第3話 パルスカウント確認


 パルスカウント確認



       ※


 五月十六日、月曜日。

 ここ数日、一気に気温が上昇してきた影響で、外を歩いていても長袖を着ている人を見かけなくなっていた。『このままの勢いで気温が上がっていくと、真夏の八月になったら体が溶けちゃうんじゃない?』なんて例年耳にするような会話が世間に溢れている季節、初夏の日。

「ねぇ、黒岡林君。さっき今月のデータを確認したんだけど」

 十時半の休憩後に館内放送で流れるストレッチを通路で行い、席に戻って品質管理システムで今月分のデータを流し見ていた水岡は、ある検査とその結果に目を止めることとなった。水岡のアンテナが何かを感じ取ったのである。急いでデータを抽出し、傾向を一覧にまとめてから、こうしてデータを入力した人物の元を訪れていた。

「なんか最近、『パルスカウント』ってエラーが多いみたいだね」

 水岡所属の品質管理課が使用する解析エリアの作業台。さっきまで来年の資格試験に向けてはんだ付けの練習をしていた黒岡林が、新たなLO品のネジを外そうとしていたところだった。水岡はその手を止めさせ、状況を尋ねていく。

「でさ、解析結果が『不再現』って書いてあったけど、どういう解析をしたの?」

「うーん、特に何もしてませんよ」

 黒岡林はプラスドライバーを右手に握ったまま、作業台の上にあるLO品を指差す。

「検査仕様書を確認したら、このコネクタにパルスを送って、それをカウントしているってことが書いてあったので、ユニットから制御基板と表示基板を取外して、間にあるハーネスを外してみたいんです。で、見える範囲を目視で確認したけど、特にこれといって異常がなかったですね。それで……で、終わりです」

「終わり?」

「はい。どういう調査をしたらいいか分からなくても、でも、調べる設備もないってことだから、そのままユニットを現場に返しました。再試験をしたら、それでいつも合格になるんですよね。最初から異常がなかったんじゃないですか?」

「そっか……なら、もしかすると試験設備の接触不良かもしれないね。その場合は、設備部門に調べてもらわないといけないんだけど……」

 今回の『パルスカウント』は、表示基板にあるエンコーダコネクタに交流のパルス信号を送信し、そこからハーネスを経て制御基板で受信した情報を試験するというもの。その送信と受信の差を計算して判定値内に入っていることを確認することで、正常に送受信できていることを確認しているのである。

(まあ、解析の流れとしては間違っていないか)

 本来ならパルス信号を送る装置を使って解析をしたいところだが、そんなものはこの解析エリアには存在しない。これがインラインのつらいところである。出荷後の客先から返却される製品を解析するフィールド部門なら、モーターを回す一通りの設備が整っているのだが、出荷前のインラインには解析エリアにパソコンがあるだけ。そこで通信させ、設計部門が使っているコマンドソフトを使い、バージョンやソフトウェアといったものを読出す程度が、解析のすべてであった。ただ、出荷試験も半分ぐらいはコマンドを使って試験しているため、まったくできないというわけではないが……今回のエラーは、とても机上で再現させることはできない試験でNGになったものである。

(でもな、不再現が月に六台も発生してるってのは、やっぱり気になるな)

 まったく異常が確認できずに、そのまま再試験したらパスするものを『不再現』と呼んでいる。一件や二件ならともかく、それがこうも連続して起きていれば、何か試験設備に不備があることも考えられた。ケーブルが断線しかかっているとか、電圧が本来のものより低下しているとか、接触しなければならない場所がうまく接触できていないとか。ただし、LO品以外の同じ製品はOKとなって出荷されているので、LO品のどこかがおかしいことも考えられるが……黒岡林の情報からは、今のところユニットを少し解体してそのまま返したらOKになっていることしか判明できていなかった。

「ああ、これからやろうとしてるのも『パルスカウント』だね。また一台追加か、まいったな」

「そうですよ。でもって、こっちのやつも同じです」

「すでに二台もあるんだ。なるほど……」

 エラー内容には5000から6000の許容範囲が記載されているのに対し、NGデータは0となっていた。一切パルスがカウントされていないみたいである。しっかり送信できていないのか? ちゃんと受信できていないのか?

 ともあれ、水岡にはこの状況を放置していていい気はしなかった。

「ちょっと今から一台解析してみてよ。ここで見てるから」

「あ、はい。分かりました……でも、なんか、そうして誰かに見られてると緊張しちゃいますね」

「緊張って……ちょっと前まで、『一人じゃ心配だから、水岡さん、そこで見ててくださいよー』みたいなこと言ってなかったっけ?」

「遠い日のことですね」

「先月だよ」

 水岡の見守るなか、黒岡林はLO品の黒いケースを外し、一体化している制御基板と表示基板を外す。作業台には静電気対策がされた緑色のマットが敷かれているが、そこに直接基板を置くと実装されている部品が傷つく恐れがあるため、ピンク色のエアーパッキンを敷き、そこに外した基板が置いた。

 現状それ以外は必要がないため、最初に外したケースを製品に被せるように戻して、近くにある台車に移動させる。解析が終わったとき、あの台車に載せて製造現場まで返しにいくのである。そうしてLO品は作業台の上に置くか、台車の上に置くかと決めている。そうすることで、返却し忘れる部品がないようにする対策であった。

 ここまでは水岡が教えた通り。

 黒岡林は一体化している小さい表示基板側から四本の短いネジを外す。すると、制御基板と表示基板をつなぐ電線が横に連なった白色のハーネスが見えるようになった。平たいカードのような形状をしていて、柔軟性があり両基板間では横から見て『S』の字で収納されているもの。80本の電線が一体化しており、両端にはそれぞれの80個分の金接栓がある。その金接栓を両基板のコネクタに挿入することで、両基板に信号の送受信ができるようになっているのである。

「あ、そうだ、黒岡林君、ちょっとクイズね」

 水岡は、自身の経験で、簡単そうで案外盲点なクイズを思いついた。新人教育の一環として出題する。

「そのハーネスってさ、全部で80本あるじゃん、電線が」

 一列に連なった80本の電線。それが白い被膜で覆われている。

「表示基板は右が1ピンで、一番左が80ピンになるわけなんだけど、制御基板はそれが反転してるって知ってた?」

「えっ、あ、はい……ああ、そうですね、つながってるとこの表示がそうなっていますね。へー、そうなんだよー」

 黒岡林の手には表示基板があり、コネクタの右側に『1』と表示があり、一番左側には『80』がある。に対して、ハーネスがつながっている制御基板は数字が反転して記載されていた。

