第5話

危ないところだった。もう少しで恵と佐藤さんが鉢合わせしてしまうところだった。だけど、それは俺の努力によって未然に防がれて、佐藤さんは俺の部屋、恵はリビングに入ってどうにか難を逃れることに成功する。


「うわー、すごい! ささみが大量だ!」


 流石に作ったささみの寮に度肝を抜かれたのだろう。恵さんは驚いた様子で俺の手を握って喜びを表現している。


「しかも、きゅうりとキャベツもあるし、ソースも大量にある。これは味変には困らなさそうだね」

「だね。じゃあ、さっさと食べてよ。きっと美味しいよ」


 冷房が効いているにも関わらず汗をかいているのはさっきまジムで運動を欠かさなかったからだろう。


「あのね、私さっきまでずっと走ってたんだ。今日はコーチの機嫌が悪くて永遠に走らされたの」

「うわー、大変だね。恵さん、それ辛かったでしょ」

「いいや、私は走りなれてるから楽しかったよ。ランニングってある程度走れるようになったら楽しいんだ。知らないでしょ?」

「まあね。俺運動部に所属してないから」

「というか部活に入ってるの?」

「入ってないよ。家でずっと料理を作ってる」

「へえ、だから簡単にすき焼きとか作れちゃんだ。あれ、めっちゃ美味しかったもん。なんか味付けの具合がちょうどいいって感じ?」

「それはよかったよ」


 どうやらあのすき焼きは絶品だったようだ。それから少し会話した後、恵は端を器用に使って塩茹でしたささみと塩揉みしたきゅうりを一緒につかんで、口元に持っていく。

 一口、食べた瞬間。


“ビクッ、アッ、アッ、ヤバぅ。“


 恵の体がビクッと跳ね上がり、自分の大事なところを抑えるように下を向いた。頬は明らかに赤く染まり始めており、少し頬には唾液が垂れている。


「これ、めっちゃやばい。革命だわ」


 はぁはぁと呼吸をしている姿は妙にエロい。


「これマジでやばいね。なんだろう。ささみのジューシーさがいつも食べてるやつよりも段違いですごいし、何より塩茹でされてるだけなのに、いつもとは全然違う。脳に直接マッサージされてるみたい」


 どうやら俺の作った料理は彼女のお気に召したらしい。


「食べ物を食べてるだけなのに、性感帯を刺激されるなんて半端なくない? こんなの初めて。この気持ちよさを味わったら、もうもう彼氏(今までのささみ)には戻れないよ」


 表現がいささかいきすぎているような気もするけど、俺は関与しない。俺の料理を食べていい思いをしてくれるのならばそれでいいのだ。俺にはどうしようもない。


「こんなに気持ちいいの初めて、どうやって作ったの? めっちゃ美味いよこれ」

「まあ、それなりに美味しいかもね。お腹いっぱいになるまで食べてよ」

「ありがとー! 美味しくいただくね」


 それからの恵は女の子の割には体をビクビクさせながら大量に食べた。それでも俺は作りすぎてしまったのは半分くらいは残してしまう。

 まあ、それは仕方ないかもしれない。

 ありえないくらい作ったのは俺なんだから。


「はあ、気持ちよかった。すごいね、黒斗くん」

「ありがとな」

「ねえ、お風呂貸してくんない? 汗かいちゃった」

「お風呂? 別にいいけど」


 よく見ると恵は大量の汗をかいている。それもこの家に来た時よりも大量の。

 ささみなんて涼しいものなのにどうして彼女はこんなに疲れているのだろうか?


