46. AIの紡ぐ六十万年

「んー、この程度何とかなるんじゃない?」


 シアンはテーブルに置いてあったクッキーをポリポリとかじりながら、のんきに言う。


「あんたねぇ、このテロリストは半端じゃないわよ。電源のコントロールすら奪われているんだから」


「ふふーん。なに? それは僕に出撃しろって言ってる?」


 シアンはニヤニヤしながら女神の顔をのぞきこむ。


 女神は口をとがらせ、プイッと横を向く。しかし、他に手立てもない様子で、奥歯をギリッと噛むと忌々いまいましそうにシアンをにらむ。


「悪いわね。お・ね・が・い」


 女神は悔しさをにじませながら言葉を紡ぐと、キュッと子ネコを抱きしめた。


「翼牛亭で、和牛食べ放題の打ち上げね? くふふふ……」


「肉なんて勝手に好きなだけ食べたらいいじゃないのよ!」


 ジト目でシアンを見る女神。


「いやいや、みんなで飲んで食べて騒ぐから楽しいんだよ」


 目をキラキラさせながら嬉しそうに語るシアン。


「ふぅ……。あんたも好きねぇ……。いいわよ?」


 まんざらでもない様子で女神は目を細めて応える。


「やったぁ! じゃぁ、出撃! はい、弟子二号、行くゾ!」


 シアンは嬉しそうに女神から子ネコを取り上げると、高々と持ち上げた。


 ウニャッ!?


「な、なんでネコを連れていくのよ!?」


「OJTだよ。僕の弟子には最初から実戦で慣れてもらうんだゾ」


「慣れてって、死んだらどうすんのよ!」


「死ぬのは慣れてるもんね?」


 シアンはニヤッと笑いながらソリスの顔をのぞきこむ。


「な、慣れてるって……。痛いのは嫌ですよ?」


 ソリスはひげを垂らしながら渋い顔をした。この女の子が自分の死を前提として話すことに、計り知れない不安が広がっていく。


「弟子は口答えしない! さぁ、レッツゴー!」


 シアンはソリスを胸にキュッと抱きしめると楽しそうに腕を突き上げた。


「ウニャァ! い、行くって……どこへ?」


「キミの星の心臓部だよ? くふふふ」


 シアンは悪い顔をして楽しそうに笑う。


 ソリスは星が崩壊したこともそうだが、電源とかテロリストとか良く分からない展開に首をかしげ、シッポをキュッと体に巻き付けた。



     ◇



「ハーイ、みんな! 弟子二号と共に出撃するよ! サポートヨロシク! きゃははは!」


 シアンはオフィスのスタッフに大きく手を振りながら、楽しそうに廊下の奥へとスキップしていく。


「行ってらっしゃいませ!」「頼みます!」「ありがとうございます!」


 スタッフは次々と直立不動の姿勢を取るとビシッと敬礼をしていった。危険でなかなかできない仕事を率先してやるシアンの信任は、かなり厚いように見える。


 ただ、女神だけは腕組みをしながら渋い顔を見せていた。シアンが活躍しすぎることがやや気に食わない様子である。


 そんな女神を尻目に奥の扉までやってきたシアンは、まるで飛行機の扉みたいな巨大なノブを力を込めて動かした。


 よいしょーっ!


 バシュッ!


 ドアの周りからはドライアイスのような白い煙がぼふっと噴き出してくる。


「さぁ、シュッパーツ!」


 シアンは景気よくドアを開けるとその中へ足を進める。しかし、そこには何もなくただ、漆黒の闇が広がっているばかりだった――――。


「えっ……?」


 ソリスはその異様な暗闇に戦慄を覚えた。それは単に『暗い』とかそういうレベルではなく、一切何もない『虚無』に見えたのだ。


「大丈夫だってぇ! きゃははは!」


 シアンは楽しそうに笑いながら虚無の中へと突っ込んでいった。



      ◇



 カツカツカツ……。


 気がつくと、うす暗い回廊をシアンに抱かれながら歩いていた。満点の星々の煌めく中に白い大理石の柱列が魔法のランプでほのかに浮かび上がり、まるでパルテノン神殿のような荘厳な雰囲気をたたえている。


「こ、ここは……?」


 東京の大都会からいきなり幻想的な世界へと連れてこられて、ソリスは面食らった。


「ここは女神の神殿だよ。この宇宙で一番神聖なところだゾ。普通来られないんだからキミはスペシャルラッキー!」


 シアンは嬉しそうにソリスをなでながら、カツカツと大理石の床を靴音高く響かせながら歩く。


「神殿……。そもそもこの世界ってどうなっているんですか?」


 あまりに訳の分からないことの連続に頭がパンクしたソリスは聞いてみた。


「AIは日本でも急速に発達してるじゃん?」


「え?、あ、まぁ……。私がいた時でもAIを叩いて資料作ったりしていましたから……」


 いきなりAIの話になってけげんそうに眉をひそめるソリス。


「うんうん、あれからさらに発達してすでに人間を追い越し、今じゃもうAIが次世代AIを開発しているんだ」


「えっ!? もう人間が作っていない?」


 その衝撃的な事実にソリスは驚いた。自分が異世界に行っている間に日本はとんでもないことになっていたのだ。


「そう、もう、人間にはAIが何をやっているのかさっぱりわからないんだ」


「そ、そんな……。そしたらAIは勝手にどんどん賢くなっていっちゃう……ってこと?」


「そうだよ? そして、その進化は留まることを知らない。そして六十万年経ったらどうなると思う?」


 シアンは嬉しそうに子ネコをやさしくなでた。


 ソリスは六十万という気の遠くなるような数字を提示されてどう反応していいか分からなくなる。何しろ西暦もまだ二〇〇〇年代。さらに二桁以上上の年月など想像もつかなかった。

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