「えーと、こっちの基板の1ピンがもう一方の基板では80ピンになるってことですね。ややこしいな」

「うん、解析するとき、気をつけてね。これ、間違いやすいから」

 水岡も前に勘違いしていて、気がつくまでに時間を要した経験がある。配属されたばかりの頃で、ちょうど今の黒岡林ぐらいの時期だろう。

「でね、ハーネスの電線は全部で80ピンなわけだよ。じゃあ、クイズです」

 簡単そうで盲点なクイズ。

「表示基板側が25ピンだった場合、制御基板側は何ピンでしょうか?」

「相手側は、55ピンです」

「おお、即答じゃない」

 水岡は驚いた表情を浮かべるも、本音としては少し考えもらいたかった。そんな即答できるようなクイズを出題しているつもりはないから。

「じゃあ、35ピンだった場合はどう?」

「はい、45ピンです」

「なら、70ピンなら?」

「10ピンです」

「うん」

 水岡は満足そうな笑みを浮かべて、一つ大きく頷いた。狙い通りの相手の解答に、一方では満足いく気持ちがある。ただ、もう一方では、ちっとも考え方が掴めていない相手の思考、ただただ苦笑いな気持ちである。

 水岡は微笑を崩すことなく、『えっ、今のがクイズ? そんな簡単なの、いちいち出題しなくてもいいものを』といった表情の黒岡林に容赦なく言い放つ。

「はい、全問、不正解です」

「へっ……」

 黒岡林の顔が小さく上下に揺れた。階段を上がっていたら、もう段がないのに同じ歩調で上がろうとして、がくんっと衝撃を受けたように。

「ど、ど、どういうことですか?」

 当たり前のことを当たり前のように答えたものがすべて間違っていたことに、まったく理解が追いついていない黒岡林は、下にずれた黒縁の眼鏡を戻すことすらできず、目を細めて疑うような眼差しを浮かべる。

「全部不正解って……そんなわけないじゃないですか。25ピンなら相手は55ピンだし、35ピンなら45ピンだし、70ピンなら10ピンじゃないですか。いったいどこが間違ってるんですか?」

「全部だけど……」

 まんまと不正解。水岡の狙い通りであり、期待外れの結果。

「全部即答だったけど、それってさ、どういう計算をしたの?」

「計算って、別に考えたわけじゃなくて、その……単純にですけど、80引く25で55です」

「なんでそんな計算したの?」

「なんで!?」

 ひっくり返る声。黒岡林の声。

「なんでって、そういうことじゃないんですか?」

「そういうことじゃないんですよ」

 きっぱり。

「そういう思い込みじゃなくて、しっかり計算してみてよ。って、分かってると思うけど、これはそんなに難しい問題じゃないからね。足し算や引き算の問題だから」

「足し算と引き算ですか……」

 黒岡林は腕組みをして、首を大きく横に傾けていき、すっかり考える状態に至った……三十秒後。

「……どうすればいいですか?」

「諦めるの早いよねー」

 苦笑。本当は正解に辿り着くまで考えてもらいたいが、互いに仕事が待っている。水岡は右手の人差し指を立てた。

「じゃあ、1ピンの相手は何ピン?」

「80ピンです」

「どういう計算をしたの?」

「えっ……ど、どういうというか、計算なんかしてません。計算なんかしてなくて、そういうもんじゃないですか」

「そういうもんなんだけど、それは考えているわけじゃなくて、知ってることを言ってるだけだよね。考えるためには計算をする必要があるんだよ」

「えー、計算ですかー」

「いい、黒岡林が25ピンで計算したとき、80引く25だったよね。だとしたら、1ピンの場合は80引く1になるんじゃないかな?」

「違いますよ。だって、それだと、79ピンになっちゃうじゃないですか」

 正解は80ピン。

「それ、計算が間違ってますよ」

「うん、間違ってる。ということは?」

「どういうことです?」

「質問で返された……ということは、黒岡林君がした『80引く25』が間違ってるってことだよ」

 では、正しい計算方法は何か?

「正しい計算方法は、81引く25なんだよ」

 両方の数字を足した81から、提示された数字を引く。そうすることで相手方の番号を計算することができる。

「実際そうなってるでしょ。1ピンの相手は80ピン。2ピンの相手は79ピン。3ピンの相手は78ピン」

 すべて81から引いた数字である。

「分かる? って、そんな顔には見えないけど……間違ってる計算方法はね、そのものの数字を引いてるからいけないんだ。じゃあ、どうすればいいかっていうと、そこに1を足せばいい」

「……どういうことですか?」

「うわー、やっぱり難しかったか。えーとね……じゃあ、アルバイトで考えてみよう。十日から二十日まで連続してアルバイトをしたら、何日分のお金がもらえるかな?」

「そんな連続して働いたら、労働基準法に違反してると思います」

「……計算の問題なんだから、そんな細かいことは気にしないで。というのか、そういうルールっぽいのを守ろうとしない人間もいるでしょ」

 ルールっぽいのも、ルールそのものを守ろうとしないのも、水岡の目の前にいる。

「はい、十日から二十日までアルバイトしたら、何日分のお金がもらえるの?」

「十日分です」

「じゃあ、月の頭から十日まで働いたら、何日分のお金がもらえる?」

「十日分です」

「まったく……君は学習というものをしないね」

 さっきと同じやり取りをしているようで、水岡の肩に重荷を載せられた気がした。

「両方とも即答したけど、いい、今の、どっちかが間違ってるからね」

「ええぇ!?」

 当たり前のことを当たり前のように答えて、それが違っていると突きつけられて、とても信じられずに目を大きくする黒岡林。

「……どういうことですか?」

「すぐそれだ」

 さすがは学習しない男。

「計算方法はどうしたの?」

「そんなの簡単ですよ。20引く10で10。もう一方は、えーと……ああ、計算してません。月の頭から十日までなんだから、十日分でしょ」

「月の頭からアルバイトした方は、最初の計算方法だと、10引く1で9日分になるんじゃないの? 月の頭は一日だから」

 しかし、実際には十日分が正解となる。

「つまりね、黒岡林の計算は、最初の日を今日として、今日から最後の日まで何日あるか? っていう計算をしてるんだよ。最初の日の分が引かれちゃってるわけ」

 十泊十一日の旅行で考えると、黒岡林の計算方法だと十泊が求められることとなる。に対して、必要としているのは十一日を求める計算方法。

「正しく計算するには、最初の日の一日分を足して計算するわけなんだ」

「……ああ、本当だ」

「ははっ。そうやって指折り数えて、ようやく分かったみたいだね。十日から二十日までを求めるのは、『20引く10足す1』なんだよ」

 ここでいう『1』が、初日の十日に働いた分となる。

「まあ、計算方法はともかく、そのハーネスの相手の番号を知るには、81から引くってことを覚えておいてね。できればメモしてほしいところではあるんだけどね……」

 水岡の希望は現実のものとなる様子はなく……余談はこれぐらいにして、本筋に戻るべく、同一エラーの二つのユニットに目を移す。

「それから、これまでと同じことをしていても進展しないだろうから、ちょっとやり方を変えてみようか。いい、黒岡林君が解体した方はそのまま現場に返して再試験してもらおう」

 これまでなら、それでOKになるはず。

「で、まだ手つかずの方は、何もしないでそのまま製造部門に返そう」

 そのままOKになれば、製品には一切問題がないことが分かる。その場合は、試験設備との相性や、ケーブルの接触がうまくいっていないことも考えられる。だが、もしNGになったら、このユニットのどこかに問題が孕んでいることとなる。

