。これはもう少し成分調整が必要そうだ。

 俺とさきは淡々と折り込みを行った。折り込みが片付く頃には会長達は満足し市河いちかわさんは突っ伏していた。それはもう、見るも無惨な有様だ。


「やりきったね」

「やりきりましたね」

「シクシク」


 それは一種のストレス解消だったようだ。

 俺もさきの目があるから眺めてはいないが、結果を見るだけでも居たたまれなくなった。夏服の乱れに乱れた市河いちかわさんが妖艶だったから。


さきの時はそうでも無かったのにこの変化は何ぞ?」

「おそらく経験の有無じゃないかな? 濃厚かそうでないか的な」

「経験の有無・・・え? 副会長って?」

「多分、そうだと思うよ」


 副会長も何気に経験者だったのか。さきは未経験で現状維持だもんな。

 仮にかしわに飲ませたら違いが出るかもしれない。


「ダイエット飲料というより媚薬だな」

「媚薬。そちらの線でも売れそうだね」

「それこそ夜のお供にどうぞ的な?」

「うんうん。私も経験後に飲んでみるよ」

「・・・」

「ちょっと、なんか言ってよ!? 恥ずかしいじゃん」


 恥ずかしいなら言わなければいいのに。

 何はともあれ、そんなひと悶着が生徒会室ではあったが外の準備は滞りなく進んだ。景品を倉庫に片付けて施錠した俺はさきと共に生徒会室を後にした。

 ただま、案の定な舎弟達が視界の端に現れたけど。


「行ったぞ」

「バカな役員共だよ」

「で、マスターキーは」

「ここに」

「良し、入るぞ」


 バカはどちらなのか。

 途中で立ち止まり、スマホのカメラを構えた俺はさきと共に様子見する。


「まさか、前日に行動に移すなんて」

「誰の命令で動いているか不明だが」

「全部で三人か。文系クラスの誰かよね」

「理系では見ない顔だしな」


 マスターキーの複製を用いて生徒会室に入る事は叶ったな。

 今の所、内部に盗られて困る品物は置いていないがな。

 帳簿などの各種備品も倉庫に片付ける事になっているし。

 その倉庫だけはマスターキーでも開けられないのでどうなるか見物である。


「お、おい! 鍵穴がないぞ!?」

「どういう事だ!?」

「一体何が・・・はじめが言っていた事と違うじゃねーか」


 自らの言動で首謀者が誰か明かすとは。


「退学してもなお影響を残すかぁ」


 しばらくすると反対側からも人員が寄越されてきた。

 俺とさきは物陰に隠れて様子見を続ける。


「何している。さっさと開けろ!」

「無理なんですって。鍵穴が無くて」

「チッ! 鍵を交換しやがったな」

「壊せないのか?」

「無理ですって」


 そのネクタイの色から先輩達だと分かる。


「上級生にも舎弟が居たの?」

「どちらかといえば奴が舎弟の一人だったのかもな」

「ああ、親玉は別に居たと?」

「実行犯と首謀者の違いだな」

「そうなるとこいつらも蜥蜴の尻尾?」

「おそらく」

「でもさ、会長達も同じ文系なのにどうして?」

「様々な思惑が絡み合った結果だろうな、きっと」

「様々な思惑か」


 そんなに食券が欲しければ公平公正な競技で勝ち取ればいいものを。



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