第25話

 20××年4月1日 13時30分


「……え?」


 バスの車内。その窓から見える海の景色を見ていた雄二の口からその言葉が出る。


(なんだ?なんであんなに多くの人が集まっているんだ?)


「……」


 海水浴を楽しんでいるという雰囲気ではない。もっと何かとんでもない事が起こっているのではないかと直感させるような様子の人々の波に雄二は注目する。


(違う。あの動きは「何か」から逃げているような動きだ。いったい何から?)


 雄二の視線が海辺から民家の方向へと移る。


「…っ!?」


 そして雄二は見てしまった。古びた民家に飛び込むようになだれ込む人達の姿を。


「な…なんだ…?何が起こって……」


 何かから逃げる人々。それを追いかけるように動く大量の人間が見えたところでバスがトンネル内部へと入った。微かに見えていた衝撃的な光景は薄暗いトンネルを照らす街灯と長く引かれた白線を映すだけになる。


「…はぁ…はぁ……」


 雄二の呼吸が微かに乱れ始める。現実逃避が日常となった雄二の腐った脳でも理解できる事はある。それはつまり。


(何か…何か…とんでもない事が起きてるんじゃないか?)


「……」


 無意識の内に握りしめていたスマートフォン。その黒い画面には真っ青な顔をした自分自身の顔が映りこんでいた。


「……」


 バスがトンネルを抜け、山道へと入る。ガタガタと揺れる車体。消えない不快感と危機感。その全てがガンガンと雄二の脳内に警鐘を鳴らし続けていた。


(どうする?…どうすればいい?)


 錆付き回らない雄二の思考。自分自身の馬鹿さ加減を呪いながらも雄二は必死に思考を回し始める。


(考えろ。考えるんだ。)


 何故かは分からない。だが、ここで死ぬ気で考えなければ全てが終わるという確信だけが雄二の脳を焼き続けていた。


(研修用の施設は山の中。僻地。山の中での生活。現時点での降車は不可能。武器は……)


「はあ? 何?こっちに来るなってどういう事だ? あっおい中島!?」


「…っ!?」


 雄二が大きな声がした方向へと素早く振り向く。音の発信源は後方の席。車内での学生同士の通話内容に雄二が注目する。


「何なんだあいつ?急に電話かけてきたと思ったら、突然切りやがった」


「何かのイタズラじゃねえの? あいつは確か●●学部だろ?なら先に到着してるはずだしテンションが上がってんだよ」


「……」


 雄二の思考。バラバラに欠けていたパズルのピースがゆっくりと埋まり始める。


(こっちに来るな?つまり先に着いたグループに何かが起こった?)


「……」


 止まらない胸騒ぎ。ガンガンと脳内で鳴り続ける警鐘。「何か」が既に起きている。それを確信しつつも雄二を乗せたバスは止まる事なく進み始める。目的地である研修用の施設を目指して。


(…逃げないと…ヤバい…)

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