第9話 許嫁のお願い事 ②




「お、珍しいな、半之丞が茶屋にいるなんて」


 兵馬が気付いて近づいて来る。

 半之丞は思わず肩をすぼめていた。背後では、忠弥が怖い顔でこちらを見ている。


 女と茶屋にいるなんて。何か云われるかもしれない。

 心構えしたが、忠弥は何も云わず行ってしまった。


 あ――。


 半之丞はがっかりした。

 声もかけてもらえず、見捨てられたような気持ちになった。


「まあ、気を落とすなよ」


 去って行く忠弥を見て、兵馬が励ますように肩を叩いた。


「それより、小園殿と何を食べているのだ?」


 兵馬は興味津々と云った様子で隣に腰かけると、菓子を覗き込んだ。そして、麩焼きを手に取ると、パクリとほおばった。


「うまいなあ」


 もぐもぐと食べてしまう。そして、半之丞の茶を飲み干すと、サッと立ち上がった。


「では」


 みじめな気持ちの半之丞をよそに、さっさと帰ってしまった。


 もう、限界だ。帰ってしまおう。

 薄情にもそう思って立ち上がった時、小園が先に動いた。


「兄上っ」


 声のする方を見ると、孫四郎が現れた。そして、なぜか背後に叔父がいる。

 半之丞が目を丸くしていると、孫四郎は、叔父に挨拶をして、待っていた小園を見ると、優しい顔つきに変わった。

 そして、二人はそのまま並んで帰って行った。


 取り残された半之丞は、叔父に肩を叩かれるまで呆けていた。


「おい、帰るぞ」


 ハッと我に返る。


「お、叔父上、谷村殿と何をお話していたんですか?」

「断られたのさ」

「え?」


 叔父はにやにや笑って云った。


「孫四郎の方から、小園との縁談はなかったことにしてくれと申し入れてきた。もちろん、そのつもりだったから断らなかったが、まあ、少し飲もうと、俺の方から誘ったのよ」


 それを聞いた半之丞は、はああ……と大きく息を吐いた。


「どうしたのだ?」


 叔父が目をぱちくりさせる。

 半之丞はゆるゆると首を振った。


「いいんです。何でもありません……」


 せめて、忠弥に見られる前にそれが分かっていたら、あんな思いをせずに済んだのに。

 しかし、事は終わった後だった。

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