26. 炙り出された矛盾

 まるで漫才のような翠蛟仙アクィネルとセリオンの話で盛り上がった後、セリオンがトイレに中座した――――。


 翠蛟仙アクィネルはこの機を逃さず、ソリスに鋭い視線を投げかける。


「あなた、何者なの?」


「な、何者って、ただの人間ですよ! 人間!」


 ソリスは冷汗をかきながらティーカップをとり、一口お茶を含んだ。


「嘘言いなさい。ここはあなたのような人間の子供が来れるようなところじゃないのよ?」


「人間じゃなかったら何だって言うんです?」


 ソリスは逆に鋭い視線を翠蛟仙アクィネルに向けた。


「さっきも言ったじゃない、女神様の眷属けんぞく。一体何を言われてここに来たのかしら?」


 翠蛟仙アクィネルは探るような上目づかいでソリスの瞳をのぞきこむ。


「残念ながら外れです。逆に教えて欲しいの。女神様は何でもできるお方なの?」


「ははっ! そりゃぁこの世界も、私もあなたも、女神様に作られてるんだから何でもできるんじゃないの?」


 肩をすくめる翠蛟仙アクィネル


「死んだ人を生き返らせたり……も?」


 恐る恐る聞いてみる。


「そりゃぁできるでしょうよ。でも、それって女神様に何のメリットがあるのかしら?」


「メ、メリット……?」


「女神様はお忙しいお方。生き返らせてくださーい、はーい! なんてことになる訳ないじゃない」


「そ、そうよね……」


 ソリスは鋭いツッコミにたじろいだ。確かに蘇生なんて気軽にやってくれるわけはないのだ。


 でも……。それでも女神様に頼まずにはおれない。


「どう……やったら会えるんですか?」


「ははっ! そんなの私の方が知りたいわよ!」


 翠蛟仙アクィネルは鼻で嗤うとワイングラスをグッとあおった。


「精霊王でも会えないんですね……」


「自分は地方のしがない中間管理職。社長に会える機会なんてそうそうある訳ないわ」


 自嘲気味に肩をすくめる翠蛟仙アクィネル


「そ、そうなのね……」


「ん……?」


 翠蛟仙アクィネルは急に身を乗り出すと、じっとソリスの瞳をみつめた。


「な、なんですか?」


「あなた……、呪われてるの?」


「えっ!?」


「ふぅん、呪い持ち……ね。あなたもずいぶん苦労してるのね」


 翠蛟仙アクィネルはニヤッと笑うと静かに首を振る。


「そ、そうよ! 苦労の連続……よ……」


 ソリスは口をとがらせ、ふぅと重いため息をついた。


「解呪……してあげようか?」


 翠蛟仙アクィネルは得意げに微笑みながらソリスの顔をのぞきこむ。


「えっ!? で、できるんですか! ぜ、ぜひ!!」


 ソリスはいきなり降ってわいたチャンスに、思わず身を乗り出した。司教ですら解けなかった呪い。それがまさかこんなディナーの席で叶うだなんて夢のようである。


「これでも精霊王なのよ? このレベルの呪いなら余裕よ」


 ドヤ顔でソリスを見下ろす翠蛟仙アクィネル


「すごい! さすが! ぜひぜひお願いします!!」


「じゃあ、手を出して」


 翠蛟仙アクィネルはソリスに手のひらを差し出す。


「は、はい……」


 ソリスが恐る恐る出した手を翠蛟仙アクィネルはガシッと握ると、何かをぶつぶつとつぶやき始めた。


 ヴゥン……。


 突如、黄金の魔法陣がソリスの顔の前に展開され、中で六芒星がクルクルと回りだす。翠蛟仙アクィネルはその魔法陣の中に浮かんでは消えていく幾何学模様を眺めながら、眉をひそめた――――。


「あー、これね……。年齢操作系……厄介な呪いねぇ……」


「か、解除できそうですか?」


 ソリスは心配そうな顔で身を乗り出す。


「うん、ここをこうすれば終わり……」


 翠蛟仙アクィネルは魔法陣の中でクルクルと回る正四角形をツンツンとつつく。


「よ、良かったぁ!」


 ソリスはパアッと明るい笑顔を見せた。


「でも……。解呪したら呪われた時に戻るってことよ? いいのね?」


 翠蛟仙アクィネルは真顔で聞いてくる。


「何言うんですか! 戻ってくれた方が……、えっ……、ちょっ、ちょっと待って……」


 ソリスはここで重大な事に気がついた。解呪するとアラフォーに戻ってしまう。それは当たり前の話ではあったが、今ここでアラフォーになってしまったらセリオンに見られてしまう。


「ダメ……ダメよ……」


 ソリスは混乱し、青い顔でうつむいた。


「どっちなのよ!」


 翠蛟仙アクィネルは不機嫌そうにソリスをにらむ。


「そ、その解呪というのは一週間だけ有効とかならないんですか?」


「はっ! あんた呪いをなんだと思ってるの? はい、止め止め!」


 翠蛟仙アクィネルは呆れたように首をかしげ、手で魔法陣を払い、消し去った。


 あ、あぁ……。


 思わず手で顔を覆うソリス。


 翠蛟仙アクィネルはしょげかえるソリスをジト目でにらみ、大きく息をつくと、ワイングラスを傾ける。


「まぁ、よく考えな」


「は、はい……。くぅ……」


 解呪を求めて旅にまで出たのに、今では解呪されたくなくなってしまったことにソリスは混乱してしまう。


 セリオンにだけは見られたくない……。そう思ってしまうソリスだったが、ではいつ解呪してもらうのだろうか?


「ど、どうしよう……」


 頭を抱えるソリス。


「ま、いいわ。また機会があったらね。チャオ!」


 翠蛟仙アクィネルはそう言うとボン! と煙に包まれ、やがて青い輝く球になってしまった。


「あっ! ま、待って!」


 ソリスは慌てて引き留めようとしたが、青い球は窓からスーッと空高く飛んで行ってしまう。


 あぁ……。


 ソリスは遠く消えていく青い球に手を伸ばし、そしてふぅとため息をつく。せっかく見つけた解呪への糸口を、みすみす失ってしまったことに後悔の念が押し寄せる。


 華年絆姫プリムローズの名誉のため以外にも、若返りの呪いにはどんな副作用があるかもわからないし、今後強敵と戦う際にも死ねないデメリットを抱えてしまう。だから解呪は絶対しなければならなかった。しかし、それは今ではないと思ってしまうのだ。


 くぅぅぅぅ……。


 ソリスはその矛盾した思いに心がかき乱される。


「あぁ、どうしたら……」


 ソリスはしょぼくれた顔をしてテーブルにゴン! と額をおろし、深いため息をついた。


 ただ、女神様ならフィリアとイヴィットを生き返らせることができることを知れたことは、収穫と言えるだろう。どうやって実現するのか見当もつかないが、それでも可能性がゼロではないことにソリスはずいぶん救われた気分になった。


「フィリア……、イヴィット……、待ってて……」


 ソリスは顔を上げると窓の外に高く登った満月を見つめ、口をキュッと結んだ。

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