第8話
「終わったよ、悪い悪魔はみんな殺した。」
身を潜めてしゃがんでいたリーベはヴィセの声が聞こえると全速力で駆けてきた。勢いは止まることを知らず、少女は悪魔に飛びついた。
「よかった。」
相変わらずの話し方だが、どこか安心したような温かさがあった。ヴィセは小さな頭に手を置いた。
腹や胸の傷はまだ生々しく残っているが、痛みはだいぶ引いた。というより慣れた、の方が近い。先ほどまで鳴り響いていた雷鳴はすっかり止み、しんと静まり返った夜には蒼い満月が煌々と輝いている。
「じゃあ、約束。」
永遠に続くかと思われた時間は、彼女の発した言葉と、弱めた力によって打ち切られた。ヴィセから一歩下がると、ゆっくりと顔を上げる。そこにはただ自分の最期を待つ主人がいた。逃げたり怯えたりする様子もなく、ただ事実を受け入れるように立っている。
「本当にいいのかい?」
リーベは頑固だ、なんと言おうと約束は守れと言ってくる。一月ほど一緒に過ごして、嫌というほどわかっているのにヴィセは確認した。
「うん。」
あまり乗り気ではないヴィセが傍に置いてあったクレイドルを拾い上げると、
「楽しかった。」
「ん?」
「学校、楽しかった。レープクーヘン、おいしかった。あと、シュニッツェルも。」
「そうかい。」
リーベは満足したように笑っていた。感情はなかなか表に出さないが、微妙な変化や揺れがある。頑固だし、捻くれているけれど、約束は絶対に破らないし、悪魔にさえ人と同じように接する。ずっと過ごすうちにわかるようになっていた。
「死ぬの、怖くないの?」
「うん。だって、びせが持ち歩いてくれるんでしょ。ずっといっしょならさびしくない。」
いつかの河原でそんなことも話したな、とぼんやり思い出しながら一思いに痛みのない鎌を振った。
ばたりと倒れるリーベからは赤々とした鮮血が流れた。
「ありがと、びせ。」
朦朧とする意識の中、リーベははっきりと声に出した。
「え、なんで? 僕は君を殺すのに、どうして感謝するんだ。意地悪もいっぱいしたし、文句もたくさん言ったのに。」
その問いかけに返ってくる言葉はなかった。
悪魔は死に際に人間に感謝されたことなんてなかった。人間のほとんどが泣き喚いて、怯えて、怒って、そういう死に対する負の感情を最期に見せる。けれども、彼女が泣いたのは悪魔が死んでほしくないからで、最期は笑って感謝を口にした。
いつもとは違う結果に悪魔の心は掻き乱された。心休まらないまま、少女の胸に手を当てると、鈍色に光る魂を取り出した。強く握ってまた開くと、その辺に落ちている石ころと変わらないようなどんよりとした色の石になった。ただ、色こそ渋いが形は丸く、中は透き通っていた。ヴィセはしばらく考えて何も入っていない新しい小瓶に宝石を入れた。
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