「よし、じゃあ、結果待ちってことで。今から返せば昼過ぎぐらいには試験結果が分かるだろうから、分かり次第教えてね。それで方針を考えるから」

「分かりました」

「ちなみになんだけど、こういった同一のエラーが二個以上出た場合、まず僕に連絡するようにお願いしてたの、覚えてる?」

「…………」

「うん、これから気をつけてね」

 水岡は、さっと視線を下げた相手に対して背中を向けた。


       ※


 午後三時三十分。

「ふーん、そっかそっか」

 水岡は視線を上げる。その延長戦には天井に埋め込まれるように設置されている照明があるが、断じてそれを見ているわけではない。

「黒岡林君が解体した方はOKになったけど、手つかずで再試験した方はまた同じエラーでNGになったわけね。うわー、それは困ったなー」

 解析エリアの作業台には、一台のLO品が置かれている。午前中に何もしないで製造部門に返却したLO品。に対して、黒岡林が解析のため解体した方は試験OKとなり、出荷されていった。

「理屈はさっぱりだけど、状況からすると、黒岡林君が解体することでNGだったものがOKになっちゃうってことだね」

「それはつまり、ぼくが直してるってことですか?」

「いや、直してるってより、原因があるのに気づかずに原因を有耶無耶にしてる方が正しいね」

 その原因を突き止めるのが黒岡林の仕事である。このまま有耶無耶にしていていいわけがない。

「よし、じゃあ、もう一回解体してみよう。今度は僕が横で見てるから、気がついたことがあったら言うね」

 水岡の監視の元……プラスドライバーを手にした黒岡林は、午前中と同じようにユニットを解体していき、作業台には制御基板、表示基板、ハーネスの三つが残った。他は関係ないから近くの台車に移している。

「黒岡林君、何か分かったことある?」

「あ、いえ、特には……」

「そうなんだ。ちょっと見せてね」

 水岡は首を傾げる。

(このばらした状態で試験してもらって、それでOKになるんなら……)

 制御基板を手にして、一通り見てみると……異常は、なし。

 表示基板を手にして、一通り見てみると……異常は、なし。

 ハーネスを手にして、一通り見てみると……異常は、あり。

(あっ、なるほど、勘合不良か。だから一度解体すると試験にパスするようになるわけね。うわー、厄介だな、これ)

 水岡は、ハーネスの中央部を持つことで両サイドにある金接栓に触れないように意識しながら、黒岡林に手渡した。

「両端にある金接栓ってね、基板のコネクタと勘合させると傷がつくわけ。これ、説明したことあったよね?」

「……あの、『勘合』って何ですか?」

「えーと……この場合は、コネクタにハーネスを挿して接続させることを『勘合』っていうわけ。ああ、もしかしたら、ニュアンスは会社や場所によって違うかもしれないけど、ここではそういうことね。で、コネクタに挿したことで金接栓に傷ができるんだよ。分かる? ぴったり接するじゃ接触不良になるから、表面にある金を削るように勘合するから傷ができるんだよ」

 真っ直ぐ挿せば、真っ直ぐの傷がつく。

「これは……端から十番目ぐらいかな? 勘合したときの傷が薄い部分があるんだよね。つまり、そこがうまく勘合できていなかったってことだね。ほら、そこだよ。ああ、見えないなら、顕微鏡で見てきてごらん」

 水岡は、ハーネスを持って隣エリアの顕微鏡まで移動していく黒岡林の背中を見送ることなく、通路に出て一旦事務所に戻り、施錠されたキャビネットから赤色のデジタルカメラを持って解析エリアに戻ってきた。

「黒岡林君、どうだった?」

「うーん、一応、傷っていうのか、線はありましたけど」

「あるけど……できればそこを怪しんでほしいんだよね。いい、他と比べてちょっと違うんだよ。ほら、貸して」

 ハーネスを作業台に置き、持ってきたデジカメを顕微鏡モードにして、拡大した金接栓部を撮影する。少しずつ角度を変えて、合計五枚の写真を撮った。

 水岡はデジカメのボタンを操作して、撮影したデータを一枚ずつ確認していき、一番見やすいものを画面に表示させる。

「ほら、ここの金接栓、傷が一本しかないでしょ。でも、両隣のは二本ある。これが原因だね」

「……どういうことですか?」

「通常は傷が二本あるはずなのに、ここには一本しかないってこと。これが勘合できていなかった証拠なんだけど……はははっ。その顔、まったく理解できていないみたいだね? ここはイメージを膨らませてほしいところなんだけど」

 小さく唇を尖らせて首を傾げる目の前の顔に、水岡は説明する順番を意識して……口を動かしていく。

「じゃあ、なんで普通は傷が二本あるんだろうか? はい、考えてみて」

「……どうすればいいですか?」

「考えるしかないんだけど……」

 嘆息。

「そうやって、いつも自分で考える気ないよね? 答えを与えてもらおうとしてるっていうか、自分で考えることを放棄してるっていうか」

「そんなことないです。そんなことないんですけど、でも、その、どうやって考えたらいいか、分からなくて、それで……すみません」

「ほら、イメージしてごらんよ。このハーネスにどういうことが起きて、その結果、ここに二本の傷ができたんだろうか?」

「うーん……」

 黒岡林は腕組みをして……三十秒後。

「……分かりません」

「その腕組み、フェイクでしょ?」

 水岡にはこのLO品解析以外に仕事があり、かつ、今回の不良は数が数だけに、呑気に黒岡林の成長を見守っている場合ではない。『根気よく待って育てる』という選択肢を捨てていた。

「そのハーネスは、製造部門で一度コネクタに挿入して、で、ここで黒岡林が取外したわけじゃない。だから、傷が二本ついてるんだよ」

 画像には、真っ直ぐの傷と、ちょっと横に傾いた傷がある。

「これを見ると、きっと黒岡林君が外すとき、ちょっと斜めに引っ張ったんだろうね。それが横に傾いた傷で、真っ直ぐの傷が現場で最初に挿入した際の傷ってこと」

「ああ、だから、本来は傷が二本あるのに、一本しかないのはおかしいってことですか。なるほどなるほど」

「ほんとに分かってる?」

「もちろんです」

「じゃあ、どうして一本しか傷がないの?」

「へっ……どうしてですか?」

「うん……」

 水岡は、口から出かかった『ほら、分かってない』という言葉を呑み込んだ。

「ここ、よく画像を見てごらん」

 水岡が示す箇所には、一本しか傷がない金接栓の近くに小さな白い屑のようなものが映っている。

「この白い異物が、きっと勘合を妨げたんだよ。これ、最初に挿入したときは金接栓の上にあったんだろうね。で、さっき黒岡林君が取外した際にちょっと横にずれたってとこじゃないかな。ってことで、原因はこの白い異物だね」

「あの、水岡さん、その……もしかしたら、今までやってきたの全部、こういう異物が原因だったってことですか?」

「おっ、珍しく鋭いねー」

 にんまり。

「これって、一回外すと付着している異物の場所がずれちゃうから、もう一回つけるともう勘合不良は起きないと思う。ってことは、今までも同じことがあって、ずっとこの原因に気づかずにハーネスを取外して、そのままユニットを現場に返してたってことだね」

