家出した大食いアイドルの佐藤さんが毎晩俺の手料理を食べにくる件
朱之ユク
第1話
美食ランキング世界一日本。
「我らが日本の代表チームがフランスで行われて料理の大会で金賞を受賞しました!」
「すごいですね。これで三度目の世界一ですよ」
「本当にそうですよね」
テレビから流れてくる音は四年に一度の世界大会でとある日本人が金賞を受賞したことを報道していた。
「美食大国のフランスのチームを抑え込んで日本人が優勝するなんて本当に名誉なことですよね。ここで金賞を受賞したシェフ飯……ぶつり」
興味ない。
このテレビを見ているくらいなら自分で料理を作って食べた方が相当美味しいに決まっている。見ているだけではお腹は満たされないんだ。
しかし、俺の友達はそうは思わなかったようだ。
「ちょっとー! 私は見てたんだけど!」
そう言ったのは俺の友達……というよりも俺の友達の友達だ。俺の友達のイケメンについてきて俺が一人暮らししているマンションにやって来た女の子。
名前すら知らないというのが良い例だろう、俺が彼女と交友がないことの。
ちょっと痩せ気味の女の子は「ほい、電源着けろ」と圧力をかけてくる。
「はい。もう一度つけるよ。電源つけて」
くっ、一軍女子め。俺程度の実力では逆らうことができない。仕方なく俺はまたテレビの電源をつけて、放送を見ることにする。
って、あの女。テレビなんて聞かずに友達と喋りまくってるじゃないか。
「いい子じゃない。今日はチートデイなんだから私の機嫌を損ねたらぶん殴ってやるところだったわ」
こわ。というかチートデイってなに?
まあいい、俺は流されるままに生きると決めている。言われたらやるし、言われなかったらやらない。無気力主義の頂点である。
「なあ、光。お前、なんで今日連れてきたんだ?」
俺は今日のこの大人数を連れてきた主犯である大城光(おおしろ ひかる)の服を掴み尋問する。
しかし、尋問の買いもなくあっけなく白状した。
「悪い、黒斗(くろと)。今日はさっきの女の子の誕生日パーティーをする予定なんだ。だけど、使う予定だった場所が使えなくなったから仕方なくお前の家を借りたってわけ。許して」
そうか。どうやら俺は関りがない人の誕生パーティーをする羽目になったのか。
さっきな派手な一軍女子の誕生パーティーね……。
「そう言うのは先に行ってくれよ。そうと分かったら掃除だってしたよ」
「ごめんごめん。でも頼む。一生に一度のお願いだ」
「まあ、そこまで言うのならいいけど」
「良かった」
まあ、誕生パーティーと言ってもそこまで騒ぐわけはないだろう。安心しよう。
「そうだ。一生に二度目のお願いなんだけど、料理作ってくれない?」
……なんで? さすがに面倒くさい。俺は無気力主義だ。あんまり面倒くさいことはしたくない。
「頼む。土下座するからこの通りだ」
おい、みんなの前で土下座するな、バカ。
「ちょ、光? なんで土下座なんてしてるの?」
「一生に二度目の大切なお願いをしているんだ」
「ちょっと、光に土下座させてるんだからそれくらい聞きなさいよ」
「そうよ」
「だな」
くそ。
友達が集まって来た。当の本人は後ろでにやけてるし。俺に料理させるために土下座までするか? と思ったけど、これが狙いだったのかよ。
仕方ない。
この状況になったらいくらの無気力主義とは言え本気でやらないといけないよな。
「分かった分かった。お願いは聞いてやる。だから、一つ質問させてくれ」
「いいの? アリガトウ! それで質問って?」
「今日の主役の好きな食べ物は?」
誕生日のパーティーなんだからそれくらいは知っておかないといけない。
「ああ、それならお安い御用だ。今から教えるからちょっと待ってて」
そう言って、俺はメモを受け取り、スーパーに向かった。
*
スーパーから帰ってきた俺はキッチンに立って、料理を始める。
まず初めに取り掛かったのは買ってきたネギ、しらたき、焼き豆腐などを切って、一口サイズに整える。
他にも買ってきた生シイタケ、春菊も切って、食べやすいものにしておく。
そして、大きな鍋に水、砂糖、しょうゆ、みりんを入れて、その他もろもろの具材を投入して、火をつける。
ああ、待った。しらたきは先に下茹でをしておかないと。
大人数が集まる場所ですき焼きを作るんだから準備が大変だ。
そうして準備をしている最中、光が俺の料理に口出ししてきた。
「なあ、ちょっと思ったんだけど、しょうゆ多すぎじゃない?」
どうやら俺の居れた醤油の量が多すぎると思ったらしい。だけど、これで良いんだ。
「今日は5,6時間目に体育があった。それにさっきの女の子は汗をかいていた。と考えると部活で相当運動してきたと考えるのが当然だ。これが意味するのが分かるか?」
「どういうこと?」
「おそらくだけど、今日この場に集まっているメンバーはみんな汗をかいて疲れている。だから、塩分が不足しているんだ」
「でもポカリとかで補給できてるんじゃない?」
「忘れたのか? 今日は、学校の自販機では珍しく朝からそれは売り切れていた。だから、塩分補給は難しいだろう。うちの高校の近くにはコンビニもないしな」
「なるほど。だから醤油を多めに入れているのか」
「ちょっと、濃いめでちょうどいいんだよ」
「まじか。口出して悪かったな。じゃあ、俺はこれで」
光はそう言って帰っていった。そう思ったけど、予想外に話しかけられた。
「なあ、黒斗。どうして君は引き受けてくれたんだ」
「お前が料理をしないといじめられる状況に追い込んだんだろ?」
「あ、そうだった。でも黒斗が無気力主義っていうのは知ってるからなんで引き受けてくれたんだろうなって思って」
