・第36話 「航空支援」

 敵はまた、すぐに押しよせて来るのに違いない。

 そう予想した第二大隊は、迎撃の準備に余念がなかった。


 同じ手はもう使えない。

 一度使った作戦に何度も引っかかるほど連邦軍は愚かではないはずだったし、こちらにも打てる手はあまり残されてはいない。

 後はひたすら、突撃して来る敵を迎え撃つのみだ。


 残された弾薬の量を数え、対戦車砲が問題なく作動することを確認し、空になった軽機関銃の弾倉マガジンに弾薬を詰め直し、敵が再び攻めて来るのを待ち焦がれる。


 敵を食い止めるために志願した者たちの脳裏にあったのは、どれだけ長くここに敵を足止めすることができるか、ということだった。

 ここで踏み留まる時間を長くできればできるほど、王国は戦線を立て直す機会チャンスを得ることができ、家族や友人たちが安全でいられる確率が高まる。


 すでに、命は捨てている。

 できるだけ長く、そしてなるべく多くの敵を道連れにして、この陣地を文字通り死守するつもりであった。


 煙幕が晴れたら、すぐに攻撃が再開されるだろう。

 そう予想して警戒していたのだが、意外なことに、煙が消滅しても辺りは静かなままだった。


 丘の稜線りょうせんの向こう側にまで後退したらしい連邦軍は、いったい、なにを考えているのか。

 さらなる増援を待っているのか、あるいは、砲兵と連絡を取り、砲撃支援を要請しているのか。


 砲撃されるのは困るな、と思いつつも、アランたちは穏やかな心情のままその時を待っていた。

 ここを動くつもりはまったくないのだから、砲撃が降って来るかも、などと心配することはまったく無駄なことであったからだ。


 そうして、二時間ほどが経過した時。

 連邦軍がなかなか攻撃を再開しなかった理由が判明した。


 最初に起こった異変は、ブゥン、とうなるような音が聞こえ始めたことだった。

 そしてその音はどんどん近づいてきて、すぐに、形となってあらわれた。


「空襲! みんな、伏せろッ!!! 」


 それが、対地攻撃用の爆弾を吊り下げた単発の戦闘爆撃機だと認識した瞬間、ベイル軍曹はありったけの声を張り上げて叫んでいた。


 反射的にアランたちは塹壕の底に伏せる。

 周囲を爆発の轟音ごうおんが押し包み、振動によって全身が包み込まれるように揺さぶられたのは、その直後のことであった。


 幸いなことにB分隊は直撃を免れた。

 飛来した敵機の内、少なくとも一機は間違いなくこちらを狙って降下してきているように見えたのだが、狙いが外れたのか、狙われているというのは勘違いであったのか。


 熱心に偽装を施す訓練を積んで来た甲斐があったのかもしれない。

 おそらく連邦軍が第二大隊の位置を通報し、目標の指示を受けて飛び立った近接航空支援機であるはずだったが、不慣れな地域で明確な目印もなく、隠れている相手を正確に空から探し出してピンポイントで爆撃することはきっと、難しかったのだろう。


 自分たちは、まだ生きている。

 そのことを冷たい土の感触で思い知りながら恐る恐る顔をあげ、飛び去って行く敵機の姿を半ば呆然と見送っていると、G・Jの悲鳴が聞こえた。


「た、大変っ! A分隊が……っ!!! 」


 咄嗟とっさに視線を向けると、なにが起こったのかは瞬時に理解することができる。


 B分隊の数十メートル先に、ヴァレンティ中尉が直接指揮しているA分隊の陣地があった。

 その、はずだ。


 しかし、跡形もない。

 爆撃を受けたらしい。そこには大きなクレーターが生まれ、薄く煙がたなびいているだけであった。


 直撃を受けたのだ。


 小隊長を、指揮官を失ったのではないか。

 自分たちをより上手に戦わせてくれる、その命を無駄なく使ってくれるはずの、中尉が。


 まるで濃霧の中で進むべき方向を見失ってしまったような、孤独。


 そんな感覚を抱き、言葉を失っていたアランたちを、ベイル軍曹が叱咤しったした。


「みんな、戦闘準備! すぐに、敵が来るぞ! 」


 そうなのだ。

 連邦軍が今まで再攻撃をひかえていたのはこの航空支援が到着するのを待っていたからであり、それが実施されたことで、彼らは必ずまた攻め寄せて来るのに違いない。


 それを、迎え撃つ必要があった。


「おい、アラン! 」


 急いで小銃を手に取り、いつでも射撃できる態勢を取ったアランに、対戦車砲に取りついたベイル軍曹が別途に命令する。


「すまないが、今の内にA分隊の様子を見て来てくれ! ヴァレンティ中尉の安否だけでも知りたい! 」

「わ、分かりました! 」


 なぜそんなことをする必要があるのかと問いかけている余裕はなかった。

 うなずいたアランは敵の姿がまだ稜線りょうせん上に見えないことを確かめると塹壕を飛び出し、A分隊の陣地があった場所へと駆けていく。


 生存者がいるとは思えなかった。

 航空爆弾は陸上戦で大砲から発射される砲弾よりも大きく重く、威力がある。

 直撃でなくとも、その威力を間近で受けたら人体など木っ端みじんにされてしまう。


 第二大隊が受けた被害は大きそうだった。

 遠目に見えるだけでも、いくつもの対戦車砲の陣地が爆撃で吹き飛ばされてしまっている。


(きっと、ヴァレンティ中尉も……)


 そう思っていたのだが、———意外なことに、中尉は生きていた。


 どうやら塹壕の中にいたところを近くに爆弾が落ちてきて、その爆発で生き埋めにされてしまったらしい。

 土の中から上半身だけが飛び出している。


「中尉! ヴァレンティ中尉! 」


 そのことに気づいたアランは駆け寄ると、すぐさま、小銃のストックを円匙えんぴの代わりにして中尉の身体を掘り出した。

 幸い爆発の力で吹き飛ばされた土は柔らかく、さほど手間取ることもなく救出に成功する。


 しかし、生還の見込みはないと、一目で理解できてしまった。

 その腹部の辺りには爆弾の大きな破片が突き刺さっており、大量の出血が続いていたからだ。


「君は……、アラン・フルーリー……、一等、兵……、だった、な? 」

「はい! 中尉! 」


 息も絶え絶えに、苦しそうにかすんだ声で呼ばれたアランは、中尉が自分の名前を憶えていたことに驚きつつもかがみこんで顔を近づける。


「小隊……の、指揮……権、を、ベイル……軍曹、に……! 」

「は、はい! 伝えます! 」

「それ……か、ら、これ……、を。……約……束、だか……ら、な」


 分かりやすいように大きくうなずいてみせると、まだ意識ははっきりとしているらしいヴァレンティ中尉は、ホルスターから拳銃を引き抜き、グリップを差し出してくる。


 外国製の、砲兵モデルと呼ばれるストック付きの高価な拳銃だ。

 もしこの戦いを生き残る者がいれば、その者にゆずる。

 他愛のない冗談だとばかり思っていたのだが、どうやら本気であるらしい。


「軍曹……に、伝えて……、く、れ」


 ゲホ、ゴホ、と血の混じった咳をした中尉は、その顔に脂汗を浮かべながら最後の命令を伝える。


「すべ……て、取り、決……め、通り……に。遂行、せ……よ! 」

「わかりました、中尉! 」


 アランにはそう言って、その手を握り返してやることしかできなかった。

 その感触が伝わったのだろうか。

 少しほっとしたように表情を和らげたアルヴァロ・ヴァレンティ中尉は、そのまま、息絶えた。

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