「そうですか……」

「一発勝負の解析だったんだね」

「…………」

 うなだれる黒岡林。自分の確認不足であることに気づくことができたから。

「……でも、考えてみれば、その異物をつけたのはぼくじゃないから」

 下がっていた黒岡林の顔がすぐに上がる。

「だから、原因は別にあるんであって、それってのは、つまり、ぼくが悪いわけじゃないってことですよね?」

「うん、悪いわけじゃないけど、これを突き止めるのが黒岡林君の仕事だからね。ここまで多発させる前に突き止めて、改善につなげてもらいたかったね」

「……すみません」

「うん、これからは気をつけて。でもって、落ち込んでないでとっとと気を取り直して。ああ、写真のデータ、品質管理システムに登録しておいてくれると助かるな。黒岡林君、お願いね」

 デジカメを黒岡林に渡した水岡は、視線を僅かに上げた。

(これでNGになった原因を突き止めることができたわけだけど、問題は異物が付着した発生元なんだよねー。調べないといけないけど、難しそうだなー……)

 水岡はLO品の後処理を黒岡林に任せ、一旦解析エリアから離れて通路に出る。

(念のためにさっきの異物は成分分析に出してみようかな? で、それからどうしよう? うーん……)

 勘合不良が起きた異物はどこで付着したのか? コネクタに挿入するハーネスに最初からついていたのか? それとも勘合したコネクタ側についていたのか? はたまた、作業をした作業者がつけたのか?

(困ったもんだ……)

 どうすれば発生元を見つけられるのか? そして、二度と同じことが起きないように改善することができるのか? ぼんやりと頭で考えながら、事務所への通路を歩いていくのだった。


       ※


 夜七時。

「ふーん、そうなんだ、振られちゃったんだねー。そりゃ寂しいね」

「そうなんっすよー。まったく、勘弁してほしいっすよー」

「で、落ち込んでるわけなんだ」

「そうなんっすよー。ショックでショックで、落ち込んでるんっすよー。もう立ち直れないかもしれないっす」

 長袖のTシャツ姿の黒岡林は赤ら顔。一度かけている黒縁眼鏡を上げてから、グラスを口につける。

「ぼく、結婚だって考えてたんっすよー。向こうの実家にも何度か遊びにいって、両親ともいい関係になってたんっすよ。それが突然別れることになって……あーっ! もうやってらんないっすよー」

「そっかそっか……」

 青いワイシャツにスラックス姿の水岡は、軟骨のから揚げ口に入れ、ビールが半分残っているコップを傾けた。

 水岡たちが勤める八百竜エレクトリックの工場は、人口二百万人の奈恋市東区にある。最寄り駅はおおがね駅であり、国鉄や私鉄、市バスや市営地下鉄が停車する大きなターミナル駅。そんな利便性のいい大金駅から徒歩五分の場所に工場があった。なぜそんな便利な駅から徒歩五分という好条件の立地にサッカーコートが十五面はあろう広大な工場があるかというと、八百竜エレクトリック株式会社が莫大な大企業であり、便利な土地を大枚を叩いて買い取ったから、という理由ではない。単純に、最初に工場ができ、それから周辺がどんどん発展していった結果、駅から徒歩五分という立地のよさに巨大な工場というとても便利な勤務先となったのだった。

 そんな利便性の高い大金駅の向かいに十階建てのビルがあり、その二階に『けいケイ様』という居酒屋がある。よく会社の親睦会で利用される店で、テーブル席も数えて十あり、奥には座敷が五つ、カウンター席も十席ほど用意されていた。今も多くの背広姿や若者の姿があり、喧噪が心地よい『これぞ居酒屋』という空間を作り上げている。注文はすべて席に用意してあるタッチパネルで行っている影響で、大きなポケットがいくつかついているオレンジ色の制服を着た従業員が、注文のために一つの席に留まることなく、常に料理やドリンクを運ぶために店内を動き回っていた。木目調の壁や床、天井の照明はオレンジ色がベースとなっており、店全体はとても明るい印象がある。

 グラスをテーブルに戻し、水岡は正面を見据える。

「まあ、振られたことは残念だったけど、それも経験なんじゃない? いいかどうかは何年後かの自分が決めることだけど、何かは勉強になってるはずだよ。うんうん」

 店の出入り口から数えて三番目のテーブル席には、半分以上残っているサラダの皿、その横にはから揚げと串だけとなった大皿が載っている。水岡は小皿に移していたプチトマトを食べて、口をリフレッシュ。直後にから揚げを口に入れた。すでに冷めているとはいえ、ジューシーな肉汁が口いっぱいに広がっていく。

「ああ、やっぱり、いい経験だよ。どんなにつらい思いをしたとしても、どんなことだって振り返ってみれば、いい思い出になるはずだから。うんうん」

 今日の定時間際、水岡は『水岡さん、ちょっと相談したいことがあるんで、これから飯にいきませんか? 今日はぼくが奢りますから、お願いします』と言われ、残業をキャンセルしたのである。

(なるほど、恋愛相談か)

 水岡が黒岡林の誘いを承諾した理由は、『奢り』という部分が十パーセントで、残りは『相談』にあった。近年、懸命に就職活動をしてせっかく入社できたというのに、数か月で辞めていく人間が多いという。実際、水岡の同期も五人が二年以内に辞めていった。きっと働くという理想と現実のギャップに打ちのめされたのだろう。実際、日常にはドラマになるような劇的なことなど起きることなく、毎日地道な作業の繰り返しばかりだから。そんな日々が何十年もつづくとなると、考えるところもあるのだろう。

 であるからして、きっと黒岡林も仕事に悩んでいて、今日はその相談だと思った。実際、水岡から見ても黒岡林の作業がうまくいっているようには見えない。一日に四台はLO品が出ているのに、黒岡林はせいぜい二台処理できればいい方で、毎日借金が溜まっている状態にある。それでも解析エリアがうまく回っているのは、黒岡林が作った借金を残業時間に水岡が返済しているからであって、本人もそれを気にしているものだと思ったのだが……現状がこれである以上、そんなことはなかったようである。

(にしても、なんでアルコールが入ると『っすよ』って口調になるんだろ? よく分かんないけど、モーターレースって体育会系だったのかな?)