「だから、俺が料理しないといじめられる状況に追い込んだんだろう(怒)」
「ああ、悪い悪い。そうだったな」
そう言って逃げるように友達の居る場所へ戻っていく光。
その姿を眺めながら俺は昔の記憶を思い出していた。
――いいかい、黒斗。どんなにやる気がなくてもここぞというときには本気を出すんだ。そのためには普段から本気で取り組まないといけない。矛盾しているように思えるけど、これは忘れないでくれ。黒斗が無気力主義を貫きたいのならな。
もはや遠い昔の記憶。
だけど、俺の頭の中にはずっとこびりついているセリフだ。
無気力主義を貫きたいのなら、普段から全力を出せ。
俺は今でもそれを忠実に守ってるよ、父さん。
天に向かって父に感謝した後、すき焼きの準備が完了する。
「おーい、できたぞ」
「まじで!」
「おお、すっごい!」
「すき焼きだ!」
リビングが一気に騒々しくなる。一人暮らしにしてはかなり広い部屋があることを母に感謝した。
ここまで広くなかったら、きっとすき焼きを作っているところを目撃してしまわれただろう。
「いただきまーす!」
その言葉の後にみんながすき焼きをつつき始める。
「すごっ! 美味しい!」
「本当だ! めちゃうまなんだけど」
「感激です!」
「まじでなんかイキそう」
「ちょ、恵、キモイ」
「あっはっは」
盛り上がってる。俺抜きで。
俺だってこの中に混ざりたいけど、もてなす側はきっと食べれないんだろうな。大昔の主婦も同じ気持ちだったんだろうと思ったら悲しくなってきた。
「おーい、黒斗! お前もこっち来いよ」
「?」
いいの? 俺がいたら空気壊すかもよ。
「そんな心配しなくていいからこっち来いって」
ありがとう、光。
遠慮なく俺は光の隣に席を座る。
「ちょっと、その席は私の場所よ」
失敬。光の隣の隣の席に座り直す。
一軍女子に脅されたからではない。今日の主役に言われたからだ。誕生日くらいわがまま言ってもいいだろう。
「そうだ、黒斗。どうしてすき焼き作ったんだ? 俺、ささみが好きって言ったよね?」
スーパーに行く前。
光から聞いた今日の主役の女の子の好物。
そこで聞いたのはささみだった。
――いっつも休み時間とかささみ食べてるんだよ。よっぽど好きに違いないよ。
「ああ、確かに言ってた。どうしてすき焼きなの? 私、気になります!」
「ああ、それか?」
その理由は簡単だ。
「だってあなた、ささみは好物じゃないんでしょ?」
俺が語り掛けたのは今日の主役で牛肉を頬張っている女の子だ。さっきの電源をつけさせられた人だ。
俺に好物じゃないと言われた女の子は驚いた様子で俺に話しかけてくる。
「なんで分かったの?」
「えっ! ささみ好きじゃないの? ずっと昼休み食べてるじゃん」
「いや、好きじゃないよ。だって、あれ、減量のために食べてただけだもん。味無いし美味しくないよ」
減量。
それを聞いて分かると思うが彼女は趣味でボクシングを習っている。そして、今度試合があるから減量をしなくてはいけないらしい。そのためにずっと好きなものを食べるのを我慢していたらしい。
彼女はそう語ってくれた。
「それでも、なんで分かったの?」
そんなの簡単だ。
「だって本人が言ってたから、今日はチートデイだって」
――今日はチートデイなんだから私の機嫌を損ねたらぶん殴ってやるところだったわ。
「あっ、確かに言ってた」
「そうだ。チートデイ。これはボディービルダーとかが良く使ってる言葉で、その日一日だけは好きなものを食べることができるって決めている日のことだ。だから、今日だけは美味しいものをたくさん食べた方が良いと思ってすき焼きにしたんだよ」
「おお!」
なぜかみんなが盛り上がっている。というか主役の女の子が一番盛り上がっている。
「じゃあ、もし黒斗?くんがささみが好きって言うのを信じていたら私はすき焼きを食べれなかったってわけだ」
「……そう言うわけだな」
すき焼きにした理由は適当だ。だって、おめでたい日にはすき焼きだろ? 少なくとも俺はそうだった。
その後、みんなは食べ終わって、すこし俺の内のテレビゲームをして楽しんで、そして、帰るときになる。
「ありがとう! 今日は楽しかったよ!」
「この後カラオケ行くけど、一緒に来いよ!」
光からのありがたい誘い。
だけど、ちょっと疲れた。無気力主義が悲鳴を上げている。
「片付けるから無理かな」
「あ、料理作ってもらったのに、片付けしてなかったわ、ごめん」
やばい。みんなが申し訳なさそうな顔をしている。
「気にすんなよ。誕生日なんだからこれくらい当然だろ」
そんなことは一つも思っていない。だけど、こういうのが一番丸く収まるのだ。
「じゃあね!」
みんなも帰ったことだし、家帰って片付けするか。
そうして、自分の家に帰ろうとする。
しかし、それにしても喉が渇いた。
みんなは美味しいと言ってくれて俺の塩分が足りてないという予想は当たっていたけど、俺はたいして塩分を欲していなかったようだ。
すこしだけだけど味が濃いものに感じていた。
「水でも買うか」
近くの自販機を見つけて、そこで水を買う。
天然水のボタンを押す。その瞬間に横から声が聞こえて見て見た。
それがすべての始まりだった。
「あの!」
その子は俺と同じ高校の制服を着ている茶髪の女の子だ。
その子がいきなり変な提案をしてきた。
「あの! 彼女の振りをするので家に泊めてもらえませんか?」
そうして、この物語は始まった。
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