『リンゴ』(376文字)

暗い部屋の奥に、リンゴが潰れてる。

黄色い果肉は置いといて、透明の果汁も置いといて、とにかくリンゴの赤い皮が、しわくちゃになってる。

果汁染み込み過ぎて、あの皮は多分、シャクッとはしてなくて、多分、ベタベタだし、触ると手がネトネトになると思う。

それに、触るとリンゴに指紋がついちゃうから、現場検証のときとかに、探偵さんとか刑事さんに迷惑がかかる。

だから、触るのはやめとこう。

触りたいのか?

じゃあ、なんか代わりのもの用意するから、待ってて。

冷蔵庫どこだ、あった。

フタ開けて冷気がにじむ。

冷たい中で瓶が、ガラゴロとこすれる。

タッパーがぶつかる。

白い牛乳パックにぶつかる。

麦茶が揺れる。

タマゴは、割らないように。ニワトリがかわいそうだろ。

ほらこれ、代わりのものだ。

ジャム。イチゴの。

これ触っとけ、リンゴの皮の代わりに。

手の上でベタベタになったら、舐めとれ。

うまいぞ。

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