 メニューを手にして、刺身の盛り合わせと焼き鳥二人前をタッチパネルに追加する。『せめて腹を満たさなければやってられない』とばかり、普段はあまり量を食べない水岡だったが、失われた何かを取り戻す勢いで追加注文していった。

「黒岡林君って、甘いもの得意? アイスとかパフェとかもあるみたいだよ。あとで注文しようか?」

「水岡さん! ぼく、真剣に悩んでるんっすよ」

「そうかもしれないけど……でもさ、『真剣』って言葉は、アルコールの勢いで使うもんじゃないと思うんだよね」

「ほんとのほんとに悩んでるっす。しっかり聞いてほしいっす」

「ああ、はいはい」

 から揚げを口にする。

「えーと、一昨日だったっけ、その彼女に振られちゃったんでしょ? なら、もう潔く受け入れるというか、諦めるしかないと思うんだけど。現実をちゃんと受け止めて、しっかり消化して、そして思い出にしていくんだよ。ああ、思い出にするっていうのか、過ぎ去った貴重な時間にするってことね」

「あーあ、一昨日はせっかくの土曜日だったのに、昼間にファミレスに呼ばれて喜んでいったら、いきなり一方的に別れを告げられたっすよ。ぼく、どうにもできずにあたふたしちゃって……おかしいっすよ、今までそんな素振りなかったのに」

 黒岡林は半分ほど残っていたレモンサワーを飲み干した。テーブルに戻す際に角がなくなった氷同士が小さくぶつかる。黒岡林は、三度首を横に振った。

「ぼく、まだ別れたくないんっす。昨日はずっと連絡してたんですけど、一回もつながらなかったっす」

「それ、同じもの注文しておいてあげるね……でさ、未練いっぱいなことはいいのか悪いのかはともかく、彼女、別れたい原因は何だって言ってた?」

「理由っすか? えーと……」

 黒岡林は少し充血した目を右上から左上に動かして、それからたっぷり五秒という時間をかけてから、半開きで止まっていた口を動かしていく。

「『自分のことばっかり』って言われたっす。それがいやだって言われたっす。そんなこと、今まで一度も言われたことなかったのに、いきなり言われたっす……」

「そうなんだー、『自分のことばっかり』か。それはまた、なんとも、かんとも」

 耳にした瞬間、水岡には、『ぴったり』というピースが欠けていた箇所に収まり、黒岡林という『自分のことばっかり』の人間を形成した気がした。

 そのタイミングで刺身の盛り合わせが届いたので、小皿に醤油とわさびを移し、まずは赤身に箸を伸ばす。

「本人にその自覚はあるの? ああいうのを直せばよかったなー、とか」

「それがまったく思い当たらないんっすよ。どうしてあんなこと言われたのか、まったく理解できないっす」

「ふーん……そっか、自覚がなかったら、どうしようもないよね。だって、彼女がそうやって悩んでたことすら気づけてなかったんでしょ?」

「あの子に悩んでた様子なんてなかったっす。ずっと楽しそうだったのに、なのに、こんなことになるなんて、今でも信じられないっす……」

 黒岡林の声が掠れていく。それはまるで、涙を流す前段階のように。

「でも、まだ脈あると思うんっすよね。だから、めげたらそこで終わっちゃうから、一昨日からずっと連絡してるんっすけど、なかなかつながらなくて……」

「うーん、それは難しそうだねー」

「何がっすか?」

「君に自覚がないところが」

 薄く切られたタイの刺身は、醤油をどっぷりつけたせいで、醤油の味しかしなかった。残念。

「『自分のことばっかり』って言われたことに、本人がぴんときていない。そこがこの問題の実に難しいところだね。黒岡林君さ、その彼女と喧嘩したことってあった?」

「喧嘩は、一度もないっす」

「……相当耐えてたんだね、彼女。そこを気づいてほしかったんだろうけど、いかんせん、『自分のことばっかり』だからなー」

 大根のつまを食べて口をリフレッシュ。

「どうしよ、はっきり言っちゃってもいい? 黒岡林君、怒らない?」

「大丈夫っす。ずばっと言っちゃってくださいっす」

「うん、じゃあ……」

 水岡は残っていたビールを飲み干して、ゆっくり息を吐く。

 そして、息を吸い込み、正面からしっかりと相手を見据えた。

「つまりね、彼女は『自分のことばっかり』の黒岡林君がいやなのに、『自分のことばっかり』の黒岡林君がずっと『自分のことばっかり』で、一向に『自分のことばっかり』を改善しようとしてくれずに、そればかりか別れた今も『自分のことばっかり』でしつこく付きまとってくるわけよ、彼女からすればね。そりゃ、いやでしょ?」

「なあぁ!?」

「考えてみると、直接会って別れた告げた彼女は、立派だったと思うよ。そこで、どんなやり取りがあったか知らないけど、向こうからすればようやく別れることができたのに、それでも次の日には『自分のことばっかり』の黒岡林君から連絡がきた日にゃ、お先真っ暗だよね。もしかしたら僅かに残っていたかもしれない『復縁』の気持ちも、一瞬にして粉々になってただろうね。はははっ、それはまるで戦場のウォークのように、ぼかーんと」

 戦略軍機兵器FWB、通称ウォーク。その制御ユニットを製造しているのは水岡たちが勤める八百竜エレクトリック株式会社。

「残念なことに、今もその彼女に連絡していることすら、『自分のことばっかり』ってことに気づけてもいない」

「なあぁ!?」

「きっぱり諦めた方がいいと思うよ。それは彼女のためにも。ああ、『彼女』に『元』をつけた方がいいね」

「ななななななああぁ!?」

 飲酒によって赤かった黒岡林の顔が、高熱で茹でられたみたいにさらなる赤みを増していく。

「ふざっけんじゃねーよぉ!」

 黒岡林は震える拳で力いっぱいテーブルを叩きつけた。

「なんでそんなことてめえに言われなきゃなんねーんだよぉ!」

「えっ……」

「てめえ、ちょっと先輩だからっていい気になんなよぉ! ああん! 言っていいことと悪いことぐらあるだろうがぁ!」

「あれ、怒らない約束じゃ……」

「あーっ! やってられっかよ、んなもん! 死ねぇ!」

「あれー、えーと……黒岡林君?」

 水岡の視界には、横の椅子に置いていたリュックを乱暴に持ち、『死ねぇ!』と言い捨てて、足早に店から出ていった黒岡林の姿があるのだった。

(…………)

 テーブルに取り残された水岡。その頭に浮かぶのは、ここ数分間のホットワードとなっている『自分のことばっかり』という言葉。

 大きく瞬きをした。

(そりゃ、別れたくもなるかー。だって、あんなだもんなー)

 もう店内に黒岡林の姿はない。それは数分待ったところで変わることのないこと。

(そうかー、別れられた彼女はいいけど、僕はこれからも会社で一緒なんだよなー。まいったな、こりゃ)

 その瞬間、水岡の頭に思い浮かんだことがある。

(レモンサワーって、キャンセルできるかな?)

