:第40話 「託されたもの」

 この戦いでは、大勢が死んだ。

 先に後方に去って行った者を除いて、B分隊の仲間も、その過半が。


 生き残っているのは、アラン・フルーリー。

 そして、ジンジャー・ジョーンズ。

 二人の二等兵だけだ。


 厳密にいえばベイル軍曹もまだ生きてはいるが、彼は、すでに生還するということを考えていない。

 どうせ爆破するのなら、戦車を道連れにしてやろう。

 そう考えているのか、目を閉じてじっと、迫って来る音に耳を澄ませている。


 生き延びて、一両でも多くの敵戦車を屠れ。

 その最後の命令を聞いた時、アランは、———釈然しゃくぜんとしなかった。


(俺は……、貴方の仲間じゃないんですか!? )


 そんな疎外感を覚えてしまったからだ。


 B分隊において、アランは一種の[お客様]として扱われていた。

 この先もずっと同じ部隊にいるわけではなく、期限が訪れればいなくなる存在として。


 そのことを実感したのは、ほんの最近。

 ベイル軍曹たちから、アラン、と、名前で呼ばれるようになって、これまでは本当の意味での仲間としては受け入れられていなかったことに気づいたからだった。


 ああ、自分は、認められたのだ。

 共に戦う仲間として。

 運命を同じくする、戦友として。


 志願してこの場に残り、戦う、という覚悟。

 それを正しいことだと、自分にとって良いことなのだと心からそう思うことができたのは、このおかげだった。


 それなのに。

 この期に及んで、ベイル軍曹はアランを生かそうとしている。


 まだ、二十歳に、大人にもならないような少年だからなのか?

 それとも、やはり本当の仲間ではないからなのか?


 それが、善意から来ている。

 そのことは良く分かっている。

 分かってはいるのだ。


 それでもアランは、ここで、彼と共に最後まで戦いたかったのだ。

 死んでいった戦友たちと共に、最期まで。


 この行為には、戦いには、そうするだけの価値があると、心から信じていたから。


「……了解、しました」


 だが、アランは喉元まで出かかった言葉を飲み込み、敬礼をして見せていた。

 ここで議論をしていられる時間など、残されてはいなかったからだ。


 連邦軍の戦車は橋を渡ろうと迫りつつあったし、ベイル軍曹はもう、長くない。

 ここで問答をしている間に橋を渡られてしまうかもしれないし、和解できないまま、軍曹は息絶えるかもしれない。

 そのどちらも、最悪の結末だ。


 だからアランは自分の気持ちを飲み込んで、去ることを決めた。

 同時に、誓う。


 一両でも多くの敵戦車を、屠る。

 せめて、その最後の命令を遂行しようと。


 自分が生きている限り。

 この戦争が、続く限り。


 この戦いで失われていった命が、願ったこと。


 王国を、そこに暮らす人々を守る、ということ。


 それを叶えるために。

 果たすために


 アランは振り返らなかった。

 敵に発見されないように周囲を確かめ、そして、来た道を素早く戻っていく。


「アラン! ベイル軍曹は!? 」

「橋を爆破するために残る、って」


 茂みの中で小銃を握りしめ、心細そうに周囲を警戒していたG・Jにたずねられても、言葉少なに、淡々と事実だけを伝える。


「……そう、なんですね」


 取り乱して、救いに戻らなければ、などと言い出すかと少しだけ思っていたが、彼女は静かにそれを受け入れていた。

 ベイル軍曹がもう助からないことや、橋を爆破するためには誰かが残らなければならないということなど、G・Jもよく承知していたのだろう。


 か弱い、普通の女の子。

 そんな自分の中の印象をあらためなければいけないな、と自戒しつつ、アランは最後に受けた命令を伝えた。


 生き延びて、戦え。

 敵の戦車を一両でも多く、撃破せよ。


 その言葉を聞いたG・Jは、黙ったまま、真剣な表情でうなずいただけだったが、その命令はしっかりと受け止められたのに違いない。

 彼女もまた、この戦いに志願して残った一人であるのだから。


 連邦軍の支配下に入りつつあるこの場所から、うまく逃げ延びなければならない。

 そうしなければ、軍曹の命令を遂行することはできない。


 それは困難な事柄であり、悩ましかったが、二人は爆発の範囲から逃れて身を隠し、しばらくの間はそこを動かず、じっとしていた。

 せめて橋が爆破されるまでは見届けようと、そう思ったからだ。


 連邦軍の戦車は、ゆっくりと丘を下って来る。

 念のために周辺を警戒しているのだろう。その動きは慎重なものだった。


(早く……! 早く、降りて来い! )


 アランは必死にそう願っていた。

 ベイル軍曹は戦車と刺し違えるつもりでいるが、あんなに遅く向かって来るのでは、先にその命が燃え尽きてしまうことになるかもしれない。


 相手にも、生身の人間が乗っているのだ、などということは、少しも気にならなかった。

 彼らはもしかしたら善良な人間であるのかもしれなかったが、もはや、王国にとっては侵略者の手先であり、倒さねばならない敵となってしまっていたからだ。


 間に合ってくれ。

 その願いは、———通じたらしい。


 対戦車猟兵たちの奮闘によって、数十両もあった敵の中戦車はその数を十両以下にまで激減させていた。

 その少なくなった戦車たちが道に沿って、一列に進んで来る。

 そして先頭の車両が、橋の上に到達し、その中ほどにまで至った瞬間。

 仕掛けられていた爆薬がベイル軍曹の手によって炸裂し、橋全体が吹き飛んだ。


 突然足元の支えを失ったその戦車は、なす術もなく落下する。

 爆発によって巻き起こった煙の中にその姿は消え、わずかに戦車砲の先端だけが突き出ていた。


(よかった。軍曹は、やったんだ! )


 心の底から、そう思う。

 ベイル軍曹は、彼が背負うと決めた責任を最後まで果たすことができたのだ。


 対戦車猟兵。

 鋼鉄の怪物を屠る、狩人。


 その任務であり、本分は、敵の戦車を一両でも多く倒す、ということだ。


 三十七ミリ対戦車砲という、決して十分とは言えなかった機材を駆使して、知略を絞り、勇敢さを発揮して戦い、最後まで彼はその使命を全うしたのだ。


 その、はずだった。


「ウソ……、なんで!? 」


 G・Jが戸惑ったような悲鳴をらす。


 なぜなら、橋と共に破壊され、通行の復旧を妨げる残骸となり果てたはずの戦車が、まだ生きていたからだ。

 残骸となった橋をキャタピラでかきむしり、真っ黒な排気をまき散らしながら必死にい上がろうとしている。


 アランはそのことを認識すると、敵意と、決意の入り混じった凄絶な表情を浮かべ、睨みつけていた。


 それは、決して、あってはならないことだったからだ。

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