第7話 患う森
しばらくあぜ道を歩いた先には背の高い草木の生い茂るけもの道があった。さらにその道を進み続けていくと、徐々に草木は疎らに枯れ果てたものが目立つようになっていった。
「ここだここだこの森だ」
アミィがそう言うと向こうに見えたという目的地を指さす。アミィが森というのだから私たちはその先を見やったのだが、その森は……。
「ねぇアミィ……あれは……森だわよね?」
「そう……なんだけどね」
その森は森というにはあまりに廃れていた。
木々はその葉を枯らし木の実どころか花ひとつもない。
「これじゃあ枯れ木のトンネルって感じだね……」
「でもどうしてこんな場所に目的地が……?」
「まあま、とりあえずこのまま進んでみよっか」
質問はそれまでと言うようにアミィは私たちの背を押す。
そのまま流されるように私は枯れ木の森に足を踏み入れた。
ちりり……
「え……?」
森に足を踏み入れた時、ヘンな音が聞こえたかとおもったら、私たちは森にいた。
いや、森に入ったのだから森にいたってのは間違ってないんだけどね。
そこは自然豊かで緑生い茂る森なのだった。
「いやいやいやいやちょっと待って」
「なになになに?!どういうこと?!」
予想外の事態に私とサンは大きな声を上げて慌てふためく。
「あ~これは、魔法だね~」
そんな私たちとは対照的にアミィはのんびりとした見解を述べている。
「なに?魔法って割と一般的なものなの?!」
「なかなか使うことはできないんだけどねほんとは。でも森に結界を張るなんて……よほどの実力者だよ」
「それって、やっぱり私たちのように使命を持ってるってことなの?」
「う~ん、そうじゃない場合もあるよ。魔法ってのは、認識されていないだけで実は身の回りにあるものだから」
「それで……この魔法は大丈夫なの?何かの罠?」
「今のところ害はなさそうだけどね」
妙に緊張感がないと思ったらアミィは既にそこまで知っていたらしい。
「ちょっと森を出てみようか」
私たちは森の外へ出て振り返った。
「あ、やっぱり」
そこにはさっきの廃れた森があった。
「うーん、どうして森を隠しているんだろう」
サンが唸りながら顎に手を当てている。
「いや、これは別に隠してなんかいないさ」
「どういうこと?」
「もう1回森に入ってみようよ」
アミィに言われるまま森に入る。
「じゃああの川まで行こう」
アミィは森の奥に流れる川を指さす。
「いいけど……」
川につくと、アミィは近くの石を拾ってきて川に投げた。
すると、川の水は波紋も起こさずにその石を飲み込んだ。
「え……?」
「今なんか変じゃなかった?」
「そう、これは幻覚さ。夢を見ているのさ、この森は」
「夢……?」
「そう。この森は既に生命が尽きかけてる。でも誰かが魔法で豊かだった頃の姿を映しているのさ」
アミィは達観したようにそう説明する。
「でも誰がそんな……」
「ねぇ、いるんでしょ?ごめんね、ボクは幻覚を遮ることができるんだ。そこの木の上。ほんとは葉っぱなんてないからボクには丸見えだよ」
アミィが視線を向けた木の上で物音がした。
どうやら彼女には何もかもが見えているらしい。
「キミはこの森に生きて、この森で死にたいのかい?」
「そう……」
不思議な声がきこえた。
「いつからか水が少なくなり……森はひからびた……。あたしはまだなんとか暮らせているが、この森は耐えられなかった。姿を変えていくあたしの故郷にあたしは耐えられなかった。だからあの日々を映したままこの森は眠っているの」
その声は淡々とこの森についてを説明する。
「でもキミは思い出に埋もれたまま思い出に死ぬんだよ」
「それでいい。もうおわりは近いんだから……」
「……そう、やっぱりキミも感じるんだね」
「魔法を知るものは世界を知る。この森はやがてこの惑星の辿る末路。全てがこうなって、そして、終わる」
その声とアミィは、お互いが魔法を知っているからこそどこかで通じ合っているようだ。
「そうじゃないって言ったら?」
「気休めだ。お前も見えるのだろう?この惑星の終わりが」
アミィの言葉にその声は若干の動揺を見せた気がした。
「うん。だけどね、それを取り消す方法だって知ってるんだよ」
「戯言だ。この惑星はもう干からびている。今に緑色すらなくなって、ただの茶色の塊になる 」
「そうならないようにするんだよ」
「だから……その方法がないのだ……」
その声は悲しげな声音になる。どうしても変えられなかった、そんな哀愁を感じさせる声音に。
「ううん、ある。この惑星には、ないけどね」
「ま……まさか……?」
「そう。星の巫女なんだ。この子は」
「……実在したのか……星を継ぐ子……」
アミィが星の巫女のことを口に出すと、その声はハッとしたようにその声を弾ませた。
「唯一の希望さ……この子は」
「ね、ねぇ……よくわかんないんだけど……」
「……知らんのか、この子は」
「……まだ最後までは」
「ちょっ!ちょっとどういうこと?!あの時話したんじゃないの?!」
「まだその時じゃない……って言いたいところだけど、ボクももうルナのことを信じて言うことにするよ」
「アミィ……ありがとう」
まだ私に黙っていたことがあったらしい。でもアミィはその声の主に影響を受けたからなのか、或いは私が逃げ出さないことを信じてくれたからなのか、観念するようにして口を開いた。
「あのねルナ。キミにはこの惑星を救う使命があるって言ったでしょ?」
「うん」
「それと同時にキミは、最後の審判をしなくちゃいけないんだ」
「最後の……審判?」