 思った直後に、女性店員がレモンサワーと焼き鳥二人前をテーブルに運んできた。

 水岡は苦々しい思いを胸に、定員に『ありがとうございます』と頭を下げ、視線をテーブルに戻す。

(……今日は奢りっていったよね、黒岡林君)

 届いたばかりのレモンサワーを目に、出ていって戻ってこない黒岡林のことを思い浮かべながら、焼き鳥に手を伸ばすのだった。

(月曜日からこれじゃあな……)

 塩コショウが絶妙に効いたおいしいものを食べているのに、必要のない息が口の端から漏れていった。


 翌日、黒岡林は当日休暇を取っていた。理由は体調不良。

 翌々日、出社した黒岡林は、月曜日の暴言を水岡に詫びることとなる。ただその際、食事の会計については一切触れることがなかった。


       ※


 五月二十日、金曜日。

「黒岡林君さ、頼みがあるんだ」

 昼過ぎ。いつものように赤茶色の作業着姿である水岡は、今日も今日とて数多くのLO品が保管されている解析エリアにやって来た。理由は、ハーネスに付着する異物に起因したLO品が変わらずに出続けているから。月曜日からすでに五台も発生してしまっている。早く歯止めを考えなければならない。

「この前の異物を成分分析に出したらね、衣服なんかの繊維屑だってことが分かったんだよ。綿ってことね。困るよね、それって、どこでもついちゃうから。発生元を特定するのって困難だ」

「…………」

「異物がこの工場でついているものなのか、納品される前のハーネス工場でついているものなのか、はたまたハーネスを挿し込むコネクタの方でついてるのがハーネスの金接栓に移ってるものなのか」

「…………」

「できれば同時に調べていきたいところだけど、それはちょっと難しいから、一つずつ順番に潰していこう思うんだよ。黒岡林、どうすればいいと思う?」

「……どうすればいいですか?」

「うん」

 いつも通りの返答に、水岡は右手の人差し指を立てた。

「よし、まず身内から調べていくことにしよう」

 この工場から調べていって、それが白なら、次はコネクタやハーネスを製造している外の工場に調査を依頼する。順番として、疑うのは身内から。

「ってことで、黒岡林君には、今からハーネスを直接扱っている組立て現場を観察しててほしいんだよね。作業者がユニットを組立てるときにハーネスの金接栓に触れてないかどうかを。きっとそういうところで付着してると思うから」

 作業者は手袋をしているので、もしかしたら手袋から異物が転写しているかもしれない。

「ああ、もし黒岡林君に思い当たる場所があるなら、そこをチェックしてほしいけど、どこか思いつくところある?」

「ないです」

「じゃあ、お願いね。ちゃんと宇之松班長には許可もらってるから、現場にいって作業をしっかり見ててね。えーと、今が一時半だから、とりあえず三時の休憩まででいいや。頼んだよー」

「現場にいけばいいんですね。でも、今やってるLO品はどうしたらいいですか?」

「ああ、中断していいから。じゃあ、出発」

「あの、水岡さん……その、しょぼいって思われるかもしれないですけど……」

「どうしたの?」

「現場まで一緒にいってもらえないですか?」

「ああ、一人じゃ不安ってこと。はいはい。ほら、いくよ」

 そうして水岡は、作業現場に黒岡林を連れていった。今回のことで今起きている異物付着が解決をすることを願って。

(せめて、手がかりぐらい見つかってほしいもんだな)


 午後二時三十分。

(……なんか最近、プリント基板の不良が減ってる気がする。前は月に十件以上あったのに、先月なんて一件だけだったからな。これはもしや、僕が地道にやってきたことがようやく実を結んできたってことかな? だったら嬉しいけど)

 水岡は、事務所の席でパソコンの画面と睨めっこしていた。ずっと目を通せていなかった品質会議資料を確認し、不良率が低下していることに満足そうに頷く。自社も他社も、不良が減ることはいいことである。

(あ、でも……先月の一件は、あのツェナーダイオードの逆取付けで、ロット不良だったからなー。ちっ、やっぱり油断大敵だぜ。しっかりアンテナを立てとかないと。そのためにもLO品の解析は大事だから、黒岡林君には早く一人前になってもらわないといけないところなんだけど……うわー、遠いな、こりゃ。ちっとも想像ができん)

「ねぇねぇ、しのぶくんしのぶくん」

(なんたって、あの黒岡林君だもんなー。って、そんな偏見はよくないけど、でも、あの『自分ばっかり』だからなー。いやいや、ここは長い目を持とう。誰だって最初はうまくいかないもんだから。うんうん……にしても、せめてルールぐらい守ってもらえないもんかな)

「しのぶくんってば!」

「えっ……あれ、はねさきさん?」

「今ちょっといい?」

 事務所の扉が内側に開いており、そこから作業着を着た小柄な女性が体半分を入れている。

「しのぶくん、大変なんだよ」

 羽咲早おり。二十五歳。身長百五十センチメートルと小柄で、ほっそりと痩せている。背中まである髪の毛をいつも後ろで縛っているが、今は被っている帽子に詰め込んでいるため、後頭部が妙に盛り上がっていた。

「ばやしくんが大変なの」

「『ばやしくん』って……ああ、黒岡林君のこと?」

「しのぶくんと二人で『ダブル岡』ってコンビ組んでる、あのばやしくん」

「……あ、いや、組んでないから、そんなコンビ、ちっとも、まったく」

 睨みつけるように目に力を入れる水岡。そうすることで正面にある顔に笑みが浮かぶことを心地よく感じながら。

 水岡は羽咲より四つ年上だが、大卒と高卒という違いがあるものの同期入社の間柄。この西B工場にいる唯一の同期として、品管部門と製造部門の垣根を越えて仲はよく、その結果が『しのぶくん』と呼ばれることとなっている。水岡が頼んだわけではないが、研修のときからそう呼ばれていた。

「で、ピンの黒岡林君がどうかしたの?」

「なんかね、あいつ、わたしのことを『羽ちゃん』って呼んでくるの。なんか馴れ馴れしくない? 仕事中も話しかけてくるんだよ」

「ふーん……」

 就職するまでの複雑な事情があるため、黒岡林の方が一つ年上になるが、社会人としては羽咲の方が先輩だから……上下関係は難しいところだが、ここは職場なので、クレームがあるのなら適切に対処する必要がある。

「分かった、注意しておくよ。って、仕事中に話しかけるのはまずいね。そんなことしてるから、なかなか仕事が捗らないって説も浮上してくるわけか。なるほどなるほど。にしても、あんにゃろ、振られたばかりだっていうのに、随分と目敏いな」

「あれれ? ばやしくんって、もしかして誰かに振られたの? へー。へー」

「んっ……? ああ、なんというのか、その……」

「女の子に振られたんじゃないの?」

「えーと、それは……そうだな、また今度ということで。ってより、ここだけの話といいますか、なにとぞ内密でお願いします。一言も聞かなかったことで、なんとか」

「わー、うっかり口を滑らせた感じ? もー、しょうがないなー」

「ありがとうございます」

 深々と頭を下げる。

「脱線しちゃったけど、ともかく、黒岡林君には注意しておくよ。羽咲さんにっていうか、現場の人にあんまり馴れ馴れしくするなって。特に仕事中は」

「ううん、それは別にいいの」

「いいのぉ!?」

「わたし、それぐらいは職場のコミュニケーションだと思ってるから。わたしだって今は仕事中なのに、こうして『しのぶくん』って声かけちゃってるし」

「あ、そう、いいんだね、へー……」

 理由はよく分からないが、なぜか水岡の胸にもやもやする思いが生まれた。

「じゃあ、要件は何なのさ? 羽咲さん、こんなとこでさぼってると、宇之松班長から大目玉だよ」

「そう! まさにそれなのよ、今のばやしくんが」

 羽咲は一度後ろを振り返り、近くに誰もいないことを確認してから、口に右手を当て、水岡に顔を近づけて声を潜める。

「実はね、ばやしくんがね、現場で座り込んじゃってるのよね」

「はっ?」

「ユニットを組立ててる作業台があるじゃん、その後ろぐらいで座ってるの。なんか、みんながいやがってるけど、別の部署の人だからあんまりだし、宇之松班長から『品管の人間が作業を見てるけど、気にするな』って言われてるし。困ったもんだよ」

 そうして今も黒岡林は座り込んでいる。仕事中に、他部門の人間が作業している作業現場で。

「ずっと無視してるのもなんだから、こうしてしのぶくんに連絡を、と思って」

「……まずいな」

 作業現場で作業を見させてもらうように頼んではいたが、断じて座っていいわけがない。作業者はみんな立っているし、そもそも座っていては作業台が見えない。

「早く注意しないと。ありがとね、知らせてくれて」

 湧き上がってくる早鐘のような激しい思いが気を急かす。水岡は急いで現場に向かおうと、扉のところにいる羽咲の横を通る、その瞬間!


