・第38話 「死闘:2」

 B分隊の中に放り込まれた手榴弾は、ミュンター上等兵の声に気づいた仲間たちが咄嗟とっさに伏せた瞬間、炸裂した。


 下手をすればその一発で全員が死傷していたかもしれない。

 しかし、ただ一人を除いて、無傷で済んだ。


「ダニエルっ!!! 」


 何が起こったのかを理解して、ルッカ伍長が倒れ伏したまま動かないダニエル・ミュンター上等兵にすがりつく。

 抱き起してみると、———下腹部の辺りが大きくえぐられ、赤黒く中身が露出している。

 何度も呼びかけられても、反応は返って来ない。

 即死だった。


「あの野郎ッ!!! 」


 怒りの声と共にパガーニ伍長が軽機関銃を向け、手榴弾を投げ込んで来た敵を撃ち倒したが、仲間の一人が失われたという事実は変わらない。


「……もう、十分だな」


 もはや防衛線としての機能は失われた。

 そう判断したのか、ベイル軍曹は見開かれたままだったミュンター上等兵のまぶたをそっと閉じてやると、彼の懐から短機関銃の弾倉マガジンを引き抜いて立ち上がっていた。


「みんな、援護してくれ。……橋を爆破する」


 それが、王立陸軍第二一七独立対戦車砲連隊・第二大隊の、最後の作戦だった。


 丘と丘の間に流れている小川。

 川幅が二メートルもないようなものだったが、一般の車両が通行できるようなものではなく、そこを通過する道路には橋がかけられている。


 舗装もされていないような道路上にかけられた、ささやかな木製の橋梁。

 切り出した丸太を橋桁としていくつかのはりで補強し、板で路面を作っただけのものだ。


 しかし、それがあるおかげで車両がそこを通過することができる。

 この橋を爆破して破壊すれば、連邦軍の進撃を食い止めることができるはずだった。


 といっても、せいぜい数時間のことだろう。

 あんな小川、工兵隊がやってくればすぐに架設橋ができあがってしまう。


 だが、そのわずかな時間が、必要なのだ。

 その数時間を稼ぐためにこそ、アランたちはこの場に残っている。


 爆薬の設置は、すでに済んでいる。

 昨日のトラックが運び込んで来た補給品の中に、一式、道具がそろっていたのだ。


 後は起爆装置のところにまでたどり着き、スイッチを押すだけ。

 そしてそれは、A分隊の陣地があったやや後方に設置されている。

 本来であればヴァレンティ中尉が作動させる手はずだったのだが、彼はすでに戦死しており、その責任はベイル軍曹が引き継いでいた。


「軍曹を援護するぞ! ……おい、マリーザ! しっかりしろ、武器を取れ! 」

「……分かってる! 分かってるよ! 」

「そうだ、それでいい! さぁ、撃ちまくってやろうぜ! 」


 敵に接近されている状況でベイル軍曹が起爆装置にたどり着くためには、援護射撃が不可欠であった。

 塹壕から飛び出したところに集中射撃を受けたら、誰だって任務を達成することはできない。


 弾雨による加護と、そして幸運が必要だった。


「撃て! 」


 パガーニ伍長の号令でB分隊の生き残りたちは一斉に周囲に向かって攻撃を開始する。

 小火器だけでは足りないから、こちらもお返しとばかりに、昨日の補給トラックに運ばれて来た手榴弾も手当たり次第に投げつけた。


 その援護に守られながら、ベイル軍曹は素早く戦場を駆け抜けた。

 姿勢を低くした中腰の姿勢のまま、茂みや倒木に身を隠し、そして奇跡的に、無傷でたどり着く。


 ———だが、トラブルが発生した。

 軍曹が起爆装置を押し込んでも、橋は爆破されなかったのだ。


 何度試みても、作動しない。


 専門の工兵がいない中、しかも夜間に準備をしたから、手落ちがあったのか。

 そんな予感がしたが、違った。


