:第34話 「狩人:2」
敵に通用しなかったはずの牙が、通じた理由。
それは、タングステン合金を用いた特殊徹甲弾の威力のおかげ、だけではなかった。
砲弾が着弾する角度がこれまでとはまったく異なっているのだ。
第二大隊が最後の戦場として選んだのは、二つの丘の狭間であった。
下って、上る。
———その、斜面を駆け下りて来る敵を射撃した時、どうなるのか。
敵戦車の装甲には、六十度にも達する強い傾斜がつけられていた。
この避弾経始に優れた配置のために、こちらの砲弾は全く通用せず、弾かれるか、砕かれてしまっていたのだ。
しかし、それは敵と水平に対峙していた時のことだ。
元々地面が傾いているところを駆け下りて来るところを上から撃てば、傾斜装甲につけられている角度の効果を小さくすることができる。
たとえば、三角定規があったとするだろう。
それを平面の上に置いた時、六十度の傾きがついている。
ではそれを、三十度ほども傾いている傾斜面の上に置いたら、どうなるか。
その傾斜は、実質的に三十度にまで低下する。
つまり、垂直に近づくのだ。
実際に、ここの地形の傾斜が三十度、というわけではなかった。
本当はもっと斜面は緩い。
だが第二大隊は再び上りに転じた丘の斜面の中腹辺りに陣地を築き、砲口を下向きにしてその射線に入って来た敵を射撃することで、傾斜装甲の角度をより垂直に近づける工夫をしていた。
弾着する際の入射角度が変化したことによって、発射された砲弾はその運動エネルギーをより効果的に発揮することが可能となる。
そしてタングステン合金を用いた特殊徹甲弾、という要素が合わさり、ついに敵戦車の正面装甲を貫徹したのだ。
敵は、さぞや
王立陸軍の対戦車猟兵など、恐れるのに足りず。
むしろ、歩兵の肉薄攻撃や、地雷の方がよほど警戒するべきだ。
隊列を整えて前進すれば、それだけで必ず、敵陣を踏み破れる。
そんな自信、いや、慢心と共に進んで来た鋼鉄の怪物たちは、次々と射抜かれ、その
それでも、連邦軍は突撃をやめない。
———状況を把握できていないのだ。
それが、王立軍側が展開した煙幕の狙いであった。
こちらの戦機は、丘と丘の狭間という特殊な地形を戦場に選ぶことによって得ることができた傾斜装甲の相殺効果と、敵の不意を突く、という奇襲効果にある。
正面からまともに戦えば、あっという間に蹴散らされてしまうだけだ。
それだけの戦力差が両軍の間にはあるのだ。
敵は煙幕によって視界を遮られている。
だからそこを出るまで王立軍側の陣容を確認することができないし、そして出て来た瞬間は、格好の獲物となっていた。
煙幕を展開した場所。
射距離、四百メートル。
王立軍側の対戦車砲はそこを通り過ぎて来る敵にあらかじめ狙いを定めており、その地点に到達した時、自動的に敵の傾斜装甲はその効果を失っている。
煙幕は状況を悟らせないための巧妙な罠であり、敵が、自分たちが死地に突撃をしているのだと気づかせないためのものであった。
次々と戦車が撃破されて行っているのにも関わらず、そのことに気づいていない連邦軍の将兵は突撃を継続していた。
彼らは自軍の戦車が強力であるということに自信を持っているから、それが急にやられ始めているなどとは、まったく想像もしていないのだ。
そしてそういった兵士たちは、軽機関銃の
不謹慎な表現になるが、入れ食い、とでも言うべきか。
数で圧し潰そうと、そして煙幕で視界の悪い中で味方を見失うまいと固まって飛び出して来た敵兵は次々と軽機関銃の掃射に捕捉され、バタバタと倒れて、その勢いのまま斜面の底にある小川に転がり落ちて行った。
つい昨日まで、アランたちがありがたく使わせてもらっていた清らかで穏やかな流れ。
それが一瞬で血に染まり、赤黒く変わっていく。
その光景は、平和だった王国が、戦災によって浸食されていく様子をあらわしているかのようだった。
そしてそれを成しているのは、他の誰でもない。
———自分たちなのだ。
そのことを自覚し、この事実に
「
三十連発の
するとアランとG・Jは即座に小銃をかまえ、伍長に代わって撃ちまくった。
軽機関銃が射撃できないでいる間に敵に接近されてしまうわけにはいかないのだ。
敵は今のところこちらの罠にはまって損害を出し続けていたが、その攻撃はいつ途切れるのか分からない程で、数では圧倒している。
接近されたらそのまま、押し切られてしまうだろう。
敵はもう、ずいぶん近くまで攻め寄せて来ていると感じる。
自分の発射した弾丸が当たっているのか、外れているのかは、戦闘の
この感覚は、たとえこの場で生き残ることができたとしても、それからの一生、ずっと忘れられないのだろうな。
そんな感慨を抱きつつ、
休む暇などない。
連邦軍はここにきてようやく、自軍が大損害を被りつつあることに気がついた様子だった。
煙幕を飛び出すとそこには炎上した味方の戦車と、倒れて動かない、あるいは苦痛にうめき声を
その突撃の規模は、王立軍側が対処することができる量を上回っていた。
なにしろこちらの人数は少ない。
このために徐々に生きたまま煙幕の張られたラインを突破し、小川のある辺りまで進出して来る敵兵の数が増えて来る。
そうすると、戦場に広がる惨状を理解する者の数も多くなっていった。
当然、その中には指揮を執る立場にいる将校たちの姿もある。
最初は、彼らは小川を乗り越えて丘を駆け上り、王立陸軍の陣地に雪崩れ込もうと試みていた。
兵力差があるはずなのだ。
それなのに退却するなどあり得ない、という思いがあったのだろう。
だが、彼らはなかなか、その場から進むことができなかった。
軽機関銃などによる掃射が断続的に続いているために容易に障害物の影から出ていくことができなかったし、頼みの綱である戦車も多くの犠牲を出しているだけでなく、地形にはまり込んでしまっている。
小川は、馬などでなんとか飛び越えられそうな、そんな大きさしかないものだった。
しかし丘と丘の間にできた谷間を流れている。
そこに真っ直ぐ駆け下って来た戦車は、その戦車砲が長砲身であることが災いしてしまって川の中に突き刺さったり、車体の正面の突起部分が川底にめり込んだりして、身動きが取れなくなってしまっているのだ。
しかも、第二大隊を射撃しようと思っても砲の仰角が不足しているのか、うまく届かない。
そういった状況で動きを止めた戦車は
その状況を目の当たりにして、連邦軍の指揮官もこれ以上の突撃は不可能だと理解せざるを得なかったのだろう。
突撃を命じる鋭く勇ましい調子とは異なる笛の音が鳴らされ、———ついに、彼らは退却を開始した。
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