ひとり見上げる虹の色は

霜月このは

1

第1話

 その言葉は、その透き通る声は、ただわたしを赦してくれた。

 取り返しのつかない罪を犯したわたしを。ただ包み込んで、抱きしめて。そして、それがわたしにとっては一生の罰だった。


 *


 ベッドの上に寝転ぶ。スマホを手に取ると、いつものWebサイトがすぐに開く。そろそろ、いつも読んでいるWeb小説の更新の時間だった。


 1話あたり、たったの2000文字強だから、ほんの一瞬で読み終わってしまうのだけど。その瞬間のワクワクといったら、ほかの何物にも替え難くて。わたしは毎日のその時間を心待ちにしていた。


 今日の展開は特にドキドキだった。主人公の女性が、好きな人と一緒に飲みに行って、もしかしたらお持ち帰りをされちゃうかも、とかそういう展開で。


 たかがフィクションだっていうのに、わたしの胸はドキドキしてしまう。


 あんまりドキドキしてしまったから、同じタイミングで更新されたほかの小説を読む気にもなれなくて、わたしはスマホを閉じる。ベッドに寝転んだまま、さっきのシーンを脳内で思い返して、手足をバタバタさせた。


 『葉瑠はる』というペンネームのその人の作品が、わたしの1番のお気に入りだった。


 葉瑠さんが書くのは専ら『百合』と呼ばれる女性同士の恋愛を描いた小説だ。今まで読んでいたのも、真面目系の先輩とふわふわした後輩との社会人百合で、ちょっと大人なシーンもあったりするから、ちょっと反応に困ってしまう日もあったりする。


 今も興奮が醒めやらなくて、どうしようかなと悩みながらも、わたしは部屋の電気を消すことにした。もう今日は店じまい。布団をかぶって、申し訳程度に目を閉じた。やることは、あとは一つだけ。


 暗闇の中で、もぞもぞと動いて、ひたすらに指を動かす。

 荒くなる息と、衣擦れの音と、頭の中がとろんとしてしまうような、甘い甘い快楽。


 満足するまで震えて、長い息を吐き出した。


 わたしだって、23歳の年頃の女なのだ。さっきみたいなシーンを読んでしまったら、そりゃ、こういうふうになってしまう日もある。それは致し方のないことだとはわかっているけれど。


 だけど、ときどき不安になる。このまま、ずっと1人だったら、ずっとこうして1人で自分を満たすことになったら、どうしよう、と。


 パートナーのいたことのないわたしは、そんなことばかり考えてしまう。このままずっと1人なら、誰にも愛されないのなら、こんな欲望に、衝動になんの意味があるだろう。


 そんなことで涙を流したりなんてしないけれど、内心は寂しさでいっぱいだった。



 *



 わたしは同性愛者だ。初恋は中学生のときで、好きになったのは同級生の女の子だった。初めてのその恋は、想いを打ち明けることもできずに終わった。


 以来、好きになるのは女性ばかり。高校生のときには勇気を出して告白をしてみたけれど、相手に引かれ、拒絶されるだけで。わたしは大きな傷を受け、それ以来、自身を癒すのは、小説や漫画の中で描かれる百合の世界だけだった。


 幸いにも、最近ではネット上でいくらでも小説を読むことができる。

 その日もいつものように、小説投稿サイトでWeb小説を読み漁っていて。ある小説のリード文に目が止まった。


「シガーキス、姉妹百合?」


 なんだ、それは、と思う。まあネーミングのままなのだろうけど、シガーキスと姉妹百合という組み合わせに興味を持ったわたしは、その小説を読んでみることにした。


 内容は、姉妹がシガーキスをするようになる百合ということで、そのまま説明通りのものだったわけだけど、気づけばその物語に惹き込まれていた。


 わたしはすぐさま、その作品と作者をフォローした。それが、わたしと葉瑠さんの出会いだったのだ。


 連載しているシガーキス百合の更新が待ちきれなくて、気づけばわたしは、葉瑠さんの作品を少しずつ読み進めるようになっていた。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る