 ベイル軍曹が、起爆装置から爆薬までつながっているはずの電線を手繰たぐり寄せると、途中で切断されていることが分かる。

 爆撃か、これまでの攻撃によって断線してしまっていたのだ。


 数時間というわずかな、だが今は命よりも貴重な時を稼ぐために、橋は爆破されなければならない。


 いったい、どうするのか。


 固唾を飲んで見守っていると、ベイル軍曹はそのまま、橋の方へ向かおうとし始める。

 どうやら直接、起爆しに向かうつもりであるらしい。


「どうする、カルロ!? 」

「んなの決まってんだろ! 援護だよ、援護! 」


 それを見たB分隊は、少しでもその前進を手助けするために激しく援護射撃を継続した。

 しかし、敵はさらに迫りつつあり、その圧迫の度合いを強めている。


 あちこちから弾雨が浴びせられ、逆にアランたちの方が釘付けにされつつあった。


「がっ!? 」


 悲鳴をあげ、ルッカ伍長が右手で左肩を抑えてうずくまる。

 被弾したらしい。


「伍長! 」

「大丈夫だよ、G・J! あたしは、大丈夫だ! それより、軍曹を支援しないとっ! 」


 慌てて駆けよろうとしたG・Jを押しとどめた彼女は、気丈に立ち上がると右手だけで短機関銃を操作し、発砲を再開した。


 そうした必死の援護の甲斐もあり、ベイル軍曹は少しずつ橋に接近していく。

 だが突然に倒れて、姿が見えなくなった。


「くそっ! やられたのか!? ……いや、生きてる! 」


 弾倉マガジンを交換しながらパガーニ伍長が叫んだ通り、ベイル軍曹はまだ生きていた。

 ただ、無傷でもないらしい。

 って進もうとしているが、ペースは明らかに鈍くなっていた。


「……おい、アラン! G・J! 」


 その様子を見つめていたパガーニ伍長が、なにやら思い詰めた様子で二人の一等兵の方を振り返った。


「お前ら、軍曹を助けに行ってやってくれ! 」


 一瞬、アランは面食らってしまった。


(この、中を? )


 軍曹に手助けが必要だ、というのは理解できる。

 しかし、成功の見込みなどないだろう。


 そんな彼に向かって、伍長はニヤリ、と不敵な笑みを見せた。


「安心しな! 俺様が囮になってやるからよ。二人とも、準備ができたら合図をしな! 」

「……わ、分かりました! 」


 囮になる、と言っても、どう囮になるというのか。

 意味が分からないし不安は消えなかったが、しかし、やらなければならないことだ。

 腹をくくったアランはG・Jと共に塹壕の中に残っている武器の中から使えそうなものをかき集めて装備し、飛び出す準備を整え、「行けます! 」と合図を送った。


「おらぁっ!!! カルロ様の、お通りだぜぇっ!!! 」


 カルロ・パガーニ伍長が突然そう叫びながら立ち上がり、塹壕から大きく身を乗り出したのは、その瞬間のことだった。

 獰猛どうもうなな笑みを浮かべ、軽機関銃を腰だめにかまえ、連邦軍のいる方向に向かって進みながら乱射する。


 囮になる、というのは、そのままのことだった。

 彼は自分自身を、敵を引き付けるための的として利用したのだ。


「早く行きなっ! カルロがやられちまう前に! 」


 そのあまりにも無茶苦茶な行い呆気に取られていたアランとG・Jは、ルッカ伍長から叱責されて慌てて駆け出した。


 無数の弾雨が、パガーニ伍長に集中する。


「そうだ! 撃って来い! 俺様を撃て! さぁ、撃ちやがれってんだよ!!! 」


 彼はそうわめき散らしながら、ひたすら前を目指して進む。

 数発の弾丸がその肉体を射抜き、口元から鮮血が零れ落ちても、その歩みは止まらなかった。

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