第6話 横恋慕はお断り①
「で、でも……私は怖いの苦手なのよ」
ミステリーや、怪異の本を散々購入しておいて、何を言ってるんだと言われそうだ。正直なところ、遺品整理だけでもだいぶ疲れてしまっているので、今夜は早く寝たい。
依子はやんわりと肝試しを断ろうとしたが、和美は一度言い出したら聞かない頑固者だった。
「なーーに言ってんの。大丈夫よ、私達もいるし、今回は廃墟じゃないわ。本当にドライブに行くだけよ。それでね、良樹くんのお友達は霊感が強いらしくて、お祓いも出来るそうよ。なにかあっても心配ないわ」
「そ、そうなの……?」
霊感が強く、お祓いが出来ると聞けば、依子は淡い希望を抱いてしまう。
もしかして、自分に憑いてしまったこの呪物を祓えるかもしれない。けれどそんな話題が出れば、昨晩のように悲しみ、慌てふためきそうな百鬼だったが、隣に座って退屈そうに大きな欠伸をしている。
楓の時はあんなに反応していたのに、と依子は首を傾げた。
「分かったわ。それじゃあ向かいに来てくれない? でも、あまり遅い時間まではやめてよね。うちは門限が厳しいから、十時までには帰りたいの」
「良いわよ。楽しみだわぁ〜〜!」
「なにやらお友達と楽しそうですねぇ。その場所に物の怪や悪霊がいるならば、私にとってはご馳走です。依子さん、任せて下さい。いついかなる時でも私は依子さんのお側におりますので、どーんと大船に乗った気でいて下さいな!」
今まで大人しかった百鬼が、急に話に首を突っ込んで来た。彼にとっては、お化けが出る場所なんて、バイキング会場と一緒なのかもしれない、と依子は苦笑する。それなら、お手並み拝見と行きたいところだ。
✤✤✤
夕食を終えて、和美とドライブに行くと言ったが、母親はあまり良い顔をしなかった。
『女の子が夜出歩くなんて』とぶつぶつ文句を言われたが、依子の日頃の行いが良いお陰なのか、一応『門限まで』という許可がおりた。
たまの夜遊び相手が、幼馴染の和美ばかりなので、そのうち両親から雷を落とされそうな気はしている。
夜風が肌寒い中、家の前で腕をさすっていると一台の車が止まった。
「依子、お待たせ。後ろに乗って乗って」
良樹の車でやって来た和美は、助手席から顔を覗かせると、後ろに乗るように指示した。扉を開けてそこに座っていたのは、なんと霜山書店の息子、圭佑その人だった。
煙草を吸いながら、依子に向かって手をヒラヒラとさせる。
「えっ……け、圭佑さん?」
「おー、依ちゃん。こんばんは」
「圭佑さん、良樹くんのバイト先の友達なんだって。親友らしいわよ。商店街の霜山書店の息子さん……って、依子は知ってるわよね」
依子は、完全に幼馴染に図られたような気がしてげんなりした。吊り橋効果を狙って肝試しをセッティングされ、背中を押されそうだ。
とりあえず迎えに来られた以上、良樹の車に乗るしかないだろう。百鬼は、呪物の数珠の中に入っているが、なんとなく居心地が悪い。
それにしても、圭佑が霊感を持っているという事は知らなかったので、依子は驚いた。
「それじゃあ、出発進行! 今日は
良樹は車を走らせると、楽しそうに笠根ダムの由来を話した。赤いワンピースの女という、巷でありがちな噂から、百鬼夜行という突飛な話まであるらしい。
依子は苦笑する。百鬼夜行とは、鬼や妖怪の行列が練り歩く現象だ。
彼女は、得体のしれない妖怪らしき物を視てはいるものの、さすがに百鬼夜行は視た事がないし、スケールが違い過ぎるので、言い過ぎだろうと思った。
「百鬼夜行だなんて、ただの噂話じゃないかしら?」
「そうかなぁ? 俺の知り合いの知り合いの友達が、見たって話だよ。とにかくすげぇんだって」
「この子、視えるけど怖がりなのよ。赤いワンピースの女は、高校の先輩から聞いた事があるわ」
運転席で、和美と良樹が盛り上がっている。隣に居た圭佑が、窓から煙草の灰を落とすと不意に依子を見た。視線を感じた彼女は、ふと気まずそうにして彼の方をチラリと見る。
「どうしたの、圭佑さん」
「なんだ、あんな怖い本を取り寄せている癖に、怖がりなんだ。知らなかったなぁ。依ちゃん、俺は霊感があるし祓えるから大丈夫だよ。いざとなれば俺が、依ちゃんを守ってあげるから」
圭佑がそう言うと、黒曜石の数珠からニュッと百鬼が口をへの字に曲げながら顔を出した。そして、圭佑をビシッと指差すと言う。
「依子さん、こいつ全っっっ然視えてませんよ! 依子さんに対して、けしからん下心を抱いてるのです!」
「そ、そうなの?」
突然出てきたので、ギョッとした依子だったが、確かに圭佑に彼が視えている様子もないし、呪物が側にあっても、無反応だ。
依子の返答がどちらとも取れるような物だったので、勘違いをした圭佑が、窓からタバコをポイ捨てすると、食い気味に話し掛けてくる。
「嘘じゃないぜ。俺はな、高校の時に友達に憑いた悪霊を祓った事があるんだぜ。だから依ちゃん、怖くなったらいつでも俺に抱きついて良いからね」
シュルシュルと出てきた百鬼は、依子と圭佑の間に座ると、カチカチと歯を鳴らした。すると、急に車内の温度が下がって空気が重くなる。
「依子さんは私の許嫁ですから、私がお守り致します。それが運命の理です。こんなホラ吹きポイ捨て男なんて、頼りになりません。指一本でも触れたら、頭からバリバリ喰うてやろうか」
「だ、だめよっ……」
いつからお前の許嫁になったんだと突っ込みたくなったが、依子は慌てて声を出す。百鬼なら本当に圭佑を食べてしまうか、呪詛で殺してしまいかねない。
慌てる様子を勘違いした圭佑は、上機嫌で『可愛いな』と笑っていたが、急に背筋に悪寒を感じたのか、腕を擦る。
「なんか急に空気が重くなってきた。寒いな……。ダムの妖怪達が俺達に気付いたのかも」
などと、圭佑は呑気に呟いた。
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