塩対応のクラス委員長が俺の嫁になるらしい。

白ゐ眠子

第1話 空気を読むと心にくるよな。

『人とは何故マウントを取りたがるのか?』


 それはかつての俺が選択したとある論文のテーマであった。

 結論、勝ち組や負け組などのレッテル貼りで他者よりも上に立ちたい・優越感に浸りたいがために行われる一種の競争でしかなかった。

 ま、心理学の見知から見たら大変面白いと感想を言われたけどな。

 俺が真面目に提出したのに『君が勝ち組だから言える事だ』と返された時には何故と思った。


(で、高二に進級した途端に狭い教室内でマウントの取り合いが多発中っと)


 人とは何故、自分の立ち位置に拘るのか?

 クラス替えをしたばかりの教室で誰が一番可愛いとか格好いいとか決めつけ始め、大人しいから暗そうとの理由で根暗や陰キャだとか一方的に決めつけてくる。

 対するオタクと呼ばれる者達も陽の者・陽キャと決めつけて彼等と距離を置く。


(傍から見ると明暗がクッキリしているよな。陽キャと陰キャで雰囲気が異なっているわ・・・)


 そのうえ、陰の者・陰キャことオタク界隈の狭い範囲でも下位決定戦が行われているのだから見ていて気分の良いものではない。正直に言えばこんな馬鹿馬鹿しい決定戦に俺自身は関わりたくないのだが同じ教室内に居る以上は決めつけの余波を喰らうのはどうしようもないだろう。


(で、案の定・・・最下位は俺と。別にいいけどな。誰が上とか下とか関係無いし)


 そう、俺には関係が無い。

 教師からも問題児扱いを受ける俺はどうあっても最下位の地位が性に合っているのだから。その教師共は俺の姿を認める度に文句を言う。


『少しは真面目に授業を受けられないのか?』

『私の科目以外でも真面目に受けないとダメよ?』

『お前は何のためにこの進学校に入学した?』


 何のためって、高卒資格を得るためだ。

 俺も当初は中卒から大検を受けようと思っていた。

 それを両親が許さず高校には行っておけと言われたのだ。

 ここで『高校なんて』と呟こうものなら仕送り無しにされてしまうから呟けない。なので授業は真面目に受けず、当てられたら『分かりません』と返す。

 各教師への提出物は必要最低限の板書だけを記して提出している。

 体育の授業は常に見学。体力測定もペアが居ないから適当に行って叱られた。

 他にも宿泊研修と体育祭は常に欠席。文化祭は準備も不参加。

 当日は自宅でごろごろと惰眠を貪っている。

 俺なんて居ても居なくても世界は回るのだ。


(授業を真面目に受けるだけで、教師の心証が良くなる?)


 そんな状況はとうの昔に潰えている。

 少しでも点数を良くするとカンニングだなんだと教師や周囲が騒ぐ。

 そのような事しなくても・・・いや、やめておこう。


(単位さえ得られるなら後はどうでもいいか。俺がどう頑張ったって何枚も重ねて貼られたレッテルは努力だけでは剥がせないし)


 俺に貼られたレッテルは中学二年から今現在・・・高二にかけて貼られた代物だ。

 貼られるに至った理由も俺の自業自得に依るものが大きい。

 かつての俺は両親の仕事の都合で四才から海外を飛び回り、各国の学校を転々としてきた。そして最後の国で数年間を過ごし、中二の春から日本に帰国したのだ。


(年齢的に義務教育だから仕方ないとしても、あの時は地獄でしかなかったな)


 意図せず空気の出来上がった空間に一人放り込まれ、論文に記したような状況を見せつけられる。好きでも無いのに見た目がどうとか言って告白され、断ると新入りがどうとか悪い噂を流される。果てはバカな担任が悪い噂を鵜呑みして内申書に有る事・無い事を書き記して、今に至っている。この高校も定員割れのお陰で補欠入学となり、入学時点で問題児の烙印が押されていた俺である。


(事実は小説よりも奇なり・・・うまい言葉もあったもんだ。データを直に示されたようなもんだな)


 そんなに問題児が必要なら必要悪になってやると、自ら進んで問題児なりの態度で授業を受けた。二年からは理系と文系が選べた。なので俺が白紙で提出したら生徒指導室に呼び出され、強引に理系のクラスにあてがわれてしまった。

 なお、この行いは俺に自主退学を勧める生徒指導の方便でもあった。


(本物の馬鹿ならば理解不能のまま続かないだろうと面と向かって言われたしな)


 教師に言われたからといって自主退学を選択しようものなら、今住んでいる家を追い出されるのでそれだけは選択が出来ない俺である。

 肝心の両親も俺の高校進学と同時に海外転勤を再開しやがったしな。

 自主退学の末に家なき子になってしまう。どうせ退学するなら十八才になるまで待つしかない。そこから先は成人扱いだから、両親の許可無しでも借家を借りる事も出来るだろうから。


(幸い、金には困っていないしな。あ、この銘柄は買い。こっちは・・・無いな。そろそろ売るか)


 そうして今日も一日のルーティンとしてスマホ片手にポチポチとトレーディングする俺である。とはいえ授業中にスマホを触り続けると没収されてしまうので、


(そろそろ仕舞うか。ショートホームルームが始まるもんな・・・)


 途中からは目の前のスマートグラスで市場を逐一把握していたりする。

 眼鏡だから没収にはなり得ない。前髪で隠れているから何をどうしているかは気づかれない。ただ一人、とある女子だけは誤魔化せそうにないが。


(まさか進級しても同じクラスになるなんて。文系に行ったんじゃないのかよ?)


