第2話
***
「ねぇねぇ、今回はピエールとブランの二人が候補に選ばれたらしいよ」
「ほぅ。あの二人が」
「来週、使者の方が来るんだってさ」
「どちらが中心地に行くのか、そこで初めて結果が分かるわけなんだね」
「私はピエールが行って欲しいな」
「俺も。ピエールはいつも成績はいいからな」
「今回の子達が世界にどんな影響を与えるのか、今から楽しみだよ」
ピエールとブランが今回の候補に選ばれたことは、すぐに村中の噂になった。
村長の家を足並み揃えて出て来たピエールとブランの表情を見て、村人達は全てを察したのだ。
四半世紀に一度の伝統とはいえ、選ばれた子供が行く国の中心に何があるかを、村人達は正確に把握していない。しかし、その場所に行くことで、元々才能があった子供が更に磨かれて、世界の中心を担うような存在になることだけは分かっていた。
だから、ユイルの人達は中心地と称することにしていた。
この村に住む者ならば、誰もが伝統に関心があった。
伝統への噂で賑わう村の往来を、関心が集まることに慣れておらず視線を落として歩くブランとは対照的に、ピエールは胸を張って堂々と歩いていた。
人々の話す声を聞きながら、ピエールは内心で大きく頷いていた。
ピエールは、何でも出来る子として村の中で有名だった。勉強も出来、運動も出来、人望も備わっていた。そのことは、自他共に認めていた。
中心地に行ったら、どんなことを学べるのだろう。この村では一生掛けても学べないことをたくさん学んで、ゆくゆくはユイルのように有名になることが出来る。
まだ候補に選ばれただけにも関わらず、ピエールは未来の自分の姿が、まるで現実のように頭の中で思い浮かべることが出来た。
「……ふっ」
「……ピエールは心配じゃないの?」
思わず漏れ出た笑い声と同時、ずっと下を向いて歩いていたブランが問いかけた。
「何を心配する必要があるんだよ。ようやく中心地に行ける機会がやって来たんだぞ。今からワクワクするだろ」
「そっか。ピエールは自分に自信があって、すごいね。行けたらいいなぁって思うけど、使者の方が本当に選んでくれるのかどうか……」
ブランはいつも後ろ向きだった。
何か話せば、胸に抱えている心配事を言葉にするだけで、前向きな発言を聞いたことはなかった。
そんなブランと接していると、ピエールはいつももどかしさを感じていた。
筆記試験においても、いつも最後まで問題を解くことが出来ないし、他の村の子供を交えて一緒に遊ぶ時も、結果的に負けるのはいつもブランだから、今の性格になってしまったのは仕方のないことかもしれない。そして、同年代のピエールと、否が応でも比較されてしまうから、余計に劣等感を抱いてしまうのだろう。
慰めようと、ピエールはブランの背中を叩いた。
「まぁ俺は選ばれるだろうけど、ブランはまだ分からないよな。まぁ、あと一週間後に来るらしいから、それまで頑張れよ」
ずっと俯いていたブランは、「う、うん!」と頷くと、ようやく笑顔を見せた。
「どっちも選ばれるように、頑張ろうね」
ちょうど互いの岐路だったこともあり、ピエールは片手だけ上げて応じると、そのままブランと別れた。
並んで歩いていた時はブランの歩幅に合わせるようにゆっくりとしたペースだったが、ブランと別れた瞬間、家へと向かうピエールの足取りが自然と早くなり始める。
「……頑張るのは、ブランだけだってーの」
一人で家に向かって歩いていると、先ほどブランと話していた時に感じていた――いや、一緒に村長の家にいた時から抱き続けていた文句が湧き上がって来た。
使者に選ばれて中心地に行ったユイルの子供達は、ほとんどの者が名前を馳せるようになる。中心地で得た最高峰の知識を世界中の人のために惜しみなく利用しているというのはあるが、元々の出来が良かったことも確かだ。
ピエール達が選ばれる一世代の前の子供も、既にこの村において一目置かれていた。そして、中心地に行ったことで、更に人柄にも知識にも磨きをかけ、まさに文武両道を貫く青年へと変わった。名前しか知らない青年に対しても、純粋にピエールも尊敬の念を抱いていた。
だから、この村で現在最も優秀であるピエールが候補に選ばれるのは分かる。むしろ、それは当然のことだ。
しかし、納得がいかないのはブランが選ばれていることだった。
何をするにしても、ブランは出来の悪い子供だった。運動も勉強も出来ない、人より食うのも遅いし、歩くのも最後方だ。
それに、人前で自分の意見も言えないブランが、人の上に立つことなんて考えられない。あいつは、人の後に従うような人間なのだ。たとえ中心地に行って学んだところで、意味なんてないのではないか。
改めて考えると、どうしてブランまで候補に選ばれているのか、理由が分からない。
残りの一週間でピエールの水準に至るまでには、ブランはどれだけ努力をしなければならないのだろう。
そのことを思うと、少しばかり同情してしまう。
「……ま、いいか」
自分よりも下であるブランのことを気にしている余裕なんて、ピエールにはなかった。
何としても中心地に行って、自分が優れていることを示さなければならない。生まれて来てからずっと、ピエールは両親からそう育てられて来た。
両親とピエールの目的を叶えるチャンスが、ようやく手に入る位置まで来たのだ。
いや、中心地に行くことがゴールではない。中心地には、ピエールよりも優秀な奴に出会うかもしれない。なんせユイルは小さく山に囲まれた村なのだ。ピエールが意識すべき相手は、ブランよりも、共に机に向かうであろうまだ見ぬ人物だ。
「候補に選ばれたんだってな。すごいぞ!」
「中心地に行っても体に気を付けろよ」
「ピエールが有名になるの、楽しみにしてるね」
家に着くまでの間、噂を耳にした村人達が次々と声を掛けて来る。
「行くのは一週間後だって。でも、俺が中心地に行ったら、この村がもっと日の目を浴びるくらい、頭よくなってくる!」
そう高らかに言うピエールの言葉に、「やっぱピエールは大きく出るなぁ」と村人達は笑い声を上げた。
――それゆえ、一週間後の出来事は、ピエールにとってまさに天地がひっくり返るほどの衝撃だった。
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