ボッチ・オブ・ザ・デッド

骨肉パワー

一章 大川誠二 「終わりのハジマリ」

第1話

 20××年3月30日


 この日、世界中に未知の病原菌が蔓延した。


「…もう終わりだ」


 運び込まれた死体を調べていた研究員はそう呟く。


「致死率はほぼ100%。間違いなく日本中に広まるぞ……」


 恐るべき病原菌の力に研究員は震えていた。


「死んでも終わりじゃない…いや、そこからが始まりなんだ」


 この病原菌の恐ろしさはそこなのだ。


 ___感染者は死後、蘇る。


 ___知性のないゾンビとして。


「おあああああああああああああああああああああああああああ……」

 

「おあああああああああああああああああああああああああああ……」


「おあああああああああああああああああああああああああああ……」


 検体達が蘇り悪夢の唸り声を上げる。今この瞬間、「死」は救いではなくなったのだ。


「…俺は、こんなのは絶対に御免だ」


「……うっ」


 研究員は自身の首元に毒物を打ち込んだ。



 20××年4月1日 9時00分

 

「……んぅ?」


 ザワザワとした声に反応して、男が微睡から目を覚ます。


(ここは…そうだ。講義の最中だったな)


 男の前方では老齢の講師が気ダル気に講義を続けていた。


「…つまり、人間は性善説ではなく性悪説で動いているというのが私の考えであり……」


(クソ眠い…)


 大ホールでの講義という事もあり、マジメに聞いている学生もわずかながら存在している。だがそんな生徒は極まれだ。大多数の人間は男のように寝ているかスマートフォンをいじっている。大学の講義というものはとりあえず「出席」する事に重きを置いている。これもまた仕方のない光景なのだ。


「もうちょっとだけ寝ておくか」


 30分だけと心に決めつつ、男は生ぬるい眠りへと旅立った。


 

「がああああああああああああああ!?」


「っ!?」


 突然の絶叫に男は慌てて飛び起きた。


(何だ?)


 スマートフォンを男が確認する。時計はたったの4分しか経過していなかった。


「…喧嘩か?」


 講義室の入り口付近で誰かが揉めていた。


(何だあいつ?…様子がおかしい)


 異常な程青白い顔をした男が、学生にのしかかっているのだ。


 ___そして、男がその学生へと嚙みついた。


「ひぎえええあああああああああああああ!?」


「……っ」


 グチャ!とした、嫌な音がホールに響き渡る。クチャクチャとした不快な租借音。青白い顔をした男が猛獣のように学生に喰らいつく。


 誰も、何も言う事ができない。静まり返った大ホールで男の踊り食いが始まった。


「…おいおいおい」

 

(いやいや、きっとドッキリとかなんかだろ?ワンチャン映画の撮影って可能性も……)


 何気なく、男の視線が入り口付近へと向かう。


「…嘘だろ」


 扉の向こう側に広がる地獄を男は見てしまった。


 ___大勢の人間が、大勢の人間に喰われていたのだ。


「……違う」


「…現実だ……これは」

 

 こうしてこの男、大川誠二の最低最悪な1日が始まった。

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