「じゃあ、借りるね。一汗かいてくるよ!」

「うん」


 よし今うちだ。

 俺はリビングを出て、佐藤さんのいるところへ向かう。

 つまり、俺の部屋だ。

 部屋の扉を開けると、そこには俺の部屋で料理漫画を読んでいる可愛らしい女の子を発見した。


「あ、黒斗さん。やっと来ましたか。それでもうあの女の子は帰られたのですか?」

「いや、今はお風呂に入ってる。悪いけど今のうちに帰ってくれないか?」

「はい、そう言うことですか」


 佐藤さんは少し悲しそうな顔をした後、素直に俺の言うことに従って帰ろうとした。しかし。


「グゥぅぅぅ」


 佐藤さんのお腹は正直だったみたいだ。

 盛大なお腹が鳴ってとても恥ずかしそうにしているじゃないか。


「はあ、今お風呂に入っているから今のうちにささみでも食べていくか?」

「お願いしてもいいですか?」

「別に問題ないよ」


 だけど、リビングで呑気に食べていたらお風呂から戻ってきた恵と鉢合わせして見つかってしまう危険性もある。

 仕方ないから、残っているささみやきゅうりなどをタッパーに詰めて佐藤さんに渡しておく。そして、俺の部屋で食べてもらうことにした。


「ありがとうございます。これで一週間は何も食べなくてすみます」

「はいはい。バレないようにしてね」

 

 そう言ってもう一度彼女を俺の部屋に閉じ込めたと頃でお風呂から恵が上がってきた。


「おう、上がったか」

「うん。気持ちよかったよ」


 そして、リビングに戻っていくと恵は「あー、私のささみが消えてる!」と叫ぶ。俺はぎくっとなりながらも全て俺が食べたと説明することで難を逃れた。


「まあ、男の子だもんね。それにあんなに美味しかったら全部食べれちゃうか。それもそうだよ」

「まあ、そう言うことだ。それで後はレシピだな。このルーズリーフに全部かいてあるからそれを見てくれ」

「ありがとう! これで毎日のささみ地獄から逃れられるよ。それもこれも全部黒斗くんのおかげ。ありがとね」

「そうか? こんな料理くらいなら誰でも作れると思うけど」

「そんなことないよ。こんなに美味しいんだから誰にも作れるなんてありえないって」

「……ま、まあ、そこまで言うならそうかもだけど」

「それにさ……」

「何?」

「ううん。なんでもない。ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」

「お願い?」

「うん」


 お願いの内容は簡単なものだった。


「私のお母さんって料理を作るのが下手くそなんだよね。それなのに、自炊だけはしようとするから大変なの」

「へえ、確かにそれは大変だね」


 料理が下手なのに料理をしたがるのは確かに面倒臭いタイプだ。


「それでね、今度私のボクシングの大会があるんだけど、その大会が終わった後にみんなでパーティーをしようって思ってるの」

「それは楽しそうだね」

「そうでしょ? だからその時のパーティーであなたが料理を作って欲しいんだ。だめかな?」


 何やら俺は都合のいいシェフのようになっている。この頼みを受ければ楽しいと思えるかもしれないけど、心の中では面倒臭いと思ってしまっている。

 果たしてこの頼みを受けてもいいのだろうか?

 俺は無気力に生きることを目標にしているのに、そんなことをしてもいいのだろうか?


「うーん。ちょっと今決めるのは難しいかもしれない。時間をくれないか?」

「もちろん、いいよ。じゃあ、明後日までに決めてくれる? ボクシングの大会が明々後日にあるからさ」

「わかったよ。それまでに決めて連絡する」

「ありがとう、じゃあ、これ私の連絡先だから」

「いいの?」

「当たり前でしょ? 友達なんだからこれくらいのことは当然でしょ。というか連絡先を知らない友達って何?」

「確かにちょっと変だね」


 適当に相槌を打ちながら俺は頭の中で悩んでいた。

 スマホをかざして連絡先を交換した後、恵は「私はそろそろ帰るね。暗くなってきたし」と言って、帰る支度を始める。


「ありがとう、今日はいい体験をさせてもらったよ。楽しかったってことだね」

「それはどうも」


 そう言って玄関で彼女を見送った後、俺はリビングに戻ってソファに横になる。


 ボクシングの大会の後のパーティーで俺が料理を作る。果たしてそんなことをさせてもらってもいいものだろうか。

 俺はまだ迷っている。どちらかというと俺は断ろうと思って言い訳を探し始めている途中だった。

 こんな自分が嫌になる。

 こんな時はどうしたらいいのか。

 それを考えた時にいい相手がいることに気づいた。

 俺がパーティーで料理を作ってもいいものか。その疑問を質問するためにこの家にいるもう一人の女の子に疑問をぶつけることにした。



 更新が遅くなってすいません。

 自分自身でこの展開がいいのかわからなくなってしばらく悩んでいました。

 今日から更新再開です。


 シュコレユク

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