聞いたことはない……けれど、イヤな響きだ。
「キミがこの惑星にチカラを入れるとだね……結論から言うと……大半の生命は1度還元される」
「それって……死ぬってこと……?」
「……そうだ」
不思議な声が私の言ったことを肯定すると、アミィもまた重々しく頷く。
「だからねルナ……キミには世界を救って欲しいけど……キミがそうするかどうかは最後にキミがどっちを選ぶか次第でもあるんだよ」
優しい口調で諭すけれど、アミィが私に説いているのは決してそんな生易しいものではなかった。
「そんなの……」
「そうだよね。死ぬのはキミかもしれないしキミの友達かもしれない。無関係の生物もたくさん死ぬだろうね。でも決断しなくちゃ結局みんな死んじゃうんだけど……でもでもキミたちが生きていられるまではこの惑星ももつかもしれない」
「いうなれば……この惑星の未来か……あんたらの今か……ってことだな」
「それを担うのは他でもないキミだ。ボクはキミを導かなくてはならないけれど、それを最後に決めるのは他でもないキミなんだ」
「でも……やっぱりそれをきくと、私はギセイにしなくちゃいけないと思うわ」
胸がキュッと痛くなる。私ひとりが、この惑星の全ての魂を背負わなければいけないなんて……。
「ルナ……」
サンは、心配そうに私を見つめていた。
「ねぇサン……あなたと出会えて私幸せだわ。でももし、もしこの決断で別れてしまっても、あなたは許してくれる?」
「もちろんさルナ。僕もキミと出会えて良かったと思っているから、別れてしまったら悲しいけれど……この惑星が助かるのなら僕らだけ助かりたいなんて都合がいい話だよね」
サンは意を決したようにそう言う。
「そう……だよね……」
「……ルナは……やっぱりまだ捨てきれないの……?」
サンはすんなりとそれを受け入れられたようだった。しかし私は、わからない。お母さんのことも、サンのことも、アミィのことだって、忘れたくない。別れたくない。でもそれがわがままだって言うのなら……。
「そんなこと……ないわ……。でも……私はただ、お母さんを探しに来ただけなのに……」
「ルナ……ごめん……ボクもちょっと唐突すぎたよね。だから段階を踏もうとしたんだけど……変に隠すべきじゃなかったね」
「ルナ……」
私は泣いた。泣いてどうにかなるわけではないけれど。それがわかっていても泣いた。
「……ちょっと、休もうか」
サンが私に座るのを促そうとして先に草の生い茂る低木に腰掛けようとする。
……それは幻覚だから尻もちをついてしまったが……。
「おぅふっ!」
「……ぷっ……あはは!」
「てて……へへ」
サンの手を引いて立ち上がらせる。
「ありがと、サン」
「なんにもしてないよぉ」
そう言ってにっこり笑った。
「星の巫女……あたしからも祝福を捧げるよ」
木の上からその声の主が降りてきた。
琥珀を吊った木の蔓のネックレスをした黄色い瞳を持つ茶色の毛色の子だった。
「あたしはユリィズ。あなたはルナね。先程はすまなかった」
ユリィズが私の頭を撫でた。
「ルナ、あなたにお願いする。この森のようなセカイにならないように。だから……」
「ユリィズ……?まさか……?!」
アミィが急に慌てたようにユリィズに駆け寄りしがみつく。
ユリィズはそんなアミィの様子を気にする素振りもせず、琥珀のネックレスをはずした。
「ルナ……目を……閉じてくれないか?」
「ん……こう……?」
私が目を閉じると、首に蔓をかけられた気がした。
「これって……」
「これはこの森の生命の証。あたしが授かったキセキ。さぁ、目を開けて」
私が目を開けると、そこには森はなかった。
ただ荒れ果てた枯れ木が並んでいた。
「森が……」
「いいのよ……あたしもこの森も、もう終わりに向かうだけ。チカラは少しでも多い方がいい。だからルナ……あなたが終わらせて……。そして、始まりを告げて」
「ユリィズ……」
「そう……あたしもこの森と生きて……この森と死ぬの」
そう言ったかと思うとユリィズは、胸元で手を組み合わせた。
「ルナ……あたし、あなたが来てくれて本当によかった」
ユリィズは眠るように目を閉じた。
そして何かを呟いた途端、その身体は足元から光になっていった。
「ユ……ユリィズ……?!」
その呼び掛けは、枯れ果てた木々の隙間を潜り抜けるようにして空へと吸い込まれていった。
もうどこにもユリィズはいない。
「ユリィズは……ルナに全部を託したんだ」
呆然としたように空を見上げているアミィは、そう呟いた。
「それってどういう……?」
アミィが見つめる先にはユリィズが放った光が漂っていた。その光は私の首元のネックレスに飛び込んできた。
琥珀の中に光が集まり、宝石は輝きを増した。
「ユリィズは魔力と生命力を全部その琥珀に注ぎ込んだんだよ」
「じゃあユリィズは……」
「……うぅん、そうじゃない……そうじゃないんだ。彼女はその琥珀の中で、ボクらと旅をするんだ。話すことはできなくても……想いはいつもそこにある」
アミィは涙を堪えるように上を向いたまま優しくそう言った。
「ルナ……僕にもできること、わかったよ。僕は最後までキミと一緒にいる。この先こんなことが何度もあるかもしれないけれど、僕はキミが最後の決断をするときまで決して別れはしないから。だから……泣かないで」
サンは私の肩を抱いて私を慰めてくれた。
「……うん……行こっか。サン。アミィ。……ユリィズ」
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