『馬鹿野郎おぉ! てめえぇ、なにそこでさぼってやがんだあぁ!』


 工場全体を破裂させんばかりに、宇之松班長の怒鳴り声が響き渡っていた。

(うわー……)

 あんなに急いでいたはずなのに、瞬時に水岡の足がぴたりっと止まる。すぐ横で小さく首を引っ込めた羽咲と顔を見合わせ、ぎこちなく視線を声がしたであろう方向へと向けるのだった。

(問題が、次から次へと舞い込むなー……)


       ※


 西B工場の南側に位置する休憩室はとても広く、六人用のテーブルが十五個設置されている。各種飲料水が販売されている自動販売機は東西に計四台あり、給湯器も二台設置されていた。

 そんな休憩室の一番東側にあるテーブル、そこにいる水岡は腰を屈めて椅子に腰かけている人の顔色を窺おうとしているのだが、相手の視線を下げていてよく見えなかった。

「さっき係長には連絡しておいたから、もうちょっと待ってね」

「…………」

「まあ、誰だって体調が悪い日ぐらいあるよ。そういうときは遠慮とか我慢とかしないで、自分から言った方がいいんだろうね」

 就業時間なのにこうして休憩室にいる理由は……水岡の指示で黒岡林がユニットを組立てている製造部門の作業現場で作業者の様子をチェックしていたところ、急に気分が悪くなってその場にしゃがみ込んだ。判断としては、その場を離れればよかったのかもしれないが、その後も黒岡林はしゃがみ込んだままの状態でいて……そんな様子を宇之松班長に見られ、自分が監督するエリアで部外者がさぼっていると認識されて、頭ごなしに怒鳴られた。そんな怒鳴り声が響いた直後に駆けつけた水岡は、黒岡林に肩を貸して休憩室に移動し、座らせて落ち着かせている。また、自分の上司である内川うちかわ係長に連絡し、別の工場から駆けつけるのを待っているところだった。

「どう、黒岡林君、今だったら一人でも家に帰れそう?」

「……あ、いや、大丈夫です。ちゃんと仕事できますから」

「ううん、無理はよくない。今日は帰って安静にしよう」

「いや、ほんとに大丈夫です。やらせてください。まだ帰りたくないですから」

「うーん、それは困ったね……」

 体調不良を理由に現場に座り込んでいた黒岡林を、これ以上働かせるわけにはいかない。それはもちろん本人の体調面を考慮することでもあるし、印象を悪くした製造部門に気にした面もある。

「いい、黒岡林君。もっと体調が悪くなったら一人で帰れなくなって、タクシーや救急車を呼ばなきゃいけなくなることになるんだよ。もし今の体調で帰れるならすぐ帰った方がいい」

「…………」

「よく勘違いしがちなんだけど、体調が悪いときやしんどいときに頑張るのって、本人はいつもより頑張ってる気がするけど、でも、絶対作業の質が落ちるし、周りにも迷惑や心配をかけることになるから、実はその頑張りは本人にとっても周りにとってもマイナスでしかないんだ」

「…………」

「今日は早く帰って、土日にしっかり休んでさ、また月曜日に元気においでよ」

「……分かりました」

「うん」

 渋々ながらもいやそうな顔で小さく頷いた黒岡林に、水岡は説得できたことにほっと胸を撫で下ろす。

 その後、休憩室に駆けつけた内川係長の許可を得て、黒岡林はいつもより二時間早い午後三時に早退していったのである。


       ※


「水岡さん、どうでしょうか、黒岡林さんの調子は?」

「ああしてちゃんと歩けてるから、大丈夫なんじゃないですか。途中で倒れるなんてことないと思いますけど」

「あ、はい、そちらは心配していませんよ。じゃなきゃ、早退なんて許可しませんでしたので」

 にっこり。

「そちらじゃない方の調子はいかがでしょうか?」

 内川達たつ、五十歳。FWB部品質管理課インライン係の係長。身長は百七十センチメートルで、体重は百キログラム超。いつも汗を掻いていて、今もハンカチで額を拭っている。短髪で丸眼鏡をかけ、会社指定の赤茶色の作業着に身を包んでいた。

「かれこれ配属されて一か月半ですね。ついこの前、朝礼で初々しく挨拶してたと思ったら、あっという間ですね」

「仕事のことですが……彼、なかなか手強いんですよね。牛歩で進んでいるようで、ゴールとは違う方向に向かっているような気さえします」

「それは大変ですね」

「大変なんです」

 水岡は小さく吐息した。

 今さっきTシャツ姿に着替えた黒岡林を下駄箱で見送ったばかり。顔色は悪くないし、足取りだってちゃんとしていたので、無事に帰宅することはできるだろう。その様子、思わず『本当に体調が悪かったの? 単純に立ってるのがしんどくて座って楽してたんじゃないだろうね』という言葉が喉まで出かかっていた。

「彼、考えるってことをなかなかしてくれないですからね。いつも答えを誰かが与えてくれると思ってるみたいな気がして……」

 下駄箱を背に、今は事務所に向けて通路を歩いている。左側は部品置き場で、右側は今もユニットを組立てている作業エリア。ネジ締めをする電動ドライバーの音が一定の間隔で響いてくる。

「ようやく僕にも後輩ができたこと、最初はあんなに嬉しかったんですが……新人の教育って、やっぱり大変なんですね。黒岡林君にルールを守らせることすら難しいんですから。あいつの名前、『守』のはずなのに」

「あっはっは。黒岡林さんは別格ですからね、これからも苦労をかけますけど、よろしくお願いしますね」

「『別格』ですか……?」

 大きな瞬きを一つ。

「どういう意味です?」

「ああ、それはですね、ここだけの話にしてほしいのですが……」

 こほんっと咳払いの内川係長。

「黒岡林さんのこと、研修課長から教えてもらったことがあるといいますか、配属前に心得のようなものをこっそり伝達されたといいますか……とにかく去年の研修期間はさんざんだったみたいですよ」


