33. 温もりからの卒業

「そうだ! お友達にメッセージを送ろうよ!」


 セリオンはそう言うと、物置から白く大きな紙袋をたくさん持ってきた。


「え……? 送る……って?」


「これをね、膨らませて、ろうそくを点けるんだ」


 セリオンは紙袋を一つとって膨らませると、下のところに竹ひごで作ったロウソク立てを設置してろうそくを載せた。


「あ、もしかして……、ランタン?」


「そう、ランタンにメッセージを書いて空高く飛ばすんだ。うちでは毎年ご先祖様をとむらうためにやってるんだよ」


「あぁ……、それはやってみたいわ」


 泣きはらして赤い目で、ソリスは静かに笑った。


 ソリスはペンを取ると大きな紙に向き合ったが、書きたいことが多すぎて、なんて書けばいいのかしばらく頭を悩ませる――――。


「一言でいいんだよ」


 見かねてセリオンがアドバイスする。


「そ、そうよね……。ヨシ!」


 ソリスは覚悟を決めるとキュッと口を結び、紙袋に筆を走らせていった。


Philiaフィリアへ、君とのきずなは永遠に輝く。また一緒に笑い合おうね』


Ivittイヴィットへ、君の魂がこの灯りと共に安らかでありますように。美味しい物いっぱい用意しておくよ』


 途中、書きながらポトリと落とした涙で文字がにじんでしまい、ソリスはぼやける視界の中、丁寧にふき取っていく。


 あちこち文字はにじんでしまったが、それもまたメッセージなのかもしれない。ソリスは苦笑しながら紙袋を膨らませ、ロウソクを取り付けた。


 見ればセリオンは、たくさんのランタンに不思議な見たこともない文字を書き込んでいる。


「うわぁ、たくさん作ったわね……」


「いつもは一つなんだけど、今日は派手に行こうかなって……」


 セリオンは無邪気に笑った。


「それは……なんて書いてあるの?」


「ご先祖様の名前だよ。神代文字で書いてあるんだ」


「神代……文字……?」


「むかーしの文字だよ。今じゃもう誰も使ってないけどね。よし! それじゃ飛ばそう!」


 セリオンは次々と紙袋を膨らませ、ろうそく台を付けていった。


 ソリスは古代の文字を操る謎の少年の正体が、つい気になってしまう。こんな可愛い少年はまさか魔物というわけではないだろうが、精霊王より上の存在であるとしたら何なのだろうか? ソリスはセリオンを手伝いながら、ジッとその可愛い顔を見つめる。しかし、それはどう見てもただの幼い少年にしか見えなかった。


「それじゃ、飛ばそう!」


 準備ができるとセリオンは火のいた枝を持ってきて、次々と点火していった。


 ろうそくの明かりがランタンを明るく灯し、家の前に並んだランタン群がお花畑をやさしく照らし出す。


 やがて炎で暖まると、ランタンは一つ二つと徐々に浮かび始める。


 うわぁ……。


 ソリスの書いた二人へのメッセージもゆっくりと浮かび上がってきた。


 徐々に加速しながら夜空を目指すランタンたち――――。


 夕暮れの群青色の空へ向けて今、想いのこもった光の群れが飛び立っていく。


 無数のランタンが夜空へと舞い上がる光景は、まるで星々が地上から天へと昇っていくかのようだった。柔らかなオレンジ色の光が暗闇を温かく照らし、ソリスの心を静かに包み込む。


「フィリア……、イヴィット……」


 ソリスは手を合わせ、その幻想的な風景を見つめていた。知らぬ間に涙がほほを伝っていく。


 このメッセージが二人に届いて欲しい、そして、必ず生き返らせてみせると、遠く小さくなっていくランタンにグッとこぶしを握った。


「おねぇちゃん……」


 セリオンが心配そうにソリスの腕にピタッと身を寄せた。


 ソリスは優しく微笑むとギュッとセリオンを抱きしめる。行き詰っていた自分の心を温かくほぐしてくれたこの可愛い少年に、心からの感謝を込めた。


「ありがとう……セリオン……」


 そして、二人を生き返らせるための試練に挑むことを決意するソリス。


 しかし――――。


 それは、この愛しい少年との別れを意味した。


 女神の耳に届くような目覚ましい活躍を、女神がアッと驚くような鮮烈な成果を叩きださねばならない。そしてそれはこの素晴らしいお花畑では到底無理である。この愛しいスローライフからの卒業、それが不可欠だった。


 断腸の思いで決意を固めるソリス――――。


 ギュッと力強く抱きしめるソリスに、セリオンは違和感を感じた。


「お、おねぇちゃん? ど、どうした……の?」


 ソリスは返す言葉が思いつかず、ただ静かにセリオンの体温を感じていた。


『今晩、出て行こう』


 決意の揺るがぬうちに行動しなくてはならない。この温かい天国にいたらきっとダメになってしまう。ソリスはセリオンのサラサラとした金髪をやさしくなでながら、ただ静かにセリオンを抱きしめていた。



     ◇



 その晩、ソリスが暖炉前で荷物を整理していると、セリオンが毛布を持ってやってきた。


「おねぇちゃん……、一緒に寝よ?」


 か細い声で上目遣いで頼んでくる姿に、つい胸が痛んでしまうソリス。


「え? い、いいわよ。ど、どうしたの?」


 ソリスはソファの足置きやクッションを工夫して、二人が寝られる広さを確保した。


 何も言わずポスっとソファに身を沈めたセリオンは、毛布をかぶると隙間からソリスの様子をじっとうかがっている。


 二人で寝るのは初めてだった。きっとソリスが出ていくことを察知したのだろう。


 ソリスは大きく息をつき、苦笑いしてうなずくとランプを消し、セリオンの隣に横になる。


 ギュッと抱き着いてくるセリオン――――。


「甘えん坊さんね……」


 サラサラとした金髪をソリスは優しくなでた。


「行っちゃダメ……」


 セリオンはボソッとつぶやく。


「何を言っているの、ここは最高のところ……。あなたとずっと一緒に居たいのよ?」


 セリオンはギュッとソリスに抱き着き、顔をうずめた。


 嘘は言っていない。いないが、ソリスは胸がキュッと苦しくなり固く口を結ぶ。


 ずっとずっとここに居たい。でも、それは仲間を生き返らせてからだ。ここは天国すぎて決心が揺らいでしまう。


 ソリスはギュッとセリオンを抱きしめ、そのプニプニとした可愛いほっぺたに頬ずりをした。

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