セブンス・センサーズ

芳雄

1.地を這う虫


「さ、着いたぞ」

 私は、今日の現場、旧永田町駅にトレーラーを乗り付けると、仏頂面で助手席に固まっている新入りに声をかけた。


 パーキングブレーキをかけると、プシューッと圧縮空気が抜ける音がした。

「まあ、気楽に行こう。どうせ、いいことなんてない」


 新入りは元自衛官。しかも特殊作戦群トクセン出身らしいが、初回からの活躍は期待しない。

 今回は、言われたとおりの雑用ロジができれば及第。作業オペレーションが終わった後に、“辞めたい”と言わなければ御の字だ。


 コントロールパネルを立ち上げ、オペレーション用のバッテリーを起動させた。


 時刻を確認する。

「現着、ヒトヨンマルロク。日誌に書いといてくれ」


 四番出入口は、首都高四号新宿線を見上げる位置にあり、高架橋の影に入って日が差さない。

 湿ってひび割れたコンクリートの狭い下り階段だけが見えている。


 だが、その先には総延長二〇〇キロメートルに及ぶ暗黒の地下迷路が広がる。

 かつて“東京メトロ”と呼ばれたこのトンネルに、今は数千匹のブラッドワームが棲みつく。


 ブラッドワームは、もともとは海岸の浅い砂底に穴を掘って棲む環形動物で、見た目はミミズに近い。

 捕食の際、口からマズルを伸ばすのだが、その先に金属を含有する牙が十文字に付いており、神経毒を注ぎつつ、獲物に食いつく。

 何やらエイリアンのようだが、体長は十センチ程度。最大でも三五センチほど…だった。


 それが巨大化した。


 私たちが駆除すべきブラッドワームは、体長十メートルを超える赤色の化け物だ。

 そいつらが、雨が降るたびに地上に這い出し人肉を漁る。


 地下に潜って奴らを退治するのが私たち“セブンス・センサーズ”の仕事だ。


 正しくは、能力者をセブンス・センサーズと呼ぶ。私は“セブンス”たちのボディガードであり、かつ彼らの隷下でワームを駆除する兵隊だ。


 彼らの“第七感”の正体は、異常に発達した五感だけでなく、時空把握と位相感応力、絶対的な体内時計とされる。


 感覚情報を統合し、そこに時間軸が入り込むことで可能となる差分解析により、常人が些細な“違和感”と呼ぶものを具体的に感知する。


 気の毒だが、現世の感覚すべてが違和感の塊であり、彼らの特性が発見されるまで、幼児期に衰弱死していたはずの存在だ。

 母親に増えたシワの一つ、ミクロン単位で伸びた頭髪、湿度による声質の変化。その程度でも膨大な情報の洪水で彼らを溺れさせる。


 皮肉なことに、天賦の能力である第七感は、感覚の遮断によってのみ護られる。残酷ではあるが、この措置は延命と言ってもよかろう。


 レバーを操作すると、荷台から、銀色のタンクが現れる。この中に浸かると、外界と感覚が一切遮断される。いわゆる感覚遮断タンク、“アイソレーション・タンク”だ。


 その中から、セブンス・センサーズの一人が立ち上がった。


 少女の名は、七菜子。


 第三世代の“セブンス”だ。


「ああ!うるっさい!!」


 少女は痩せ細った身体から身震いでしずくをまき散らし、吠えるように怒鳴った。


「そこら中に虫がいるじゃん。アンタもだよ!」と私を見下した。


 私は微笑み、呼気を整え心拍数をコントロールし、ワームどもを駆除するための装備を黙々とチェックした。




 彼女には、軽く半径数キロメートル以内の“地を這う虫”が、手に取るように見えている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る