 その女子の名は白木しらきさき、十七才。

 黒髪の長髪をハーフアップに結い、周囲の女子よりも化粧気の無い容姿端麗な相貌を持つ。そのうえ文武両道、部活に所属していない帰宅部でありながら各部の助っ人で活躍する化物。体型は厚手のブレザーとチェックのスカート、黒ストッキング越しに分かるものでもないが。

 両親は大企業を経営する社長と第一秘書、その二人の間に生まれた長女。

 噂では今時珍しい許嫁が居るそうで、許嫁が告白の断り文句に使われるのだとか。大企業の娘だから一人や二人、許嫁が居ても不思議ではないけどな。


「うげっ。根暗・・が居るじゃん!」

「はいはい。存在しない者と思いましょう」

「だね。さきの言う通りにするよ」

「・・・」


 彼女は俺、凪倉なくらあきにだけ塩対応を行うカースト最上位の存在である。


(睨んできてるし。よほど俺と同じクラスになったのが嫌みたいだな。いや、不躾な視線に気づいたか)


 これは俺が周囲に対して塩対応をしているから目には目を歯には歯をで対応しているだけだと思う。一年時のあぶれ組・オタク男子君曰く俺は『空気が読めない男子ナンバーワン』らしいから。

 実際は空気が読めないワケではなく、空気を読んだうえで逆を行うだけだ。

 それで空気が読めない男子となるから周囲が如何に滑稽だと思い知らされる。


(俺の視線なんて分からないはずなのに気づけるんだから、大したものだよ)


 同じように他の女子をジロジロと見ても気づかれる事はない。

 例外は白木しらきさき、ただ一人。


(これ以上、白木しらきを見ても精神衛生上、良くないな。市場に注視するか)


 こうして俺はショートホームルームの間も始業式の間も市場把握を行うのであった。



 §



 始業式後のロングホームルームでは委員会決めが行われた。

 当然、クラス委員長に選ばれたのは白木しらきである。

 順当なところだよな。男子のクラス委員は誰か知らん。

 自己紹介もあったが、名前を聞いていなかった。

 俺自身の自己紹介は無かったし、気にしても仕方ない。

 クラスメイトから無視され、担任教師も姿を把握して無視した。

 俺の出欠を確認するだけの良心はあるようだから何も言うまい。

 各イベント毎では必ず欠席する俺も授業だけは皆勤賞だからな。

 すると白木しらきは教卓の背後に立ち、


「えー、では。これから各委員を決めたいと思います!」


 男子のクラス委員が黒板に記していく。

 担任教師はパイプ椅子に座って様子見している。

 司会進行は白木しらきに任せれば問題が無いからだろう。

 一方の俺は窓の外を眺めつつ視線だけで売買を操作する。


(今回は利益が出た方か? 晩飯は少し豪勢に出来るかもな。あ、飲兵衛からリクエストが出てら)


 その際に、俺の住まう家の主こと母方の叔母が俺の動向を把握して『授業が無いからって何してるのよ。今晩はすき焼きで!』と、注意しつつも夕食の催促のメッセージを飛ばしてきた。三毛猫がサムズアップしたスタンプで『おけ』と返信した俺は今晩のレシピを考え始めた。その間も粛々と委員が決まっていく。


「では、決まった人達は一年間よろしくお願いします!」


 黒板を見ると順当に決まっていた。当然、黒板に俺の名は無い。

 無視されたも同然で責任ある仕事に就かせられないと判断されただけだろうがな。ただま、それでも避けられない担当もあるわけで。


(初っ端から掃除当番か。案の定、全員が帰宅済み。俺一人残って掃除する羽目になると)


 一年の頃からそうだった。

 問題児と一緒の空気を吸いたくないとか決めつけられて丸投げして帰る者が多かったのだ。俺も投げ出して帰ってもいいが綺麗好きで几帳面な性格が災いし、放置が出来ないでいた。


「ま、一人の方が気が楽ではあるか?」


 仮に掃除したとしても全員が碌な掃除をしないのだ。

 掃き残しや拭き残しは当たり前。少々埃っぽくとも終わった事にする。

 そういう奴の頭の中は放課後に何処で遊ぶかだけで一杯だ。

 面倒は問題児に任せればいいとの風潮もあるだろうな。

 そんな中、


「あっ。まだ居たんだ」


 何故か先に帰ったはずの白木しらきが顔を出した。


「居ちゃ、悪いか」

「別に」


 白木しらきは机から筆箱を回収していく。

 忘れ物があったから取りに戻っただけのようだ。

 鞄に筆箱を片付ける白木しらき

 沈黙ののち、ボソッと呟いた。


「・・・一人なんだ」


 すると珍しいことに掃除道具入れから布巾を取り出し、洗面所にて濡らしてきて布巾で机を拭き始めた。


「・・・」

「・・・」


 これは何かの気の迷いみたいなものだろう。

 同情か。或いは俺に机を触れられたくない的な?


(触れられたくない。が、正しいか?)


 女子の机には絶対に触れるな。

 そんな気配が感じられたから。


(塩対応から汚物扱いか)



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