#3
雨垂れは龍の恵み──白娘は人々の理想と想像を具現化したような幻獣を頭に思い描き、静かに水嵩の増した川を眺めた。
「陰に舞う雨 心を乱して」
雨になるとどこからともなく聞こえるその声に、白娘は花が咲いたように顔を綻ばせる。
「守の天龍や いざ給え」
静かに応えた白娘は、期待を込めて雨に歌う。
カンッ……カンッ……
耳を劈くような高い音が合図のように鳴り響き、白娘は今日も自分の声が誰かに届いた事に安堵する。
きっかけは1ヶ月前。
屋敷に郷堂がいない事に浮かれた白娘は、人買い時代に化け物から教えて貰った童唄を歌って窓の外に想いを馳せる。
すると何処からともなく風に乗った紙切れが窓の隙間から投げ込まれ、急いで書いたような筆跡で書かれたそれには、唄の歌詞が記されていた。
「何故この唄を……?」
驚いて声上げた白娘が辺りを見渡しても雨音が耳を塞ぎ、視界を曇らせるだけで何一つ見当たらない。
ただ一つ、鉄を打つ独特の音を除いて。
それからというもの、顔も名前も知らないその「誰か」は、雨降りになると必ず白娘に歌い掛けるようになった。
籠の鳥である白娘にとってその「誰か」は、実のところ誰でも良かった。
──郷堂以外の「誰か」が自分の存在を認め、少しでも記憶の片隅に置いてくれるのなら、自らがこの世に生まれ出た理由の1つに数えられる。
白娘の願いは単純で、それでいて悲しいぐらいに真っ直ぐだった。
響き渡る鍛治の音に唄の調子を合わせた白娘は、上機嫌で音が止むまで……いや、雨が止むまで歌い続ける。
顔も知らぬ、たった1人の「誰か」の為に──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます