40. 自己犠牲の破滅

 必死に逃げるバリスタの射手たちに一瞬で迫ったソリス――――。


 うぉぉぉりゃぁぁぁ!


 たったひと振りで彼らを瞬殺すると、大きく息をつき、次のターゲットを見定めるべく辺りをギロリと見回した。


 すると、騎士たちが五、六人固まって隊列を組み、ソリスに剣を向けている。どうやらこの絶望的状況でも攻撃してくるらしい。


「何? あんた達……。勝てるとでも思ってんの?」


 八歳の少女はイラついて、血の付いた大剣をビシッと騎士たちに向けた。


「お、王国の騎士は敵に背中は見せんのだ!」


「はぁ……? 死ぬ……のよ?」


 ソリスはそのバカげた忠誠心に、ウンザリしながら小首をかしげる。


「敵前逃亡は末代までの恥! か、勝てなくても全力は尽くすのだ!」


 剣は恐怖で震えているというのに、なぜ、大義もないくだらない命令に命を賭けるのか? ソリスには全く意味が分からなかった。


 と、この時ソリスの脳裏に、自分も組織のために自己犠牲を払って破滅したような苦い記憶がおぼろげながら蘇ってきた。


 え……?


 しかし、それが一体何だったかは思い出せない。


「突撃ーー!!」「うおぉぉぉ!」


 騎士たちは楯を構え、隊列を組んだままソリスに突っ込んでくる。


 降りかかる火の粉は払わねばならない。


 ソリスはキュッと口を結ぶと、一気にぎ払ってやろうと大剣を下段に構え、剣気を込めて大剣を黄金色に輝かせた――――。


 と、この時、ソリスは妙な違和感に襲われる。この無謀な突撃がただの玉砕には見えなかったのだ。隊列があまりにも整然としすぎており、何かしらの計画が背後にあるとしか思えなかった。


「怪しい……な……」


 ソリスは大剣を手放すと、転がっていたバリスタ用の銛を拾い上げる。


 黄金に輝く魔法の銛を軽く放り投げ、重さと重心の具合を見定めたソリスは軽くうなずく。


 ガッシリと握り直したソリスは、タタッと助走すると槍投げの要領で思いっきり振りかぶり、渾身の力を込めて放った――――。


 うりゃぁぁぁ!!


 ドン!


 銛は音速を超え、激しい衝撃波を放ちながら、先頭を走ってくる中央の騎士に一直線にすっ飛んでいった。


 ひっ!


 黄金に輝く砲弾のような銛に、騎士は反射的に避けようとしたが、とても間に合わない――――。


 黄金の銛は盾を軽々と貫通。瞬く間に騎士の身体をも貫いていく。さらに勢いを失うことなく後方に身を隠していた魔導士たちにも命中し、彼らを次々と倒していった。


 グハァ! ぐあぁぁ!


 刹那、秘かに発射準備が整っていた魔法が暴発し、大爆発を起こす。


 ズン!


 地震のような激しい衝撃を伴いながら、まばゆい巨大な炎の球に飲まれていく騎士たち――――。


 うはっ!


 ソリスはとっさに顔を背け、その激烈な衝撃波に耐える。


 なんと、彼らはソリスが近づいてきたら、魔法で爆殺してやろうと考えていたのだ。ソリスはその恐ろしい手口に思わずぞっとして首を振った。


 彼らは自分を殺すためなら、もはやなんだってやるのだ。見回せば、まだ隊列を組んでいる騎士たちが何グループもソリスに剣を向けている。


「お前ら降伏しろ! 降伏しない限り皆殺しだ!!」


 ソリスは叫んでみたが、彼らに動きはない。


 もう、お互い後には引けない地獄に足を踏み入れてしまっていることを、ソリスは嫌というほど思い知らされた。



        ◇



 四方からジリジリと迫ってくる隊列――――。


 ソリスは黄金に輝く銛をさらに一本拾うと、隊列の一つに向けて投げるふりをしてみる。


 すると、慌てて距離を取るのだが、その間に他の隊列が迫ってくる。まるで『だるまさんがころんだ』状態だった。


 そのうち、弓が隊列の後ろから放たれ始める。


「馬鹿が……」


 ソリスは軽くステップを踏み、弓の軌道から外れながら銛を放つ。銛は一直線に隊列を崩壊させ、悲痛な叫びが花畑に響き渡る。


 しかし、それでも彼らは次々と向かってくるのだ。


 ソリスはウンザリした。なぜ、静かに暮らす龍を守るだけのことで、こんな殺し合いをせねばならないのかもはや理解不能だった。


 とはいえ、向かってくる者は倒さねば殺されてしまう。ソリスは無表情にただ、銛を投げ続けた。


 ひぃぃぃぃ! うわぁぁぁ!


 銛が黄金の光跡を描きながら騎士たちを吹き飛ばすたびに、悲痛な声が響き渡る。しかし、向かってくる者には手加減などできない。


 どのくらいの銛を投げただろうか? やがて、討伐隊たちはソリスと距離を取り、膠着状態が訪れた――――。


 ソリスは肩で息をしながら辺りを見回す。それでもまだ彼らは諦めるという選択をせず、じっと獲物を見る目でソリスを見つめていた。


 このバカバカしい殺戮劇にウンザリして首を振るソリス。


 その時だった。セリオンの方から声が響いた。


「話し合おう!!」


 それはブレイドハートだった。ソリスは振り返る。


 見ればブレイドハートは、ぐったりとしているセリオンののど元に剣を突き立てているではないか。


「はぁっ!? セリオンから離れろーー!!」


 ソリスは怒鳴ると大剣を拾い、一気にセリオンのところへ行こうとした。


「動くな!!」


 ブレイブハートは剣に力を込める。


 くっ……!


 ソリスは足を止め、奥歯をきしませながらブレイドハートをにらみつけた。


「君の大切な龍を傷つけてしまった。申し訳ない。治療もする。だから、剣をしまってくれないか?」


 ブレイブハートはブラウンの長髪を風になびかせながら、にこやかに言った。その瞳には優しさがにじんでいる。


 しかし、いけ好かないこの若造の言うことを素直に信じるわけにもいかない。『オバサン』と邪険にされ続けてきた身からすると、善意で彼が動くとは到底思えなかったのだ。


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