『いやー、彼には苦労させられましたねー。なんたって、そりゃもう、とんでもなく要領が悪いんですからー。みんなが当たり前のようにできることがちっともできなくて、下手したら五倍や十倍の時間がかかってたんじゃないでしょうか。それでも最後までできないことも結構あったんですよね。予想通りに資格試験には落ちるし、当然のように追試にも落ちるし、そうそう、遅刻も一回や二回じゃなかったんですよねー。もし研修に留年があったら、間違いなく今年の新入社員と一緒に研修を受けていたことでしょうね。ただ、学校じゃないから留年させるわけにもいかないし、一度雇った以上は簡単に辞めさせることもできないし、困ったものですな。どうして彼が入社希望をしたときに正社員採用をしてしまったのか、今でも悔やまれますよ。ってなわけでして、内川さんには大変申し訳ありませんが、どうにかしてやってください。いいですか、あくまで長い目でお願いしますね。長ーい目で。誰だって成長することを信じましょうよ』


「あの人、笑いながら冗談を言っているようで、目はちっとも笑ってませんでしたね。あっはっは」

「ええぇーっ!?」

 事務所の前、思わず水岡の足が止まる。

「それって、まともに研修もこなせてなかったってことですよね? そんなやつ、貧乏くじじゃないですか?」

「あっはっは。『誰だって成長することを信じましょうよ』ですからね。期待してます、水岡さんの奮闘に。あっはっは」

「ちょ、ちょっと……」

 にっこりと微笑み、事務所に入っていった内川係の大きな背中を目に、水岡は気が遠くなるような気持ちとなり、思わず膝から崩れ落ちそうになるのだった。


 早退していった黒岡林は、翌週の月曜日と火曜日、体調不良で当日休暇を取得した。だが、水曜日にはいつものように出社して、非常に遅れているLO品の解析に着手することとなる。


       ※


 午後六時。

(くー、問題なしかー。まあ、いいことなんだけど……)

 作業台が三台ある。

 一番右の作業台では、土台となる大きな放熱フィンに部品を順番に取付けていき、レーンを転がして真ん中に作業台に流す。

 真ん中の作業台では、ユニットの中間にある充電基板を取付け、各種ケーブルを配線させて、レーンを転がして左側の作業台に流す。

 一番左の作業台では、制御基板と表示基板をハーネスでつなげ、ユニットに組込み、上からケースを取付ける。レールを転がして出荷試験のエリアへ流していく。

(ちゃんとハーネスの中央部を持ってるもんなー)

 水岡は、作業者の後ろから手の動き、ハーネスの取扱いについてチェックしているのだが、一向に異物が付着するような作業を確認することができなかった。何度見ても、作業者の手がハーネスの両端にある金接栓に触れないのである。かれこれ一時間は観察しているが、まったく問題なかった。

(ってことは、やっぱり部品メーカーで付着させてるのかな? そうなると事情を説明して調査してもらう必要があるけど……うーん、お願いするだけの確証がないというか、どこでも付着しそうな異物だからな、こりゃ頼みづらいなー……)

 小首を傾げる水岡。その間も、ハーネスはユニットに組込まれ、次工程へと流れていく。

(よし、身内を疑うのはここまでだ。メーカーにお願いしよ。って、そういえば、どこのメーカーだろう?)

 購入しているハーネスメーカーを調べるのには、発注している部門に確認したり、パソコンでデータを検索したりといろいろな方法があるが、一番確実で、かつ、手っ取り早いのは、在庫置き場に現物を確認しにいくこと。まだ未開封で保管されている段ボールのラベルを見れば一発である。

 水岡は作業場を離れて、その足を部品置き場に向けた。


(なるほどね、真ん中をフィルムで綴じてるのか)

 周囲には大量の段ボールが五段ほど積み上げられており、高さは水岡の目線ほど。そのすべてがこの工場で使用する購入部品であった。

 その中の一つ、ハーネスが入っている段ボールにはラベルが貼られていて、メーカー名はすぐ分かった。ただ、水岡は一度も連絡をしたことのないメーカーなので、連絡先を問合わせる必要があるだろう。

 段ボールの一番上には、小分けにされた端数分のプラスチック容器がある。そこには薄いハーネスが三十個ずつフィルムで綴じられていた。これら部品を集めて段取りする人間が回収し、フィルムを剥がすのだろう。

(いや、待てよ……そうか、この在庫品を検品すればいいんだ)

 在庫品を検品して、異物が付着しているかどうかを確認する。もしついていれば、メーカーに調査依頼しやすくなる。

(そうと決まれば宇之松班長に連絡して、僕がチェックしたやつから使ってもらえるように頼みにいこう。って、生産に間に合わせるには、結構調べとかなきゃいけなくなるな。忙しい)

 プラスチック容器を手にし、そこからフィルムで綴じられたハーネスを取出して……小さな疑問符が頭上に浮かんだ。

(……んっ?)

 水岡は今、フィルムのある中央部を持っている。

(どうやって取るんだろ?)

 平ぺったいハーネス、両サイドには金接栓があり、中央部にぴったりとフィルムが巻かれている。このフィルム、鋏で切るのか? 手で破るのか? はたまた歯でちぎる、わけはないだろうが、どうやって剥がすのだろうか? 少なくとも、こうして中央部をフィルムの上から持っていたのでは外すことができない。

「すみませーん、ちょっと質問があるんですけど、よろしいです?」

 近くに棚からプリント基板を取出しているベテラン作業者の女性がいたので、質問してみることに。

「これって、どうやってフィルムを外すんですか?」

「ああ、これ、これは鋏よ。ちょっと貸して」

 帽子からはみ出すウェーブした髪は肩にかかり、少しふっくらとした顔立ちの女性は、水岡からハーネスの束を手袋をしている左手で受け取ると、右手を鋏のようにチョキにして説明する。

「こうやって、真ん中のところを鋏で切るの。傷つけないように注意しながらね」

「えっ……」

 目にしたものに、大きく瞼が上下する。

「いつもそうしてるんですか?」

「そうよ。そうやって指導されてるから」

「あ、そうなんですか、お仕事中にありがとうございました……」

 女性がいなくなってからも、水岡はどこか呆けたようにその場に立ち尽くし、さきほど見た光景を思い浮かべる。

(……なるほど、これだ)

 女性はハーネス中央にあるフィルムを鋏で切るために、左手でハーネスの端を持っていた。当然である、中央部のフィルムを鋏で切ろうとすると、どうしてもどちらかの端を持たなければならなくなるのだから。

 そして、ハーネスの端には、今問題となっている金接栓がある。

(ここの取扱いで付着させてたんだ)

 原因を見つけた。


 水岡は今回のことを現場責任者である宇之松班長に連絡し、端を持たないでフィルムを切るように作業方法の変更を依頼した。

 その後、宇之松班長は部品を集めて段取りしているメンバーを集めて、緊急ミーティングを開いていた。赤ら顔をさらに赤くして。

『馬鹿野郎おぉ! お前ら、こんなくだらんことで不良を増やしやがってえぇ! んなもん、端を持ったら手から異物が移るぐらいのこと、考えられんだろうあぁ! 少しは頭を使え、馬鹿野郎があぁ!』

 作業を罵倒する怒鳴り声が残業時間に響き渡ることとなる。

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