そこに、あの子の死体は埋まっていた
星来 香文子
前編
おかしな話ですよね。
元夫から、息子の遺体が見つかったと聞いた時、最初はとても驚きました。
親権も養育権もすべてあちらにあるとはいえ、あの子は————
遺体がどのくらいの期間で骨になるのか、詳しいことは知りません。でも、それにしたって、同じ場所で見つかった
それなのに、まるで龍起だけがずっと前から、あそこに埋まっていたような……そんな奇妙な状態で見つかって……
警察の方から聞きましたけど、遺体が見つかったのは山中理くんのスマホのGPSのおかげだと聞きました。二人とも家に帰ってこなくて、連絡が取れずにいたところを警察が調べてくれて、あの裏山から見つかったって……山中理くんの下から、白骨化した身元不明の遺体が見つかって、DANを調べてみたら龍起のものと一致したんですよ。おかしいでしょう?
とてもおかしな話なんです。でも、私にはそのおかしな話を聞いて、しっくりきました。
私、ずっと前から、違和感を感じてはいたんです。多分、あの夏から…………実は龍起が小学五年生の夏休みの終わり頃に、一度、行方不明になったことがあったんです。
遺体が見つかった山の近くの道路で倒れていました。警察の方から聞いた話では、ひき逃げされて、そのまま放置されていたようなんです。あそこは、あまり交通量の多い場所ではありませんでしたし、スピード違反をする運転手は少なくありません。近くに防犯カメラなんかも一切ありませんしね。
なんとか命は助かりましたが、しばらく植物状態で————とにかく最初は、意識が戻るのを待つしかありませんでした。やっと目を覚ましたと安心した矢先、龍起は記憶喪失になっていることがわかりました。
ドラマや映画のみたいに、何も覚えていなかったんです。事故当時のことはもちろん、自分のことも、私たち家族のことも、学校のお友達のことも、全部忘れてしまっていて……
目を覚ました龍起は、まるで別人になっていました。私の息子ではない。私の知っている龍起じゃないと思いました。
それでも「それはきっと、記憶喪失のせいなだけで、記憶が戻れば元に戻るだろう」と、元夫は言いました。医者の言う事なので、私もそういうものなのかと納得しました。
そこで思い出すきっかけになればと、色々なものを見せたり、お友達に会わせたりして……その甲斐あって、中学生になる前に、失った記憶は小学五年生の春から夏にかけての物以外は、もうすっかり回復しています。それでも、まだ何か違和感は残っているような、どこかがおかしい気はしていました。
理由は自分でもわかりません。母親の勘とでもいいましょうか……とにかく、妙な違和感はありましたが、私はそれをできるだけ気にしないようにしていたんです。龍起がこうして生きて家に帰ってきたそれだけで、十分じゃないかと。
でも、あの子が中学生になって、声変わりが終わったぐらいの頃のことです。確か、中学一年生の夏か秋頃。あの子の部屋の掃除は、小学生の頃までは私がしていました。中学生になってからは、あの子も年頃ですから自分の部屋の掃除は自分でするということになったんです。そんなある日、私のミスで、取り込んだ洗濯物を畳んでいた時、間違えて元夫の洗濯物に龍起のシャツが一枚紛れ込んでいたことがあったんです。
洗濯物も、洗って取り込んで畳むところまでは私の仕事で、家族それぞれが自分の部屋のクローゼットや引き出しに入れることになっています。元夫と私は寝室が同じでしたから、元夫と私のものは私が、姑と舅のものは姑が自分の部屋にそれぞれ持っていくようにしていました。もちろん、当時高校一年生だった娘も、自分の服は自分で……
久しぶりにあの子の部屋に入りました。毎週火曜日と木曜日のその時間は、家に私しかいません。夫と舅はまだ勤務している時間で、姑はカルチャーセンターで陶芸を習っていて、娘は吹奏楽部の練習。龍起はピアノ教室に通っていました。
クローゼットにシャツをかけて、そのまますぐに部屋を出ようと思ったのですが、机の上に置いてあったPCの電源が切れていないことに気がついたんです。きっと、消し忘れたんだろうと思いました。帰って来るまではかなり時間がありましたし、触ってみるとPCも熱くなっていました。最近新しく買った方ではなく、小学生の頃から愛用している方の古いPCでしたので————もし何かダウンロードしている最中とか、作業中なら、そのままにしておくつもりでいました。
ですが……画面を確認すると、デスクトップの壁紙がある男の子の顔写真だったんです。
小学生の中学年くらいの男の子の写真でした。どこか見覚えのある顔のような気がして、最初は芸能人か何かかと思いましたが、嫌な予感がして、PCの中に入っている画像ファイルを確認しました。息子も年頃だし、プライバシーがあるのはわかっています。それでも、確認せずにはいられませんでした。
そうしたら、そのPCの中に同じ男の子の画像が入っていました。明らかに盗撮としか思えないものも、息子と二人で写っているものもありました。
それらの中には、その男の子の裸の画像もあったんです。
こんな時代ですから、息子の性的指向が女性ではなく男性に向いていたとしても、私は受け入れるつもりでいました。まだ中学生ですし、はっきりどちらなのかはきっと本人でもわかっていないでしょう。たまたま好きになった子が、男の子だっただけなら、それはそれで仕方のないことだと思っていました。私の知り合いの息子さんにも、そういう子たちはいます。私は寛容な方だと思っていました。
画像だけであれば、まだ可愛いものです。もちろん、盗撮はいけないことですが……中学生ですし、今からでもきちんと話せば、わかってもらえるだろうと思っていました。
しかし————
『……あいしてる。龍起くん』
その男の子が、画面に向かってそう言っている動画が見つかりました。裸で、明らかにそういう行為をしている最中の動画です。息子の姿も映っていました。男の子だけが、服を着ていなくて、息子は下だけ脱いでいる状態でした。そして、二人が繋がっている部分もはっきりと映っていました。
この動画が撮影されたのは、息子が小学五年生の頃でした。記憶をなくしたあの事故が起こる前に撮られたものです。
他にも、いくつか動画は残っていました。
どれも、その男の子は辛そうで、嫌そうに泣いていて、龍起は笑っていました。とても嬉しそうに、楽しそうに、その男の子の体をおもちゃにして、笑っていました。
私は自分の息子がしていることがあまりに恐ろしくて、信じられなくて————
でも、この事故に遭う前の息子は、やっぱり私の息子だって思ったんです。やっていることは酷いことです。相手の子の同意がなく、こんなことをしているなら、いくら子供のしたこととはいえ、立派な犯罪です。性暴力です。それを許そうとは思っていません。ただ、その画面の中の龍起こそが、私の息子だと心から思えたんです。
それで、今の……中学一年生になった龍起が、私の見ていないところで普段どうしているのか知りたくなって、龍起の部屋に、カメラを取り付けました。
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